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米・ロス近郊にある慰安婦像の顔に犬の糞? 激化する日韓対立の影響か バカげている「国家のプライド」

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
ロス近郊にある慰安婦像の顔をふく女性。写真:Los Angeles Times

 慰安婦像が展示されていたことから脅しを受けた「表現の不自由展・その後」は、わずか3日で中止に追い込まれてしまったが、太平洋の向こうの米国・ロサンゼルス近郊でも、慰安婦像が憂き目に遭っていた。

 日本の主要メディアは報じていないようだが、7月25日、午前10時半までに、ロサンゼルス近郊のグレンデール市はグレンデール中央公園に設置されている慰安婦像の顔に、茶色い粘着性のある物質が付着されるという事件が起きていたのだ。また、慰安婦像の周囲に置かれていた花鉢もいくつか壊されていた。

 事件からまもなく1ヶ月になるが、捜査は進んでいるのか?

 グレンデール市警スポークスマンのイライザ・パパジアン氏に確認したところ、以下のように説明した。

「慰安婦像の顔に茶色い粘着性のある物質が付着しているのを見つけたのは、公園の管理をしている市のスタッフです。しかし、通報を受けて警察が到着した時、その物質はすでに除去されていたので、その物質が何であったかは不明です。捜査を進めるとともに、現在、慰安婦像を監視するための監視カメラの設置場所を検討中です」

 茶色い粘着性のある物質とは何なのか?

 慰安婦像の維持管理をしているCARE(カリフォルニア州韓米フォーラム)のキム・ヒョンジョン代表が、聯合ニュースに話したところによると、慰安婦像の顔に付着していたのは犬の糞だったという。

 また、CBSニュースは6月にも3度、慰安婦像が被害にあったと報じたが、前述のパパジアン氏に確認したところ、警察には、7月25日に通報された1件しか報告されていないということだ。通報されていない被害が起きていたのかもしれない。

訴訟の対象に

 被害にあった慰安婦像が設置されたのは2013年7月。韓国ソウルにある慰安婦像のレプリカだが、アメリカで初めて設置された慰安婦像として、当時、大きな話題となった。

 2014年2月、ロサンゼルス在住の日本人が中心となって作られたNPO法人「歴史の真実を求める世界連合会(GAHT)」が設置に反対、米連邦地方裁判所に像の撤去を要求する訴訟を起こした。地方自治体であるグレンデール市が慰安婦像設置を通じて外交問題に関する立場を表明することは、外交における全権を連邦政府に付与している米国の憲法に違反するという理由からだ。しかし、連邦地裁は、グレンデール市は法を犯しておらず、原告は原告適格(原告として訴訟を進行し、判決を受けるための資格のこと)がないと判断されて、敗訴。その後、同法人は米連邦最高裁判所に上告したが、2017年、請願は棄却された。

悪化した日韓関係の影響か?

 人口の5.4%が韓国系の人々(2010年の米国勢調査によると1万人以上)というグレンデール市では、2012年から毎年、慰安婦を讃える記念式典が開催されているが、慰安婦像が被害を受けたのは、7月27日に行われる記念式典の2日前のことだった。

 また、現在、慰安婦像がある公園の近くのグレンデール図書館内のギャラリーでは、女性に対する性暴力問題をテーマにしたアート展“1 in 3:性暴力の世界的流行”(3人に1人の女性が、生涯のうちに性的暴行を受けていることからこう題されている)も開かれているのだが、アートの多くは、慰安婦問題に光を当てたものである。

 蛮行は記念式典やアート展に反対するものだったのか? 聯合ニュースによると、前述のキム代表は「最近事件が頻発しているという点から見て、日本の経済報復により悪化した日韓関係の影響があるものと推定されるが、断定するのは難しい」と話しているという。

#MeTooと同じ女性の人権問題

 また、アート展のキュレーターは「アート展のゴールは、女性の権利を拡大するとともに、現在もまだ慰安婦問題で争っている日韓を含め、国家間の理解と和解を促すことです。もしも、人々が、慰安婦の歴史をよく理解していたら、慰安婦像の顔に糞をつけることなどしなかったでしょう」とLA Timesの取材で話している。

 日本では慰安婦問題は歴史問題として捉えられているが、このキュレーターが「女性の権利拡大」を訴えているように、“性奴隷”と表現されることもある慰安婦を取り巻く問題は、アメリカはもちろん、世界では、“女性に対する人権問題”として捉えられていることはもっと認識されるべきだろう。

 昨今の#MeTooムーヴメントにより、女性の人権が以前にもまして重視されている状況を考えると、「人権問題としての慰安婦問題」という認識はどんどん高まっているのだ。実際、このアート展でも、慰安婦の悲しみや苦しみを描き出したアートとともに、#MeTooムーヴメントにインスパイアされたアートも展示されている。

1本のロープで1つに繋がる

 アートの前では、韓国人アーチスト、ハン・ホー氏によるパフォーマンスも行われた。彼は「慰安婦像に対して行われたのは非常に醜い行為だ。我々が求めていることと反する。世界をより良い場所にしよう」という声明も出した。

 ホー氏が披露したのは、今回、慰安婦像にされた蛮行に対する答えとして生み出したパフォーマンスだった。そのパフォーマンスで、ハン・ホー氏は、観に訪れた人々を1本のロープで1つに繋いだという。

“国家のプライド”はバカげている

 日韓問題ではないが、以前、『銃・病原菌・鉄』でピューリッツァー賞を受賞したUCLA教授のジャレド・ダイアモンド氏が、尖閣問題について、筆者にこう話してくれた。

「尖閣問題は完全に“国家のプライド”の問題なのです。そして“国家のプライド”はバカげたことです。日中の指導者は、自国民に対する面目を失わないためにも、自国民には知られないよう秘密裡に会合して、“これはバカげたことだ。あの島は価値なんてない。もう島について話すのは止めにしましょう”と話し合うべきなんです」

 非常に的を射ているコメントだと思った。

 結局のところ、日韓の対立を含め、様々な国家間の対立は、国民に対する面目を失いたくないという、政権が持つ「国家のプライド」ゆえに起きているのだと思う。

 日韓が対立し続けることには価値がない。日韓の政権は「対立し続けることはもう止めにしましょう」と話し合うべきなのだ。

 しかし、彼らには「国家のプライド」がある。自国民に対する面目も失いたくない。国民にもまたその国の国民としてのプライドがある。

 「国家のプライド」が国家間の争いの原因になっているとしたら、それを凌駕するものは何なのか?

 ある詞が脳裏に浮かんだ。「愛はプライドより強し」。シャーデーの曲だ。

 

 結局のところ、「国家のプライド」を凌駕できるのは、前述のホー氏が人々を1本のロープで1つに繋いだように、様々な人種や民族が、プライドを捨てて、愛や思いやりで繋がることではないか。

 理想主義的で非現実的だという声も聞こえてきそうだが、理想なくしては現実も変えられないのである。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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