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小説と原作を比べることで浮かび上がる“やる夫スレ”の批評性

飯田一史ライター
書籍版公式サイトより

 2019年9月から10月にかけて、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の「やる夫スレ」発の4作品が小説化された。ここではそのうちのひとつ『君は死ねない灰かぶりの魔女』(元スレでのタイトルは『白頭と灰かぶりの魔女』)を取り上げ、やる夫スレという特殊な表現空間から生まれたものを小説という形式に落とし込んだときに生じる差について見ていきたい。

 主人公は魔法使いの弟子であり、「死ねない」呪いに加えて「時間感覚が他人の100倍遅い」「無痛」といった個別の呪いをかけられた13人の魔女のうちのひとりを師匠として、魔女たちの呪いを癒す能力を持った存在として、魔女たちと出会っていく。

 大筋では物語は原作でも小説でも変わらない。

 ただし、やる夫スレ上では背景もキャラクターもすべてAAを用いて表現されているが、小説になると当然、情景描写や登場人物の振る舞い、表情などは地の文で、文字だけで描かれることになる。

 本作の原作はセリフやナレーションを使わず、AAだけを使って出来事や時間経過を表現する手法を多用している作品だから、小説版ではだいぶ間尺が違って感じられる。

https://yaruonichijou.blog.fc2.com/blog-entry-11840.htmlより引用
https://yaruonichijou.blog.fc2.com/blog-entry-11840.htmlより引用

 また、原作ではAAを使っているがためにどうしても紙芝居めいたバトルシーンになっていた箇所などが、小説版では作家の描写力によって、より生々しいものになっている。たとえば主人公がある少女の手を取ろうとすると彼女の手首が千切れて血が噴き出すシーンがあるのだが、それはもう小説の方が身に迫る描写になっている。

 他にも大きな違いがある。

 原作では2ちゃんねる上で生み出された「~~やるお!」「○○するお!」という口調を特徴とするおにぎり頭のキャラクター・やる夫」が“白頭”という名前で登場し、他にもAA(アスキーアート)を用いて表現された、既成作品のキャラクターたちが独自設定を付されて縦横無尽に登場していた――つまり、やる夫スレに出てくるキャラクターは少なくとも見た目と口調はよそ様の作品から借りてきた2次創作である――が、小説では商業出版するにあたり、オリジナルキャラクターに置き換えられている。

 本作では、たとえば元スレではドラえもん、のび太、スネ夫だったキャラクターが怒熊(ドグマ)、喜犬(キーヌ)、楽猫(ラメウ)という人形になっている。

■キャラクターの「死ねない」苦しみとはどういうことか

 この点が、本作の原作(やる夫スレ)と小説版でもっとも異なる印象を与える部分である。

 原作では13人の魔女たちは、様々な作品の魔法を使える女の子(またはそういう格好をした女性キャラ)が集まっていた。『ゼロの使い魔』のルイズや、『魔法少女まどか☆マギカ』の暁美ほむらなどが登場していた。

 こういうキャラクターである魔女たちが「死ねない苦しみを抱えている」というのは、二次創作されるキャラクターが「死ねない」、つまりどこかの作品内で死んでも他の作品では好きなように使われる、つまり、そういう意味で死ぬことがない存在であるということを想起させるものだった。

「体感時間が他人の百倍の状態で生きている」(しかも死ねない)という苦しみを抱えた魔女ならば、現実の時間の流れとは異なる(フィクションの中の)時間を生きている「キャラクター」という存在が抱えた苦しみとしてオーバーラップさせて読むことができた。

 痛みを感じない魔女ならば、痛みなど感じないかのように――いや、実際虚構のキャラクターだから感覚器官は存在せず、「感じる」ことはできないのだが――好きなように扱われているAA/キャラクターという存在と重ね合わせて読みたくなるものだった。

(もちろんこれは作者が明示的に語っているわけではない)

 ところが小説版では借り物のキャラクターではなくオリジナルキャラクターになっているから当然、そういう二重性は感じられないものになっている。

 これは原作→小説の順に読んだからこそ抱いた感覚かもしれず、読む順番が違っていたらまた異なる感想を抱いただろう。

 小説版の価値を否定するつもりはない。

 たとえばスレで読むと先ほども述べたAAによる情景表現や時間表現の多用もあってとんでもなく長いものが、小説ではサクサク進む点は好感である(もっとも紙の本でも464ページあり、さらに続刊が予定されているようだが)。

 また、シリアスシーンでは主人公がやる夫の見た目を持つことによる脱臼がなく、より緊張感が伝わるものになっている点も小説版の良さである。

 ただ個人的には、こうして小説化されることによって、むしろやる夫スレの持っている表現の可能性、批評性を改めて感じさせてくれるものだった。ぜひ読み比べてみていただきたいと思う。

ライター

出版社にてカルチャー誌や小説の編集者を経験した後、独立。マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャー、出版産業、子どもの本、マンガ等について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著に『いま、子どもの本が売れる理由』『マンガ雑誌は死んだ。で、どうするの?』『ウェブ小説の衝撃』など。構成を担当した本に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』、藤田和日郎『読者ハ読ムナ』、福原慶匡『アニメプロデューサーになろう!』、中野信子『サイコパス』他。青森県むつ市生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。息子4歳、猫2匹 ichiiida@gmail.com

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