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親による虐待から逃れた女の子が安心して暮らせる家

飯島裕子ノンフィクションライター
ステップハウスとも(筆者撮影)

行き場のない女性たち

 親からの虐待や経済的搾取を受け、家庭に居場所がない女の子や生活に困窮したシングルマザー、シェルターの入所期限が過ぎてしまった女性など、行き場を失った女性たちがいる。「ステップハウスとも」は、そんな女性たちが安心・安全に暮らし、ひとり立ちできるように支援する場である。

 「ステップハウスとも」をはじめたのは、日本最大の日雇い労働者の街、大阪・釜ヶ崎で子どものための居場所「こどもの里(※)」を40年以上運営してきた荘保共子さんだ。最大11人が宿泊できる一軒家の玄関を入ると明るいリビングとキッチン。家具や照明、カーテンなどは落ち着いた色で統一されている。これらはIKEAから社会貢献の一環として無償で提供されたものだそうだ。

 たまたま遊びに来ていたAさん(21歳)は家族によるDVから逃れた末、「ステップハウスとも」へ辿り着いた一人だ。

Aさん:20歳まで受け入れている子どもシェルターに行くはずだったんですが、定員いっぱいで。それでDV女性向けの施設に入ったんです。でも年齢的に上の人ばかりで……。たまたま同室になった人がとても攻撃的で暴言とかひどくてしんどかった。その人は暴力の中で耐えてきたのだから仕方がない、理解しようって頑張ったけど無理でした。子どもたちも安心感とか寂しさもあるのか”爆発”しててソファーが潰れるまで飛び跳ねたりとか。スタッフも少なかったし、放置って感じだった。

荘保共子さん(筆者撮影)
荘保共子さん(筆者撮影)

荘保さん:うちもスタッフおらんから放置やで(笑)。

Aさん:確かに専属スタッフはいないけど、「こどもの里」に行けば子どもたちとか、同年代のスタッフもたくさんいる。

荘保さん:うちのことをどうやって知ったんだっけ?

Aさん:誰にも相談できなくて、”ひとりぼっち”って言葉がこれほどあてはまる人もいないんじゃないってくらい孤独で……。誰かと話したくて「いのちの電話」とかにかけたんです。でもお話し中でつながらなかった。その時思い出したのが前に観たこどもの里の映画『さとにきたらええやん』の予告編だった。『行ってもいいですか?』って電話したら、荘保さんが出て『いつでもおいでや』って。あの時、繋がらなかったら準急にひかれてたかもしれない。

荘保さん:そうやった。そうやった。

Aさん:でもこどもの里がある場所って釜ヶ崎でしょう。子どもの時から釜ヶ崎の三角公園のあたりは『ぜったい行ったらあかん』って教わってきたから正直怖かった。ドキドキしながら駅について改札降りたら野宿のおっちゃんから『大丈夫か?』って声をかけられた。『はい』って答えると『ほんまに大丈夫か? そうか頑張りや』って。そんなこと言ってくれた人いなかったからすごく嬉しくてホッとした。

荘保さん:特に大阪の人はみんな釜ヶ崎は危険だ、三角公園には近づくなって言われてるからね。うち(こどもの里)の子どもたちは三角公園で運動会してるねん(笑)。

釜ヶ崎・三角公園(筆者撮影)
釜ヶ崎・三角公園(筆者撮影)

Aさん:私にとっては天国だった。ここの人たちってすごく淡々としてる。私がしゃべらなきゃ何も聞いてこないけど、でも人が傷つくことは絶対言わないし、裁かない感じが好き。

荘保さん:この釜ヶ崎は抑圧されてきた人が集まってる街だからじゃろうね。多様性を受け入れて来たからあったかくて落ち着くんだね。

Aさん:あちこちにデメキン(荘保さんのあだな)がおる感じや(笑)。

制度のはざまにいる人の居場所を

 未成年の場合、たとえ大学生であっても親が保証人にならなければ家を借りることはできない。児童養護施設やその出身者などが入所できる自立援助ホームなどがあるものの、児童養護施設は原則18歳まで、自立援助ホームも22歳までには出なければならない。子どものためのシェルターもあるのだが、満室で入れなかったり、3ヶ月など期間が定められているため、その後の行き先に困ってしまうケースも少なくない。またAさんの話にあるようにたとえ施設に入ることができても、そこが当事者にとって安心な場所であるとは限らないのだ。

 「ステップハウスとも」では、給料をもらうまで無料で宿泊することができる。さまざまな事情から心身ともに傷ついている女性や社会経験が少ない女性たちにとって、短期間で自立するのは容易なことではなく、ある程度のゆとりをもって就労へつなぐ必要がある。

 「住環境を整え、安心できる誰かとつながることで気持ちが安定し、一歩を踏み出す力になる」と荘保さんは言う。

ステップハウスとも(筆者撮影)
ステップハウスとも(筆者撮影)

 「ステップハウスとも」では、若い女の子のほか、母子生活支援施設での暮らしが合わないシングルマザー、生活に困窮した難民母子(難民申請中は就労できない)など、公的支援の枠に当てはまらない女性たちを受け入れてきた。

 しかし制度のはざまにある人々を救う活動ゆえに、行政からの助成を受けることができない。「ステップハウスとも」は荘保さんが老後のために貯めた貯金を投げ打って始めたものだが、運営資金が年間200万円ほど必要だ。いずれは11部屋のうち6部屋を自立援助ホームとし、5部屋を誰でも受け入れられる居場所として利用することを考えているという。

 年齢を問わず、さまざまな事情から行き場のない女性たちは増えているが、利用できる制度、滞在できる施設は決して多くない。また施設の性質上、地域から隔絶している場合が多く、そのことが利用者の孤立を高め、自立を妨げている場合もある。

 釜ヶ崎というふところの深い街で、人々とつながり、ありのままの存在として受け入れてもらいながら、ゆっくり前に進んでいくーーそんな女性たちの居場所がここから全国に広がっていくといい。

 「ステップハウスとも」では運営のための資金を広く募っている。10月31日までの間はクラウドファンディングでも寄付を受け付ける。寄付金はステップハウスの運営費のほか、女性たちの就労訓練の場「さとPlaza」というカフェの運営資金にもあてられる。

詳しくはこちらまで

こどもの里

「こどもの里」は1977年に大阪府西成区釜ヶ崎で暮らす子どもの遊び場として活動を始めた。現在は0歳からおおむね20歳までの子どもを障がいの有無や国籍に関係なく無料で受け入れている。

映画「さとにきたらええやん」(HPより)
映画「さとにきたらええやん」(HPより)

地域の児童館として子どもたちに開放しているほか、親に対する相談活動や困難な家庭に暮らす子どもたちの緊急一時宿泊の場など、家庭の事情に寄り添いながら、地域の人が集える場所となっている。2016年に「こどもの里」を追ったドキュメンタリー映画「さとにきたらええやん」として全国で上映された。

ノンフィクションライター

東京都生まれ。大学卒業後、専門紙記者として5年間勤務。雑誌編集を経てフリーランスに。人物インタビュー、ルポルタージュを中心に『ビッグイシュー』等で取材、執筆を行っているほか、大学講師を務めている。著書に『ルポ貧困女子』(岩波新書)、『ルポ若者ホームレス』(ちくま新書)、インタビュー集に『99人の小さな転機のつくり方』(大和書房)がある。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。

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