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「オムツ替える手袋すらない」介護施設休業で最後の砦の訪問介護も崩壊寸前

飯島裕子ノンフィクションライター
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

「空襲のほうがまだ楽だったわ。戦争は絶対よくないけど、皆で一緒に立ち向かえたから……」

施設に暮らす90代の女性の言葉がヘルパーのAさんの耳から離れない。

 

新型コロナウイルス感染対策として、老人ホームなどでは家族など外部からの面会が禁止されて2ヶ月近く経つところもある。食事は個室が基本。ホームで行われていたレクリエーションもなくなり、同じ施設に暮らす高齢者と接する機会はほとんどなくなってしまったという。

最近の様子から「認知症が進んでしまっているのではないか……」とヘルパーのAさんは気がかりだ。コロナ禍によって、高齢者介護の現場は崩壊寸前のところにまで追い詰められている。

休業長引けば経営破たんも

ヨーロッパの新型コロナウイルスによる死者の多くが老人介護施設で集団感染した高齢者であることがわかってきた。

日本でもクラスターが発生した介護施設が出始めていることから、コロナウイルス感染対策として休業する介護施設が増加。厚生労働省によれば、自宅から施設に通うデイサービス(通所介護)や短期宿泊(ショートステイ)を実施する事業所のうち、全国で858ヶ所が休業している(4月24日現在)。

「安全を考慮して、家族が面倒をみられる高齢者はできるだけ遠慮してもらうようにと役所から連絡がありました。以前から『感染が怖いので休みます』という人もいるので、利用者はいつもの半分くらいです」と話すのは都内で通所施設を運営するBさん。

全スタッフと利用者の検温、マスク着用、アルコール消毒、手洗い、座席の間隔を開けて座る、どんなに寒くても窓を開ける……感染リスクを避けるためにできることはすべてやってきた。利用者が半減したことで感染リスクもだいぶ減っているはずだ。

しかし来所する高齢者の数が半分に減ったからといって、スタッフの数を減らせるわけではない。デイサービスには、ヘルパーに加え、看護師、ドライバーなどの人材も必要だ。

「ここ数ヶ月は本当に綱渡りでした。子どもの休校で休むスタッフの調整に四苦八苦したり、物品不足も深刻で、使い捨て手袋などは在庫が底をつくギリギリの状態です。インターネットで必死に探し、通常よりも割高な価格で手に入れるしかありませんでした」

コロナ禍以前から経営が厳しかった施設も多く、閉鎖するところも出始めている。2000年に介護保険法が成立してから20年。その間の改定により、介護報酬はどんどん引き下げられていった。

利用者が半減すれば収入も半減するが、補償があるわけでもない。

通所施設で入浴介助や食事介助などを受けている人も多く、特に一人暮らしの高齢者にとってデイサービスは命綱といってもいい。

「今、来られているお年寄りは一人暮らしで、ここがないと困ってしまう人ばかり。厳しい状態でも何とか続けていくしかない」

デイサービスを休み、家族と過ごしているお年寄りのことも気がかりだ。特に高齢者の場合、数日動かないだけでも筋力が低下し、運動能力に支障が出てしまう。また家族への負担が重くのしかかり、虐待などのリスクも高くなるという。

「コロナが終息した後、皆、無事に戻って来られるのか」Bさんの心配は尽きない。

国は何もしてくれない

デイサービス(通所介護)が休業する中、高齢者の家でサービスを提供する訪問介護の必要性が高まっている。しかしすぐに切り替えるのは容易なことではない。

その理由はホームヘルパー(訪問介護員)の決定的な人手不足にある。2019年のホームヘルパーの有効求人倍率は14倍と非常に高い上、子どもの休校で勤務できないヘルパーもいる。

登録ヘルパーの平均年齢は58.7歳で8割近くが非正規雇用。60代、70代の人も多く、基礎疾患を抱えている人も少なくない。冒頭のAさん(68歳)はぜんそくを患っており、常に感染のリスクに怯えている。

「高齢者に感染させてしまうことはもちろん、自分が感染することも怖いので、いつも神経を張り詰めています。食事、排泄の介助など、訪問介護では濃厚接触を避けられない場面が多い。ドアノブ、電話、手すり……触ったところはすべてアルコール消毒していますが、不安だらけです」

一人の高齢者のところに複数の事業所からヘルパーが派遣されているケースも多く、その中の一人がコロナウイルスに感染すればクラスター化するリスクもある。実際、感染者が出た事業所は休業を余儀なくされ、人手不足に拍車がかかり、介護崩壊へとつながってしまう。

今一番の気がかりは、マスクのほか、食事介助、排泄介助など、作業ごとに交換する手袋が底を尽きかけていることだという。事業所も必死に手配している。

厚生労働省は、利用者に発熱などの症状がある場合でも、感染対策を徹底した上でサービスを続けるようにと通達している。しかし防護服はおろか、マスク、手袋すら品薄の中、どうやって立ち向かえばいいのかとAさんは嘆く。

「どこまでこの仕事を続けられるのか……。これまでも厳しい条件で働いてきたけれど、今回はひどすぎます。国は何もしてくれない」

みずからを危険に晒しながら、高齢者のいのちをギリギリのところで守っているヘルパーたち。コロナ禍以前からはじまっていた介護現場の崩壊を何とか食い止めなければ、今だけでなく、将来にわたって、私たちの老後は危機的状況に陥るに違いない。

ノンフィクションライター

東京都生まれ。大学卒業後、専門紙記者として5年間勤務。雑誌編集を経てフリーランスに。人物インタビュー、ルポルタージュを中心に『ビッグイシュー』等で取材、執筆を行っているほか、大学講師を務めている。著書に『ルポ貧困女子』(岩波新書)、『ルポ若者ホームレス』(ちくま新書)、インタビュー集に『99人の小さな転機のつくり方』(大和書房)がある。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。

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