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深夜副業のシングルマザー 「働き方改革」の陰で

飯島裕子ノンフィクションライター
疲れた体に鞭打って副業先へ向かう(筆者撮影、イメージ写真)

政府は働き方改革の一つとして副業・兼業を推進している。副業原則禁止から原則自由へとモデル就業規則を改定したほか、今年の通常国会では複数就業者に合わせ、労災保険改正案が審議される予定だ。

パラレルワーカー、ギグワーカー、マルチジョブフォルダなど副業に替わる言葉が次々に登場し、イメージばかりが先行しがちだが、副業者の実態と異なっているように思われる。

総務省の就業構造基本調査によれば、副業をしている人の7割が年収300万円未満であり、副業理由として「収入を増やしたいから」と「一つの仕事だけでは生活できないから」が5割近くを占める。

昨年「はたらく女性の全国センター(acw2)」が女性を対象に実施したアンケート調査(n123)でも、年収200万円未満の人が4割を占め、副業理由として「生活できないから」が6割。スキルアップや自己実現をあげた人は1割に過ぎなかった。

果たして政府の副業・兼業推進は労働者の実態に合っているのか? 一人の女性のケースを紹介したい。

 

正規事務職×深夜の宅配便

Aさん(44歳)は地方都市で正社員として働いているが、副業しないと生活が立ち行かないと感じている。現在の年収は250万円ほど。基本給が低く賞与も退職金もない。高校生の娘と二人で生活していくには厳しい金額だ。

以前は残業代があったので何とか生活を維持できていたが、働き方改革をきっかけに会社が残業を減らすようになった。しかし仕事量が変わったわけではない。

Aさんは会社の事務全般を3人のスタッフと担当しているが、大半はパートのため、仕事が終わらなければ、Aさんが最後まで残るしかない。毎朝7時台に出勤し20時近くまで働くこともあるが、みなし残業代として10時間分が支払われるだけで、大半はサービス残業状態だという。

減った収入を補うため、Aさんは深夜、運送会社で宅配便の仕分けの仕事を始めた。休日前の週2日夜11時から明け方3時までの4時間働く。

「”メール便の仕分け”と募集要項にあったのですが、実際に働き始めると重い荷物の移動作業が主な仕事でした。3ヶ月ほど続けましたが、腰を痛めてしまい、しばらく休んでいます」

Aさんはほかにも朝3時半に自宅近くの工場の鍵を開ける仕事を請け負っている。

「早起きも慣れてしまえば大したことはありません。ほんの少しでも収入の足しになれば……」というAさんだが、雪の日も多い凍てつく寒さの中、自宅に戻っても睡眠を取ることは容易ではない。それでも大学進学を控える娘のために、少しでもお金を貯めておきたいという気持ちがAさんを支えている。

40代正社員採用はほぼゼロ

数年前、離婚を決意し、正社員の仕事を探したAさん。ハローワークに足繁く通い、パートとして10年弱働いた経験がある経理や総務の正社員の仕事を探したがまったく見つからなかった。

「求人自体はあるので、ハローワークの職員さんが先方に電話を入れてくれるんです。でも年齢を言ったとたん「難しい」となる。まさに門前払いでした」

結局Aさんは知り合いのつてを頼り、現在の仕事に辿り着いたのだが、前述のとおり条件は決して良くはない。

「今の仕事がいいと思っていませんが、他がないのだから仕方がない。特に地方は求人自体が少ないためか、皆、滅多なことがない限り仕事を辞めないんです」

44歳のAさんはいわゆる就職氷河期世代だ。大学で心理学を学んだ後、正社員や派遣社員の仕事を経験し、20代で結婚。夫の転勤を機に仕事を辞め、地方都市へ移住する。心理学の資格を生かし、カウンセラーの仕事をしたこともあったが、収入は乏しかったという。

「転勤や子育ての時でも、仕事を手放すべきではなかったと悔いることもあります。これだけ高齢化が進んでいるのに年齢を理由に仕事を選べない状況を変えていく必要があると感じています」

企業の8割は副業禁止

睡眠時間を削り、疲れた体に鞭打って、その日生きていくために仕事をかけもちしている人は男女を問わず少なくないだろう。

ここ20年、サラリーマンの平均年収は下がり続けている。しかし働き方改革の影響で残業代が減った分を深夜や休日に副業で補うというやり方は過重労働を招きかねない。

副業・兼業では社会保障の不備も多い。複数の会社で働く場合、すべての労働時間を通算し、時間外や深夜等の割増分は後でその人を雇用した会社が支払うことになっている。

しかし8割以上の会社は副業を認めていない。理由として最多なのは「本業がおろそかになる」というもの。そのため副業を隠している人は非常に多い。こうした現実も副業・兼業の実態把握を困難にさせている。

副業推進よりも前に、副業せざるを得ない状況を作り出しているさまざまな矛盾ーーAさんの場合ならば、低賃金、働き方改革によって増えたサービス残業、採用における年齢差別などを改善するべきだ。

イメージが先行しがちな副業推進だが、副業で働く人の実態を正確に把握していく必要があるだろう。

女性と副業に関する調査を行った前述のはたらく女性の全国センター(acw2)ではアンケートの結果報告と副業に従事する当事者によるパネルディスカッションを大会の一部で企画している。

●テーマ パラレルキャリアの闇ー女性の貧困を解剖する

●日時 2020年2月15日(土)13時半〜17時 

●場所 国立オリンピック青少年総合センター・センター棟405号

●参加費  2000円(非会員)

●訪問介護/大学非常勤講師/セックスワーカーなどの現場から、副業推進について考える

●問い合わせ office@acw2.org  03-6803-0796(当日参加も可)   

ノンフィクションライター

東京都生まれ。大学卒業後、専門紙記者として5年間勤務。雑誌編集を経てフリーランスに。人物インタビュー、ルポルタージュを中心に『ビッグイシュー』等で取材、執筆を行っているほか、大学講師を務めている。著書に『ルポ貧困女子』(岩波新書)、『ルポ若者ホームレス』(ちくま新書)、インタビュー集に『99人の小さな転機のつくり方』(大和書房)がある。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。

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