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スマホを落としてないのに事件が始まる『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』に感じるモヤモヤ

飯田一史ライター
映画『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』公式サイトトップページより

2020年2月21日から映画『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』が公開中だ。

前作はスマホを落として犯罪者に狙われると最悪こんな目に、ということが描かれていた。続編は訴求点が大分違うのだが、それは果たして……ということを書いていきたい。

■第2作目である『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』とは?

第1作目である前作『スマホを落としただけなのに』は「スマホを落としてSNSなんかが乗っ取られるといろんなことがされちゃうよ」という人々が身近に、潜在的に感じている恐怖を具現化したようなストーリーだった。

ところがこの2作目では、誰もスマホを落としていないのに事件が始まる

仮想通貨を盗んだMを名乗るクラッカーが、追跡していたホワイトハッカーJK16を殺害。並行して前作で活躍したサイバー犯罪を担当する刑事・加賀谷(本作の主人公)の恋人のスマホが、飲食店に仕掛けられた偽の無料Wi-Fiを通じてバックドア(監視・乗っ取りのソフトウェア)が仕掛けられる。Mの行方がつかめない警察は前作の犯人である浦野を超法規的措置により捜査に協力させ、唯一浦野が心を開く刑事・加賀谷に事件を担当させる――というのがあらすじだ。

続きものではあるが前作を知らなくても楽しめるつくりになっている。

■おもしろいところとモヤるところ

おもしろいかおもしろくないかで言えば、おもしろいと個人的には感じた。

おおむね原作小説のストーリー通りとは言え、中盤以降どんでん返しが次々に仕掛けられており、原作未読なら(既読であっても一部)びっくりの展開が待っている。

もちろん、ランサムウェアの話も出てきて、それは誰にでも起きる可能性のある身近な恐怖ではある。

しかし、たとえば前作では「黒髪ロングの女性」は誰でも連続殺人犯に標的にされる可能性があったのに対して、本作では「サイバー犯罪を担当する刑事の恋人だから」あやしい人物に狙われる。つまり「普通の人」の話ではなく「特殊な人」の話になっている。

目線も主にM vs.浦野(+警察)の戦いになっていて「やばいやつ同士がどれだけやばいことをするか」を楽しむ作品になっている。

たとえば、浦野の描かれ方が象徴的だ。浦野は『DEATH NOTE』に登場するLが闇堕ちしたようなキャラクター造形になっていて、白髪猫背で空中でキーボードをエアで叩いたりするシーンがあったりして、ひとりだけリアリティレベルがマンガちっくになっている。

こういうあたりに本作の「本当に起こるかも」という話ではない感じが滲みでている。

モヤモヤするのはそういうところだ。

何よりスマホを落としていない。

しつこいと思うかもしれないが、ここはポイントだ。

第1作目は「スマホを落としたら最悪こんなおそろしいことに……」という誰にでも起きるかもしれない恐怖を描いた作品だったのが、今回は仮想通貨、ダークウェブ/ディープウェブの話を中心としたサイバー犯罪もののサスペンスになっている。

つまりジャンルが変わっている。

現代のサイバー犯罪を意欲的に描くのはいい。しかし、専門性が高くなればなるほど一般人からすると「ふーん」感が出る。「仮想通貨が盗まれた」と言っても仮想通貨の取引をしていない人からすれば関係ない話に思えてしまう。

「スマホを落としたことから始まる恐怖」という「自分にも起こるかも」と思わせる前作が持っていたキャッチーさから遠ざかっている。

もちろん、続きをつくっていくなら当然前作よりもスケールアップさせたいという気持ちはわかる。とはいえ、最大のウリが「あなたにも起きるかもしれない」というところだったはずの作品を、スケールを大きくして専門的な度合いを強めると「私には起きっこない」と前作に興味を持った層が引いていってしまう可能性が上がる。

そのあたりのバランスをどう取るかは難しいところだが、どうも作り手的には「身近な恐怖」路線は早々に捨てたのだろうという印象を受ける。

すでに小説は3作目が出ていて、北朝鮮が東京オリンピック・パラリンピックに合わせてサイバー攻撃を仕掛けてくる、という内容だ。

今回の映画でも続編をつくる気まんまんの終わりかたをしていて、刑事・加賀谷VS.凶悪クラッカー浦野というキャラクターもの路線、スケールアップ路線で走っていくんだなと思わされた。

■10代にはどう受けとめられるか?

原作小説(1巻目)は2019年5月実施の学校読書調査を見る限り、中高生に一定の支持を得ている。

その理由はおそらく10代に身近な話に思えたからではないか。

この路線ではたして引き続き若者からの支持が得られるのか。

どう受容されるのか、これから出てくる感想を見ていきたいと思う。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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