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致死率97%の脳食いアメーバ 感染がわかった時は手遅れ 米国の研究者「日本では温泉や水田にも注意を」

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
脳食いアメーバの警告サイン。写真:scienceforstudents.org

 先月、ニュージャージー州に住むファブリチオ・ステイビル氏が、“脳食いアメーバ”に感染して、原発性アメーバ性髄膜脳炎(PAM)を発症し、亡くなったことが大きなニュースになったが、10月12日、ステイビル氏が感染したと推測されていた、テキサス州のリゾートパーク、BSRケーブルパークの水の調査結果が出た。

 報告書によると、“脳食いアメーバ”は、パークにある4つのアトラクションの1つで確認された。もっとも、そのアメーバが生息していたのは、人工プールではなく自然の水の中だった。他の3つのアトラクションの人工プールの水では“脳食いアメーバ”は見つからなかったものの、プールの水は生息するのに適した環境だったという。プールの水は消毒用の塩素の量が少なく、非常に濁っており、“脳食いアメーバ”が生息する場所にいるような他のアメーバや大腸菌が発見された。そのため、ステイビル氏が泳いだ9月8日に、“脳食いアメーバ”が生息していた可能性はあると関係者は話している。

 “脳食いアメーバ”とは、温かい淡水に生息しているフォーラーネグレリアのことで、アメリカでは、1962年から2017年の間に、このアメーバに感染した143人のうち139人が亡くなっている。97%という高い致死率だ。

 特効薬はまだないが、カリフォルニア大学サンディエゴ校のラリッサ・ポダスト博士とアンジャン・デブナス博士らを中心とした研究グループが実験を行なったところ、いくつかの既存薬が、フォーラーネグレリアの成長を抑制する効果があることがわかった。お二方に話を伺った。

感染がわかった時はすでに手遅れ

ーーフォーラーネグレリアはどこに生息しているのでしょうか?

 湖や川、池、水たまりなどの淡水や湿った土壌など自然の中に生息しています。プールも、今回のケースのように、適切な塩素消毒がされていなければ生息している可能性があり、感染源になる恐れがあります。

 しかし、フォーラーネグレリアは、それが生息している水が鼻の中に入らない限り感染しません。空気感染はしないからです。人間間でも感染しません。その意味では、非常に感染しにくいアメーバと言えます。しかし、いったん鼻に入ると、フォーラーネグレリアは鼻腔を通じて脳内に入り、脳の組織を破壊したり炎症を引き起こしたりするのです。その結果、脳は溶けたような状態になります。

 統計的には、フォーラーネグレリアがいる場所で泳いだ人、特に、若い男性がより多く感染していますね。海水には生息していません。

 

ーーフォーラーネグレリアに感染した患者はどのような症状を見せるのでしょうか?

 先日亡くなったステイビル氏もそうでしたが、突然頭痛に襲われます。高熱や肩懲り、食欲不振、嘔吐、焦燥感、落ち着きのなさ、まぶしがり症、精神状態の変化、無気力、めまい、幻覚などの症状も現れます。最後には、昏睡状態に陥り、発症してから3〜7日で亡くなります。バクテリア感染やウィルス性髄膜炎に似た症状です。

 風邪の症状にも似ているため、通常、感染した人は風邪をひいたと思い込み、一晩寝れば治ると考えて、すぐに医者に行きません。しかし、その間に、フォーラーネグレリアは急速に脳を食べてしまうのです。そして、感染しているとわかった時は、すでに手遅れ状態になっているのです。

* ステイビル氏の場合も、9月16日(日曜日)、頭痛に襲われたため、薬を飲んで一晩休んだが、翌朝、起きてもまだ頭痛が続いていた。午後からは会話がまともにできなくなり、ベッドから起き上がることもできなくなったため、救急車で病院に運ばれた。医師はバクテリア感染だと考え、そのための治療をしたが、効果がなく、症状は悪化して行く一方だった。様々な検査を行った結果、9月20日(木曜日)、脊椎の体液の検査結果が出て、フォーラーネグレリアに感染していることがわかった。しかし、時すでに遅く、ステイビル氏は翌21日に亡くなった。医師は、すぐには、フォーラーネグレリアに感染していると診断できなかったのだ。

脳食いアメーバに感染すると、肩凝りという症状が見られることもある。写真:medindia.net
脳食いアメーバに感染すると、肩凝りという症状が見られることもある。写真:medindia.net

実際の感染者数は、報告数より多い

ーー診断が難しい状況があるのですね?

 そうですね。アメリカには先進的な診断法がありますが、それでも、患者の75%が、死後に検視をした結果、フォーラーネグレリアに感染していたことが判明したという状況です。それだけ、診断が難しいのです。その1つの理由として、医師が、フォーラーネグレリアに感染している可能性を最初から考慮していない状況があります。感染例が多いフロリダ州などアメリカ南部にいる医師なら、感染の可能性を考えてすぐに対処するでしょうが、感染例が少ない州の医師は、はなから感染の可能性を考えないで対処している状況があると思います。

 アジアでも、フォーラーネグレリアによる感染は起きてます。パキスタンでは感染例が多いのですが、イスラム教徒は、お祈りする前に、鼻から水を吸い込むという宗教的な儀式を行なっているからではないかと言われています。しかし、アジアでは診断できる医療環境が整っていないため、感染していたとしても見逃されているでしょうし、バクテリア感染だと誤診されている状況もあります。

 これらの状況を考えると、実際に、フォーラーネグレリアに感染した人の数は、報告されている数より多いと思います。

ーー日本でも感染した方がいますか?

 25歳の女性が感染した例があります。その女性の脳は腫れ上がり、出血も起きていました。脳幹は軟化しており、たくさんのフォーラーネグレリアが発見されました。

非常に初期段階なら薬が奏功するケースも

ーー3%の患者が助かったのはなぜでしょうか?

 アメリカには、CDC(アメリカ疾病予防管理センター) が推奨している、ミルテフォシンというドラッグのカクテルがあり、現在、アメリカでは、ミルテフォシンが、フォーラーネグレリアに感染して原発性アメーバ性髄膜脳炎を発症した患者に提供できる最善の薬になっています。数年前に助かった患者も、この薬で治療を受けたのですが、その患者の場合、非常に初期段階で感染していることがわかったので、この薬が効いたのです。フォーラーネグレリアがいったん脳内に入ってしまったら治療は難しいので、患者が頭痛や吐き気などの症状を見せたら、非常に早い段階で薬を与えることが重要です。また、その患者は、薬以外に、低体温化することで、脳の腫れも抑えました。

 しかし、ミルテフォシンが効かなかったケースもあるし、効いて命は助かったものの、脳にダメージが残ったケースもあります。

ーーフォーラーネグレリアがいる同じ場所で泳いだとしても、感染する人もいれば、感染しない人もいます。その違いはどこからくるのでしょうか?

 人はみな、湖のような場所ではフォーラーネグレリアに晒されているわけですが、何がある人を感染させ、別の人を感染させないかはわかっていません。また、どういうファクターが感染リスクを高めるのかもわかっていません。その人の免疫の強さとも関係あるかもしれません。何千人もの人が同じところで泳いでも、感染するのはごくわずかですから。いろいろなことがわかっていないのは、誰もこの感染をモニターしていないからです。同じところで泳いだ人が感染しているかどうか、誰もチェックしていませんからね。

看板で警告を

ーー今回、先生方は既存薬の中から、フォーラーネグレリアの成長を抑制する薬を発見されましたが、どういった薬になるのでしょうか?

 研究者たちは特効薬や迅速に診断できる方法を見つけ出そうとしていますが、それにはコストがかかります。医薬品会社も、原発性アメーバ性髄膜脳炎は患者数が非常に少ないまれな病気(アメリカでは年に0〜8人の感染が報告されている)であることから、新薬開発に投資しようとしません。そのため、私たちは、こういった病気には既存薬を適用する”ドラッグ・リポジショニング”を行うのが適切だと考え、脳に効くと考えられる13の既存薬で実験したのです。

 その結果、実験したすべての薬が、現在、CDCが推奨しているミルテフォシンという薬よりも、フォーラーネグレリアの成長を抑制するのにより効果的であることがわかりました。乳がん治療薬であるタモキシフェンはミルテフォシンの10分の1の量で、抗うつ剤であるプロザックはミルテフォシンの2分の1の量で、フォーラーネグレリアの成長を半分に抑えることができたのです。

 今回はペトリ皿上での実験だったので、次は、ねずみで実験する予定です。動物実験で効果が見られたら、人にも使うことができるかもしれません。また、アメーバ性髄膜脳炎の特効薬開発にも繋げることができるかもしれません。

ーーしかし、今はまだ特効薬がない以上、人々に警告を促すことが重要ですね。

 地球温暖化のため、様々な感染症の罹患場所が緯度的に北上している状況があります。平均水温が高くなることで、今後、これまでよりも緯度が高い地域でも、人々がフォーラーネグレリアに感染するかもしれません。実際、アメリカ北部のミネソタ州でも、フォーラーネグレリアの生息が確認されました。感染地域が拡大していく可能性があるので、人々にアウェアネスを与えることが重要です。

「頭は水の上に出しておこう」と貼り紙で警告。写真:spacecoastdaily.net
「頭は水の上に出しておこう」と貼り紙で警告。写真:spacecoastdaily.net

 例えば、アメリカでは、温暖な地域の川や湖に行くと、水を鼻に入れたり、頭を水中に入れたりしないよう警告する看板が立てられていますが、そのように注意を喚起することも重要でしょう。

命取りになりうるアメーバ性髄膜脳炎を引き起こすことも明記されている。写真:parasitetales.blogspot.com
命取りになりうるアメーバ性髄膜脳炎を引き起こすことも明記されている。写真:parasitetales.blogspot.com

 日本を訪ねた時、たくさんの水田を目にしましたが、水田はフォーラーネグレリアが住むには適した環境だと思います。水田で泳ぐことはないでしょうが、子供が水遊びしたりしないよう気をつけた方がいいでしょう。また、体温に近い35〜39度の温水もフォーラーネグレリアが住むにはいい環境なので、温泉にも生息しているところがあると思います。温泉には、頭まで浸からないようにしてほしいです。

ハリケーンの影響も

 ちなみに、アメリカでは、2013年、ルイジアナ州に住む4歳の男児がフォーラーネグレリアに感染して亡くなったが、2005年に起きたハリケーン・カトリーナで引き起こされた洪水と関係があるのではないかと言われている。男児の住む地域は、洪水のため家屋が水に沈み、水がひいた後も、長い間放置される状態が続いていた。太陽の熱が、水道システムの水に含まれている塩素を破壊し、フォーラーネグレリアが繁殖したと推測されている。実際、男児の家の庭にある水道の水からは、男児の脳から発見されたのと同じ系統のフォーラーネグレリアが発見された。

 今年は、世界各地がハリケーンや台風で大きな被害を受けたが、大雨で引き起こされる洪水の水や洪水後の水道水の衛生状態にも気をつけた方がいいだろう。

 非常に感染しにくいフォーラーネグレリアではあるものの、その致死率の高さを考えると、日本でも、アウェアネスを高めていく必要があるのではないか。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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