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『劇場版SHIROBAKO』はコロナで打撃を受けている人にこそ刺さる物語だ

飯田一史ライター
『劇場版SHIROBAKO』公式サイトトップページより

 P.A.WORKS制作、水島努監督によるTVアニメーション作品『SHIROBAKO』はアニメ制作会社で働く人々の時に無茶で、時にピュア、時にギスギスしていて時に一丸となって作品づくりに向かう姿を描き、大変な好評を得た(2014年から15年にかけて放映)。

 TVシリーズ後半では、『第三飛行少女隊』というTVアニメ作品を原作サイドとの齟齬などを乗り越えてなんとか納得いくかたちで完成させ、放映まで持っていくことが描かれていた。

 そこから5年後を舞台にしたのが2020年2月29日から劇場公開された『劇場版SHIROBAKO』だ。

■成功のあとの逆境のなかで

 劇場版の冒頭、ムサニ(アニメーション制作会社「武蔵野アニメーション」)の置かれている状況はこうだ。あるムサニが受注し、制作が進んでいたあるアニメ作品が、資金の出し手である会社の中で実は企画が通っておらず、制作が中止となる。すでに外注していたものに関しては制作会社であるムサニが支払わねばならず、資金繰りは悪化。制作体制に支障が出たためにひとり、またひとりと辞めていき、それがさらに制作会社としての能力を削いでいく悪循環のさなかにいる。

 そんなムサニに、すでに公開日時が迫っている劇場版アニメの制作についての話が舞い込む。抜け殻のような今のムサニで果たしてやりきれるのか? ――というのがあらすじだ。

■急な環境変化によって厳しい状況に置かれた人にこそ刺さる

 この導入部を観て、ずしーんと来てしまった。

 個人的な話で恐縮だが、私も昨年関わった本が複数冊(かなり作業が進んでいた段階で事情により頓挫して)刊行されなかったり、近隣国の経済環境の悪化の影響を受けてある仕事が大幅に縮小といった出来事が重なり、年末から年初にかけて仕事の種類や体制について仕切り直していた。

 だもんで、劇中のムサニの姿と自分を重ね合わせてしまった。

「やるしかない」と『SHIROBAKO』の主人公・宮森あおいが決心して引き受けた姿を観てグッときた。

 たぶん誰にだってそういうときはある。

 ひとつうまくいったと思ったら、外部環境の変化でガタガタっと体制が崩壊したり、急に仕事がなくなったり。少なくともしばらくは続くだろうと思っていたものが、突然途絶えたり。

 しかしそれでも、というか大変になったからこそ、よりがんばらないといけない。

 そしてそんなとき心の支えになるのは、昔からのつながりだったりする。

 作中でも宮森の高校時代からの仲間たち、社会人になってから出会ったアニメ関係者たちと手を取り合って、なんとかしていく。

 私もしんどかったときは久しぶりに知人と会って話すと、大変な事実は変わらなくても、気はラクになった。

 今まさにコロナウイルスの影響で打撃を受けている人たちにとっても、救いになる作品だと思う。さすがに「今観てほしい」とまでは状況が状況なので言えないし、閉館している映画館もある(この映画自体が深刻な打撃を受けている……)。

 けれども今回の騒動で経済的・心理的に傷を負った人たちには、劇場でなくてもなんらかのかたちで観てもらえればと思う。

 つらいひとにこそ、明日に向かう力に与えてくれる作品だ。

 ひとつ難所を乗り越えたと思ってもきっとまたピンチが待っている。それはしかたがない。うまくいくことばかりではないが、1日1日を生き、ひとつひとつやっていくしかない。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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