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kemioの本『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』が学校読書調査の読んだ本ランキングに入った

飯田一史ライター
(写真:REX/アフロ)

 今はなきvineで大関れいかと共に一世を風靡し、現在はYouTubeやインスタなどで活躍し、モデルをはじめ芸能活動も行うkemioが2019年4月に刊行した初の著書『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』が、早速2019年に実施された、全国学校図書館協議会による学校読書調査の「5月1か月に読んだ本」ランキングで高2女子の4位に入った。

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 というわけで、改めてこの本について紹介したい。

 

 個人的には、

「イツメンのチャーリーズエンジェルたちとクラスが離れちゃって」

「滝浴びて来た?ってくらい汗かいて、バカだから漢字も読めなくて、あの地獄に召される感じ」

 といった特異なワーディングセンス(本人いわく最後に読んだ本は『ぐりとぐら』というくらい読書はしていないそうだが)とkemioの独特の口調、そして圧倒的に前向きなバイブスが相まって、2019年最高の自己啓発書として読んだ。

 彼より上の世代のネット有名人の一部はサロンビジネスやら何やらでファンのことをマネタイズ手段、金づるとして思っているふしがあるのに対して(それ自体が悪いとは言わないが、露骨すぎると引く)、kemioは――もちろん彼もインフルエンサーだから、ネットを通じて収益は得ているにしろ――「カモにしている」感がまったくない。

 フラット。

 自然。

「両親と2歳の時に他界してずっとハーフだということすら知らなかった」という過去や「vineで注目されてTVやラジオに出たけど全然結果を出せなかった」という失敗の吐露もこれみよがしな「ここで共感させて親近感を持ってもらおう」というビジネス書にありがちなテクニック臭がない。

 本書をあえて「自己啓発書」と呼んだのは、この本が単なる自伝やエッセイ集というより、kemioが自分の生き方、考えを語りかけることで読者にいつの間にか思考を促す本だからだ。

 彼はYouTubeでよく人生相談に答えているが、本書は動画で話していることや話すスタイルとかなり内容的にも重なっている。

 その昔「ラジオはパーソナリティとリスナーの距離感が近いメディアだ」と言われたが、YouTubeの方がよほど近く、直接自分に語りかけられているような気分になるメディアだ。

 本書はそういう「YouTuber文体」で書かれている(本人は「YouTuberじゃない」と言っているものの)。

 ノリは軽いし言い方はおもしろいが、言っている内容はまじめでまともだ。

 自分が感じた範囲で「語学留学してわかったけどアメリカは政治が身近。日本もそうなったらいいのに。政治にウチら世代の意見が届かないのやばい」とか「自分のセクシャリティについて商売にしようとする連中がいたから絶対そんなことはさせねーと思ってオープンにしてなかったけど、ある女性から『女の人と付き合ってて悩んでる』と言われて自分がウソ付いてるように感じてカミングアウトした。でも元々そんな大事じゃないと思ってる」といったことを、学校の道徳の授業や政治学や社会学の講義みたいな堅苦しさを一切抜きで、マウンティングや上から目線も一切なしで語る。

 一方で、YouTubeを観ると、自分がさっぱりできない勉強についての相談は、受けてもあっさりスルーしている。

 できないことは「できない」と言い、偉ぶらないし、ウソがない。

 だからこそ説得力があるし、好かれるのだと思う。

「暗いとこなかったら一生光れないんだから私と一緒にどんどん病んでいこ、病んでる人をバカにするやつはバイみぃ/病むよねー。わかる私も病むー。一緒に病もうねーって感じ。どんどん暗くなっていこう。笑笑 だって暗いところがないと光れないんだから。ウチらシャドー促進委員会、影になっていこー。病むことに、みんな厳しすぎるんじゃないかなって感じる」

「「男がえらい」が間違った感性だったってことが発覚した状況なわけ。お前ら時代にそぐえ、頼む。新しい価値観とかじゃなくて、こればっかりは間違ってるし、男性も女性もおたがいを尊敬すべきだと思う」

 これらと同じような内容のことを、別の誰かが違う言い回しでしていたら、kemioが語るほどは刺さらない気がする。

 でも彼は、相手の心に配慮した上で「届く言い方」を直感的にというかストリートワイズなやり方で身につけている。

 言ってみれば、橋本治的な話法がアップデートされているのだ(念のため言えばセクシャリティからの連想ではない)。

 今の40代以上でないと橋本治登場の衝撃は理解できないと思うが(僕は30代だが、ピンと来たことがない)、おそらく橋本治があの語り口と思想をもって登場したときの驚きと新鮮さに近いものを、kemioは持っているのではないかと推測する。

 ただ、60年代に東大に入るくらいエリートだった橋本治とは違って、高校の偏差値は30台で一般的な意味での教養はないkemioを起用する文芸系の媒体はなかなかないかもしれない。

 ただ、系譜・役割としては近いものがあると思っている。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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