Yahoo!ニュース

苦境続く氷河期世代 もはや「就職がゴール」ではない!?

飯島裕子ノンフィクションライター
就職氷河期世代活躍支援特設サイトより。達成目標の10分の1に留まり延長が決定した

就職氷河期という言葉が「新語・流行語大賞」に選ばれたのは1994年のこと。それから30年近く経とうとする今年も就職氷河期は過去のものになっていない。

7月、山上徹也容疑者(41歳)が、安倍晋三元首相を襲撃し、同月末には、秋葉原で無差別殺傷事件を犯した元派遣社員の加藤智大被告(39歳)の死刑が執行されている。育った環境などの違いはあれど、いずれも非正規雇用を繰り返すなど、就職氷河期の負の影響を少なからず受けてきた人たちである。

また5月には、政府による氷河期世代に関する重要な決定がなされている。2020年度からスタートした氷河期世代への集中支援を2年延長するというものだ。当初は3年間で正社員を30万人増やすという目標だったが、1年を残した現段階で3万人増と目標の10分の1に留まったため、延長を決めたという。

集中支援が開始された直後にコロナ禍が襲ったことも支援が進まなかった要因として考えられるが、それにしても目標からあまりにも低い達成率である。氷河期世代支援がなぜ難しいのか、現場の声、当事者の声などをもとに氷河期世代支援のあり方と今後について考えてみたい。

支援の中心は不安定層

政府による支援に先駆けて2019年に宝塚市が氷河期世代限定の職員募集を行ったところ、3人の枠に1800人が殺到したと話題になった。その後も支援施策の一環として氷河期世代を対象とした公務員募集が継続されているが、つい先日(12月11日)にも宮城県が氷河期世代を対象とした職員採用試験を実施。11人の枠に720人(65倍)が殺到した。

公務員採用ばかりが話題になる氷河期支援であるが、支援対象の中心は非正規雇用や無業、ひきこもりなど就業不安定層や困難層であり、そのための取り組みが積極的に行われていることはあまり知られていない。

政府は2019年、実施にあたりとりまとめた文書の中で、「就職氷河期世代支援プログラム」の対象として「①正規雇用を希望していながら不本意に非正規雇用で働く者(少なくとも50万人)、②就業を希望しながら、さまざまな事情により求職活動をしていない長期無業者、③社会とのつながりを作り、社会参加に向けてより丁寧な支援を必要とする者など、100万人程度」としている。

それぞれの対象に対して具体的な施策が行われており、①不本意非正規に対しては、全国のハローワークなどに氷河期世代専門の就職相談窓口を設置。②長期無業者に対しては、39歳までだった地域若者サポートステーション(サポステ)の利用年齢を49歳まで引き上げた。③ひきこもり状態にある人に対しては、全国に設置されたひきこもり地域支援センターへつなぐなどニーズに応じた支援が実施されている。

ニーズに応じ、窓口を分けて対応。就職氷河期世代活躍支援特設サイト(厚生労働省HP)より
ニーズに応じ、窓口を分けて対応。就職氷河期世代活躍支援特設サイト(厚生労働省HP)より

支援現場が見る就職氷河期世代

もう少し具体的に見ていこう。不本意非正規に対しては、2022年現在全国92ヶ所(2022年4月現在)の自治体で氷河期世代専門の窓口が設けられている。東京労働局が都内6ヶ所のハローワークに設置した専門窓口「ミドル世代チャレンジコーナー」や「しまね就職氷河期世代活躍支援プラットフォーム」など規模や内容はさまざまだが積極的に推進している自治体もある。

大阪労働局も府内6ヶ所のハローワークに氷河期世代のための専門窓口「35歳からのキャリアアップコーナー」を設置。概ね35歳〜54歳で正社員での就職を目指している人が対象で、2021年度は10,066人が正社員として就職した。

単に就職先を紹介/斡旋するのみならず、相談者一人に対し専任の担当者がついて必要な相談にあたる。書類作成のアドバイスや模擬面接の実施などの応募支援のほか、就職活動に踏み出せない”就活以前”の人たちへの支援が用意されているのも特徴的だ。職場体験や実習などのインターンシップも積極的に取り入れている。

大阪労働局訓練課長の小川寿さんは次のように語る。

「就労経験がある人も多いのですが、正規雇用でも長時間労働や人間関係などでひどい目に遭い、働くこと自体が怖くなってしまったという人も少なくありません。非正規雇用を繰り返してきたことで自分に自信が持てないと感じている人もいます。心のハードルを少しでも下げ、自信を持って就職活動ができるよう支援しています」

就職するまではよいが、その後働き続けられるかどうかも課題だ。大阪労働局では就職後に悩みや不安を相談できる窓口を設置するなど、定着支援も積極的に行う。合同就職説明会を定期的に開催し、この世代を採用しようとする企業の開拓にも積極的だ。

「人手不足で困っている企業も多く、大阪府の有効求人倍率は1.31倍(2022年10月)となっています。一方、人気が高い事務職では、0.44倍となるなど、職種によって状況は異なります。未経験職種にチャレンジすることは、とても勇気のいることですが、職業訓練のあっせん等も行っていますので、全国の就職氷河期世代支援窓口を積極的に利用してほしい」と小川さんは言う。

年齢、職歴で落とされる 当事者からの声

氷河期世代当事者はこの動きをどう見ているのか? 当事者の声を発信したいと2007年に「氷河期世代ユニオン」を結成し、SNSなどを通じた情報発信を行っている小島鐵也さん(47歳)。「支援はないよりもあったほうがいい」とした上で、「企業側の姿勢も改めて欲しい」と主張する。

「年齢、職歴といった当事者が今さら変えることができないものが採用の第一関門になってしまう。自己責任だと言う人もいるかもしれないが、家庭環境、健康問題などさまざまな事情で思うような進路を進んで来られなかった人は、氷河期世代に限らず大勢いるのではないか」

とりわけ男性にとって履歴書に空白期間があることは、女性以上につらいはずだと小島さんは指摘する。

「女性は家事手伝いをしていたと判断されるケースも多いかもしれませんが、男性に対しての見方はシビアです。非正規で職を転々としながらその日暮らしをしていると履歴書もどんどんとっ散らかっていきます。山上徹也容疑者は自衛隊除隊後、測量士、宅建、ファイナンシャルプランナーなどの資格を取得したと聞きます。何らかの形で就職して生きていこうとしたのではないか。しかし経歴や取得した資格に一貫性はなく、面接官から見れば、何をしたいのか方向性も脈略もない人、となってしまいます」

期間限定で氷河期世代の採用枠を広げるのではなく、企業は年齢や職歴にとらわれない採用を恒久的におこなって欲しいと小島さんは言う。

非正規シングルの女性が直面する厳しい現実

女性が置かれた状況も深刻だ。氷河期世代が10代、20代だった頃の非正規雇用比率は男性に比べてもずっと高く、2人に1人以上が非正規だった時期もある。学卒後就職先がない、初職が非正規雇用という若者は男女ともに存在したが、数年を経て、正規職に転換している比率は女性に比べ、男性のほうが圧倒的に高い。

一方の女性は非正規のまま働き、出産・子育てに際して退職。その後再就職する際も非正規のキャリアしかないため苦労する人も少なくない。

シングルのまま非正規で働き続けてきた女性の状況はさらに厳しい。40代以上のシングル女性を対象とした調査(2022年12月わくわくシニアシングルズ実施)では、現在40代のシングル女性で働いている人(1271人)のうち、正規雇用で働いている人は51%にとどまり、非正規、フリーランスが48%だった。3人に1人が年収200万未満、2人に1人が年収300万未満。

「中高年シングル女性の生活状況実態調査」2022年版結果概要より
「中高年シングル女性の生活状況実態調査」2022年版結果概要より

ひとり暮らしをしている人が多く、家賃の支払いに苦労しているケースも多くみられた。

以下、自由記述欄から当事者の言葉を拾ってみる。

「高ストレスの中で必死に働いても、給与は生活保護並のギリギリ。就職氷河期に社会へ出て、一度も正規として雇われず……。こういう人はその後も安く使ってよいという慣習があるのでしょうか?」(40 代、非正規職員)

「ここ 20 年、正規雇用を目指して就職活動し続け、疲弊している。氷河期支援の広報はよく目にするが、実際に氷河期世代の雇用が増えているようには見えない。勤め先でも中途採用試験があって氷河期世代の人も受けているが、20 代後半までしか採用されているのを見たことがない」(40代 非正規職員)

氷河期世代が老後を迎えるころ、未婚または配偶者と離別した女性の約半数(290万人)が生活保護レベル以下の生活を余儀なくされるという試算もあるが、このデータが真実味を帯びるような結果と言える。

就労のみがゴールでない支援を

氷河期世代支援施策と当事者の実際について見てきた。この世代の男女はともに今も厳しい状況に置かれている人が少なくないことがわかる。就職活動をした時期が悪かったため、大きな不利を背負っていることは事実だ。

しかしそれを「たまたま運が悪かった」で終わらせるべきではない。背景には新卒一括採用の問題がある。企業は新卒学生を中心に採用活動を行い、レールに乗った人たちは年功序列のもとキャリアを積み重ねていく。一方、最初からレールに乗れなかった/乗らなかった人や途中で降りた人は再びレールに戻ることはできない。

それでもこの”失われた”と言われる20年の間に良い意味でも悪い意味でも雇用の常識とされて来たものが崩れていった。非正規雇用比率の増加、正社員の雇用条件の悪化などがあった一方で、女性活躍が進み、出産、育児により退職する女性の数は減少している。

年功序列は、新卒一括採用とセットで機能してきたが、コロナ禍を経た現在、これを廃止しようとする動きも見られる。先ごろ、みずほフィナンシャルグループは年功式の賃金体系を廃止し、個人の能力が反映された人事制度を導入すると発表した。他企業でもジョブ型雇用の導入により年齢ではなく職務内容や能力に応じた成果主義賃金体系を取り入れる企業も多く出てきている。中年層になっている氷河期世代に取っては、ここまで苦労しながら働いてきてようやく年功制の恩恵に預かれると思った矢先、またも泡を食ったと感じる人もいるかもしれない。

氷河期世代はほぼ全員が40代を迎え、50代半ばに差し掛かる人たちもいる。もはや定年退職を視野に入れる年齢であり、就職に特化した支援だけでは立ち行かない。無業や不安定雇用期間が長かった人は将来受給できる年金額も低いため、貧困対策も必要になってくるだろう。自身の老後、親の介護といった現実ものしかかる。最初は就労のみの問題だったが数十年を経た今、問題は派生していき、生活や貧困、介護、孤立など、複合的な問題を抱える状況になってきている。

「就職氷河期世代支援の推進に向けた全国プラットフォーム」の委員の一人でひきこもりUX会議の林恭子さんは「就労がゴールでない支援」の重要性について訴える。

「ひきこもり状態にある人は働かなければならないというプレッシャーに押しつぶされています。就職したことがない、非正規でしか働いた経験がないなど後ろめたさや自信のなさも相談窓口を一層遠いものにしてしまう。まずは失った自己肯定感を取り戻し、『生きていこう』と思えるようになるための安心できる居場所を全国につくることが重要です」

残り2年となった政府による氷河期支援プログラム。正社員30万人増という数値目標も必要だが、より幅広い観点に立ち、困難を抱える一人ひとりに寄り添った支援もまた重要であるだろう。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

ノンフィクションライター

東京都生まれ。大学卒業後、専門紙記者として5年間勤務。雑誌編集を経てフリーランスに。人物インタビュー、ルポルタージュを中心に『ビッグイシュー』等で取材、執筆を行っているほか、大学講師を務めている。著書に『ルポ貧困女子』(岩波新書)、『ルポ若者ホームレス』(ちくま新書)、インタビュー集に『99人の小さな転機のつくり方』(大和書房)がある。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。

飯島裕子の最近の記事