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猛暑でも自転車で移動、利用者宅では感染リスクで崩壊寸前 ヘルパーが明かす苦境

飯島裕子ノンフィクションライター
(写真:アフロ)

うだるような暑さが続く。お盆休みも関係なく、町中を行き来する人たちがいる。訪問介護ヘルパーたちである。

 炎天下、利用者宅へ自転車を漕いで移動する。コロナ禍の今、介護現場は感染の恐怖と隣合わせで、一時も気を抜くことはできない。マスク着用で動き回るので常に汗だくで息苦しい。特に入浴介助はしんどい。与えられた30分でバイタルチェック、おむつ交換、食事介助、着替えを済ませる。時間の制約があるので、利用者さんの話をゆっくり聞けないのがつらい。

 暑さとの戦いは介護をしている時だけではない。次のお宅への訪問まで1時間半ほど空いているが、移動に30分ほどかかるので、事務所に戻る時間はなく、外で待機する。図書館が開いているといいのだが、コロナで閲覧コーナーが閉まっている。飲食店に入るのもためらわれるので、熱中症が心配だが、公園で木陰を探すしかないだろうか。ちなみにこの待機時間には時給は発生しない。朝から夕方まで複数宅を訪問しても、20分、30分……と分刻みの時給計算なので給与は驚くほど低い。利用者さんに必要とされることにやりがいを感じているけれどいつまで続けられるのかわからない……。

現在ホームヘルパー当事者グループが実施している「ホームヘルパー働き方アンケート」の声をまとめるとこのような感じになるだろうか。ホームヘルパーは全国に約35万人、平均年齢は57歳で9割が女性であると言われる。

コロナ禍ではエッセンシャルワーカーに注目が集まり、困難に直面する介護現場についてもたびたび報道されていた。しかし介護士たちはコロナよりずっと以前から困難な状況に直面し、現場は崩壊寸前であることがわかってきた。

現在も実施中の同アンケート結果(2020年8月8日現在、89人回答)を参考にその実態を見ていきたい。

待機時間やキャンセルには賃金支払われず

アンケートでは女性が84%、非正規比率70%、ヘルパー歴10年以上が46%であった。

利用者宅への移動手段は自転車(46%)が最多。

ホームヘルパー働き方アンケートより
ホームヘルパー働き方アンケートより

また複数の利用者宅を訪問する際に発生する待機時間に対して給与が支払われている人は25%にとどまり、72%が支払われていないという結果だった。支払われている人は正社員比率と重なるため、非正規の場合、待機時間に対する時給はほぼ支払われていないと考えていいだろう。仕事が細切れで「待機場所がないことを負担に感じる」と答えた人は55%にのぼっており、待機時間は自宅や事業所に戻る人に加え、図書館や公園などの公共の場所、喫茶店などの商業施設で過ごす人がそれぞれ4割程度いた。

「悪天候の日の移動が大変。かっぱの脱ぎ着やバイクの運転が負担(30代・女性)

「コロナでコンビニのトイレが使用不可になり、非常に困った」(50代・女性)

という切実な声もあった。

また高齢者の場合、体調不良により訪問がキャンセルされることもよくあるが、59%は手当が支払われていないと回答している。

ホームヘルパー働き方アンケートより
ホームヘルパー働き方アンケートより

非正規ヘルパーの多くは個人請負のように、実際に介護を行った時間しか給与が支払われていない現実が明らかになった。

感染対策への負担重く

アンケートではコロナ禍における仕事の状況についてもたずねている。

収入の増減については、変わらない65%、増えた8%、減った22%。感染リスクからヘルパーを断る利用者がいて仕事が減った一方、みずから休業した高齢のヘルパーの穴埋めをすることになり仕事が膨大になった人もおり、状況はさまざまだった。

コロナウイルスへの感染症対策については8割が負担であると答えている。また6割が手袋やマスクなどについて「足りなかった」と答えており、ドラッグストアに並ぶなどして自分で調達した人も多かった。

一方、「事業所等でのコロナウイルス感染対策の研修を受けた」と答えた人は37%、研修自体がなかった人が46%。もともとの人手不足に加え、コロナによる混乱で研修を実施する暇もなく現場に行かざるを得なかった人が多かったことが推測される。

自由記述欄には「常にマスクというのが本当にしんどい」(50代、女性)、「ヘルパーは検温するが、利用者はしない。利用者が高熱を出した時は本当に怖かった」(50代、女性)、「自分が感染源にならないか不安。PCR検査を頻繁にやって安心して訪問できるようにして欲しい」(60代、女性)などがあった。

セクハラ・モラハラの実態

アンケートでは利用者宅でのセクハラやパワハラについても聞いている。40%が利用者からのセクハラを、45%がモラハラを経験したと回答。利用者家族からのモラハラも2割程度あった。

「性的な誘いや発言をされることがある」28%、「自分の外見を評価されることがある」40%となっており、利用者の中にはセクハラが常態化している人がいることもうかがえる。「背後から抱きつかれた」「たびたび手を触ってくる」といったものに加え、「胸の大きさや体型の話などをしてくる」「卑猥な絵を見せられた」などもあった。

「怒鳴られることがある」と答えた人が40%を超えており、75%が「制度上できないケア」を求められ、困惑したと答えている。ハラスメントについては事業所も対策を取っているが、個人宅で一対一になることが多い介護現場ではそのリスクが高いことがうかがえる。

 また分刻みでいくつもの仕事をこなさなければならないため、6割近くが「常に業務に追われている」、4割近くが「利用者と十分に話す時間がない」と感じていることもわかった。

それでもやりがいを感じている

アンケートでは、ヘルパーの置かれた厳しい現実が浮き彫りになった。「辞めたいと思ったことがある」が5割を超えている一方、6割が「仕事にやりがいを感じている」と回答しており、その複雑な心境がうかがえる。

ホームヘルパー働き方アンケートより
ホームヘルパー働き方アンケートより

「自分の体力や家庭の事情を考えながら、できるあいだは困っている方のために続けたい」(50代、女性)

「やりがい搾取のような国のやり方に絶望しているが、仕事を通じての出合いや交流に支えられている」(50代、女性)

仕事に対する責任感、利用者との関係性があるから、悪条件でも続けているという回答が多くみられた。また専門性が高い仕事であるにもかかわらず、正当な評価がされないことへの憤りもあった。

「命を守るための仕事なのに、あまりにも軽んじられている。これではやってる介助者たちも誇りやモチベーションをどこに見出したらよいかわからなくなるのでは」(50代、女性)

「効率を求められるが、介護現場に無駄などなく、短い時間で多くの仕事量をこなすには、息を切らし必死に動き回るしかない。朝から晩まで仕事に追われているのに賃金が安い。ヘルパーの自己犠牲で成り立っている」(60代、女性)

介護職の未来を危惧する声も多かった。

「利用者や仲間に負担がかかるから休暇申請が出せない。健康や精神衛生上良くないが、ヘルパーの人数が圧倒的に少ないからどうにもできない状態が続くだろう」(40代、女性)

「介護報酬制度が代わり、サービスも細切れで、利用者さんとのコミュニケーションの時間が減ってしまった。利用者さんに寄り添いながら働ける環境、若い人が入ってこられる環境を作らなければならない」(40代、女性)

介護現場の切実な状況が伝わってくるものばかりだ。現在、ホームヘルパーの求人倍率は13倍。つまり1人に対し13の求人があるほどの超人手不足状態が続いていることになる。このままホームヘルパーの厳しい労働環境が続けば、ヘルパーになる人はさらに減り、介護現場は確実に崩壊する。誰にとっても他人事ではないはずだ。

このアンケートを企画したホームヘルパーの当事者グループは、昨年11月、キャンセルや待機時間に賃金が支払われないことは労働基準法に違反しており、それは介護保険制度に問題があるからだとして、国への訴訟を提起した(※)。「もはや個人の努力、事業所の努力では乗り越えられないところにまで来ている。介護士の雇用環境を守らなければ」という切実な思いからだったという。

アンケートは8月末日まで引き続き実施中だ。現場で働く人の声を多く集めることが、未来に繋がるとしてアンケートの協力を呼びかけている。アンケート回答は、https://web.user-page.jp/new_form/?prm=b97f0-2131.51-046344 まで。

ホームヘルパー国家賠責訴訟

藤原るかさん、伊藤みどりさん、佐藤昌子さんらベテランヘルパー3人が国を相手に起こした損害賠償請求訴訟。現在、第1回口頭弁論が終了。

ノンフィクションライター

東京都生まれ。大学卒業後、専門紙記者として5年間勤務。雑誌編集を経てフリーランスに。人物インタビュー、ルポルタージュを中心に『ビッグイシュー』等で取材、執筆を行っているほか、大学講師を務めている。著書に『ルポ貧困女子』(岩波新書)、『ルポ若者ホームレス』(ちくま新書)、インタビュー集に『99人の小さな転機のつくり方』(大和書房)がある。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。

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