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税金で電子書籍を作る!? マンガ家・西島大介に訊く

飯田一史ライター
西島大介『世界の終わりの魔法使い』電子書籍版第3巻カバーより

コロナショックを受けて、日本ではアートやエンターテインメント産業の従事者に対して政府からの補償が薄いことが問題となっている。

そんななか、文化庁の予算を活用し、個人として新作マンガの電子書籍制作をしたマンガ家がいる――『ディエンビエンフー』や『世界の終わりの魔法使い』シリーズを手がけてきた西島大介だ。

予算はコロナ禍が起こる以前に申請して下りたものだが(2019年度)、アート、エンターテインメント分野に対する公的な助成へ関心が高まる今こそ、その試みは注目に値する。必要な手続きや成果はいかほどか? 西島氏に訊いた。

■「メディア芸術クリエイター育成支援事業」とは?

――西島さんは文化庁の助成金を使ってマンガの電子書籍を制作したそうですが、それは他の作家でもできることなのですか?

西島 僕が利用したのは「メディア芸術クリエイター育成支援事業」というプログラムです。これは誰でも申請できるわけではなく、文化庁が毎年行っている文化庁メディア芸術祭(アート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門において優れた作品を顕彰し、受賞作品の鑑賞機会を提供するメディア芸術の総合フェスティバル)で作品が何らかの受賞または審査委員会推薦作品に選出されたことのある作家のみに、応募資格があります。マンガ家で利用したのは僕が初だそうです。

――いくら助成されるんですか?

西島 法人等の団体では最大500万円、個人では最大180万円です。ただ、事前にどんな企画なのか、どのくらいの予算と期間が必要なのかを申請書類に書かないといけない。僕の申請した企画書は新作『世界の終わりの魔法使い5』の制作予算と自主電子書籍レーベル『島島』の設立」という2本立てでした。審査が通れば、実際にかかった印刷代やデザイナーへの発注費用など経費の領収書を提出すると、月ごとに清算され振り込まれます。最初に提出した申請予算を超えることはできません。

――西島さんは2019年度に申請して、2020年度は申請していないそうですが、その理由は?

西島 予算が単年なんです。僕が育成支援プログラムにエントリーしたのは8月で、2か月くらいで書類審査、面談を経て審査結果が届きました。予算を実際に使い始めたのは10月から3月までの4,5か月です。アート系で複数回申請して助成を受けている方もいましたね。

――使ってみて不便だったところや不満はありますか?

西島 予算を使い切る期間が短いことくらいでしょうか? 予算的には、出版社でマンガを描き下ろしで制作するよりも遥かに良い条件になったので、ありがたいなと思っています。

申請時に使用した企画書の一部
申請時に使用した企画書の一部

■個人で申請した場合、自分に対する報酬には使えない

――西島さんはいくら申請して、何に使ったんですか?

西島 個人部門でエントリーして、ほぼ満額で申請したところ全額下りました。気分としては、新作マンガの制作費として原稿料がわりに1話あたり30万くらい調達できたらいいなと思っていたんですけど……よくよく使用用途の規定を読むと、この支援金はエントリーした人間本人には払えないんです。

――そうなんですか?

西島 クリエイター自身への支援ではなく、諸経費を持ってもらう形での使用用途に限定されているんです。ですから個人でエントリーした場合、自分の働きに対して「原稿料ください」みたいな使い方はできない。プロジェクトのために外注で発生する制作費やデザイン費、あるいは交通費には使えます。でも公的な機関の出すお金ですから、個人の懐に直接入るような使い道はできないようになっている。僕が会社を作って法人として申請していたら、会社から僕に制作費として払うことはできたと思いますが。

 僕はアシスタントもいないし、僕個人に支払えないとなると、そんなに支払先がないんですよ。だから予算は、原稿料としてでなく電子書籍の制作予算として使っています。具体的には、印刷所や出版社からデータを購入したり、権利を買い戻したり、新規のデザイン費などに充てています。

申請時に提出した企画書の一部
申請時に提出した企画書の一部

■いろいろ試して「みんなが使えるもの」にしてほしい、というオーダーを受けた

――となると、他にはどんなことに使ったんですか?

西島 それを語るにはその前段から話さないといけないんですけど、この事業の担当アドバイザーと申請後に3回面談があったんですね。アドバイザーは環境クリエイターの磯部洋子さんと、マンガ家のしりあがり寿さん。面談では「西島くんのやっていることはおもしろいし、可能性があるから、ここで試行錯誤したものを、みんなが使えるものにしてほしい」と言われました。予算面だけでなく、こういったアドバイスも、このプログラムの特徴です。その結果「公共性とは?」と真面目に考えざるをえなくなった。

 エンターテインメントの世界で今まで僕は「公共性」なんて考えたこともなかった。ただこれをきっかけに、作家目線だけでなく、運営、権利者として考えるようになりましたね。結果プロジェクトの成果は、作品を公共化するライセンスの発行になりました。

――ライセンス……? 電子書籍の作品制作からだいぶ飛躍がありますが、どういうことなのかもう少し説明いただけますか?

西島 「影の魔法のライセンス」は物語や図像を含む作者発信の使用許可証です。「いらすとや」みたいなもので、読者や団体は『世界の終わりの魔法使い』の画像や物語を使って二次創作できるし、営利も可能。これは僕が権利を持ち、出版社との契約を見直したり、解除してるからできることです。

「影と魔法のライセンス」説明文
「影と魔法のライセンス」説明文

――電子書籍制作にかかる原価以外は、そういう試行錯誤に対してお金を使っていったということですか?

西島 そうです。電子書籍事業は上手くスタートできたので、リアルへの補完として、『世界の終わりの魔法使い』のボードゲームを作ったり、アクセサリーを作ってもらったりしています。これは「影の魔法のライセンス」の活用例。あとはマンガのキャラクターをVtuberにしてライセンス説明動画を作ったり。まだまだ浸透していませんが、公共化を推し進めています。電子書籍で新刊としてフルカラーのベトナムの写真集出す準備とか、いろいろですね。

 そもそもなぜ僕が文化庁から支援を受けてもらって電子書籍を作ろうと思ったかと言うと、まず企画が出版社で通らなかったからです。今思うと断られるのも当然で、8年間も放ったらかしてた続編を急に出そうとしたって通らない。でも出版社で難しいなら、公共の予算に頼るのもいいのでは? というのがエントリーのきっかけでした。民間を超えて国で創作できたら面白いなと。

 ちょうど企画が頓挫してた頃に、イタリア版の刊行依頼があったんですよ。『ディエンビエンフー』というベトナム戦争を描いたマンガは、最初に角川書店(現KADOKAWA)から1冊だけ出して、そのあと小学館の「IKKI」で連載。でも「IKKI」が休刊になったこともあってぐだぐだになってしまった後半をリブートして「TRUE END」と題した双葉社版を刊行……というややこしい状態にあったので「イタリアで出版したいんだけど、権利がどうなってるのかわからない?」と僕のところに直接メールが来たんです。

『ディエンビエンフー』9巻カバー
『ディエンビエンフー』9巻カバー

移籍のために浮いている出版権もあったので、僕が交渉し、望む形でイタリア版を出せることになりました。『ディエンビエンフー』のカンボジア編も描きたいんだよね」とイタリアの出版社の人に言ったら「すばらしいアイデアだ!」と言われて嬉しくなっちゃって。「あ、日本で企画が通らなくても、電子や海外は自由だな」と。その辺りから、電子と海外は自分で運用していこうと考え始めていました。電子以外は、作品を公共化することでみんなに作ってもらう、そんなイメージです。個人、団体を問わずパートナーを募集していますし、無許可で商売することもライセンス上は可能です。

『世界の終わりの魔法使い』本編より
『世界の終わりの魔法使い』本編より

■電子と海外を軸に自分で権利を管理すれば紙では難しいことがやれる

――志は理解できたのですが、実際のところ経済的にはいかがですか?

西島 先行してリリースした『ディエンビエンフー 完全版』の動きを見る限り自主電子書籍レーベルとしての動きは好調です。海外との契約に関しても、イタリアの出版社とは直接契約したので、出版社の海外事業部や、その間に入るエージェント会社がない。コロナの影響で刊行は先延ばしになると思いますが、2年かけて13巻リリースする契約で、契約は締結し、すでにアドバンス料をいただいています。データも僕から卸して購入してもらっています。

「島島」という名前で出版レーベルをブランディングしつつ、配信は電子取次代行の「電書バト」にお任せしています。電書バトさんはかなり大胆で的確な施策を打ってくれます。『ディエンビエンフー 完全版』の電子書籍は全巻「島島」からリリースしていますが、完結編『ディエンビエンフー TRUE END』は双葉社さんから出ているので、電書バトさんのセールのタイミングと双葉社さんのタイミングを僕がハブになって相談したりもしています。「島島」は自分の本だけを出すレーベルなので、クリエイティブ・コモンズを実装したり、紙以上にデザインに凝ってみたり、自由にやっています。

――作品をつくりさえすれば、電子と海外を軸に運用・展開できる体制を作っている、と。

西島 そうですね。ほとんどのマンガ家はマンガ雑誌やウェブメディアで連載して原稿料をもらって単行本化するかたちでやっていますが、僕は連載の原稿料をもらわない描き下ろしでデビューした作家です。ですから気合いで一冊描き下ろすこともできるんですけど、電子書籍や海外展開を含め、それが原稿料以上の制作予算になるのが理想です。そのために今はレーベルの作品数を増やしているところです。文化庁に協力を仰いだのもその枠組みを作るためですね。

 しりあがり寿先生は「西島くん漫画家にしとくのもったいない」って笑うんですけど、いや、漫画家を続けたいからこそあの手この手でやってます。

――作品制作から流通の手配まで一通り作家個人でやってみて、難しいところは?

西島 特には……。基本的には良いことばかりだと思っています。自分が発行元になると経営者目線になるから、今まで出版社に無理していただいていたなと謙虚な気持ちにもなります。わがままな作家ですみません(笑)。出版社さんに迷惑かけず、流行りのニーズに縛られずに、作りたいものを作る。で、各所に卸す。例えば今ローソンでコンビニ版『ディエンビエンフー』が流通しているんですけど、紙で出してくれる出版社があれば、権利やデータはお貸しするので是非一緒にやりましょうというスタンスです。映像化やグッズ化のご依頼も募集中。「島島」までお気軽にご連絡ください。

『ディエンビエンフー』ローソン版パッケージ
『ディエンビエンフー』ローソン版パッケージ

――西島さんの試行に触発された作家やプロジェクトが現れて、もっと多様なマネタイズ手段や出版・表現形態ができていくといいですね。

西島 文化庁メディア芸術祭で選出されたマンガ家は毎年たくさんいます。逆に文化庁側もマンガ家を求めていると思います。僕は、商業性と公共化について徹底的に考える機会になりました。おすすめです。

『Young,Alive,in Love』電子完全版1巻カバー。2020年6月発売予定。
『Young,Alive,in Love』電子完全版1巻カバー。2020年6月発売予定。
ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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