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人の行動をより良い方へ促す「ナッジ(Nudge)」とは?世界のさまざまなナッジの事例

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
(写真:イメージマート)

*本記事は『SDGs世界レポート』(1)〜(87)の連載が終了するにあたって、2022年3月1日に配信した『ナッジで気候変動と食品ロス対策を SDGs世界レポート(76)』を、当時の内容に追記して編集したものです。

米国:健康よりおいしさを選択することを利用したナッジ

同じ食品でもネーミングによって、売れ行きに差が出るというのはわかる。同じ料理でも、健康にいいことを強調するより、おいしさを強調したほうが売れ行きがよくなるという結果がある。

スタンフォード大学の研究チームが、米国内の5つの大学食堂で、185日間に137,842人を対象に、24種類の野菜について、健康にいいことを強調した献立名と、おいしさを強調した献立名を使って、摂取量との関係を調査した。すると、おいしさを強調した献立名(「はちみつと香草のバルサミコ風味のカブ」、「激辛四川風インゲン豆のガーリックトースト添え」など)は、健康にいいことを強調した献立名(「健康志向のカブ」、「栄養いっぱいのインゲン豆」など)に比べて29%も野菜の摂取量を増加させることがわかった(1)。

米国の大学食堂で行った調査だから、こういう結果になったのかもしれない。若くて食べ盛りの大学生は健康に無頓着な可能性があるからだ。

野菜料理の食欲を高めるように献立名を「デザインする」着眼点は新しい。きっと需要があるからなのだろう。ネット上には食欲を高める効果のある言葉がある。たとえば「とろっとろ」「じゅわっと」「クリーミー」「ジューシー」のような食感に訴える言葉。「伝統的な」「田舎風」「おかあさんの味」のように安心感を誘うもの。そして「上海」「居酒屋風」「ニューオーリンズ」「プロバンス」のように場所や風味を思い起こさせるようなものなどだ。

筆者がローリングストック法(使った分だけ買い足す方法)で備蓄している食品を見ると、「予約でいっぱいの店の」「マグロとアンチョビの」「タイ風」「濃厚バターチキン」といった商品名が次々出てくる。レストランのメニューに「焦がしバターの〜」と書かれていたら、つい注文したくなってしまう。なにげないことのようだが、こうした言葉の力はあなどれない。

前述の調査は、大学食堂が学生たちの健康のために野菜の摂取量をもっと増やしたいと思ったら、その料理が健康にいいことより、おいしさを強調したほうが効果的であることを示唆している。「健康にいいから野菜を食べろ」と命令して野菜を摂らせようとするのでなく、大学生自身が自発的に野菜料理を選ぶようにする。これが「ナッジ」だ。

「ナッジ(Nudge)」とは、英語で「ひじでこづく」という意味。禁止や命令ではなく、人にある行動を自然に選択させるように誘導する手法のこと。具体的な例としては、駅のホーム、コンビニやスーパーのレジの前で目にする、並ぶ場所を床に示したサインがある。誰に指示されることなく、「ここに並ぶんだな」とか「間隔をあけて並ぶ」ということがわかるようになっている。

オランダ:知らないだけで、いたるところにあるナッジ

そんな「ナッジ」の例として有名なのは、オランダ・アムステルダムのスキポール空港の男性用トイレの小便器に描かれた黒いハエの絵だ。「一歩前に出て使用してください」とか「トイレをきれいに使いましょう」などの人の行動を変えようとするメッセージもなしに、ハエの絵ひとつで飛沫汚れを80%も減らすことができ、結果的に清掃費も劇的に減らすことができた(2)。

スキポール空港男性用トイレのハエの絵(出典:YouTube)

https://www.youtube.com/watch?v=MRqKe37uNkE

発案者であり、スキポール空港の施設拡張計画を統括した経済学者のアード・キーボーム氏によると、「男というものは(小便器に)ハエを見つけると、それを狙いたくなるものなのです」とのこと。

人には、ある作業を終えると、それまでしていたことを忘れてしまう傾向がある。たとえばコピーをしに行って、原稿をコピー機に置いてきてしまう、トイレの個室で見ていたスマホをトイレに置き忘れてしまうといったことだ。そのため「初期設定」として、銀行のATMでは現金を引き出したあとにカードを取り忘れないよう音を鳴らしてカードを取ることを促すようになっている。自動車のガソリンタンクのふたは置き忘れないように車体に紐づけされている。こうしたことも「ナッジ」である。

人には現状維持や初期設定の選択肢にしたがう傾向があるという。たとえば駅では同じ改札を通り、同じ車両の同じドアから電車に乗ったり、学生たちは座席は決まっていなくても教室の同じ席に座ったり、スポーツジムに行けば同じロッカーや同じシャワーを使ったりする。スマホを新しく購入して、設定を片っ端から見直す人がどれほどいるだろう。中には初期設定のまま、買い換えるまで使いつづける人もいるのではないか。

私たちの脳には死角があって、自分で選んでいるようなつもりで、案外、無意識にしばられていることがある。「ナッジ」とは、こうした人の無意識に作用し、人の行動をよりよい方向に導くことである。選択肢がたくさんあってどれを選んだらいいのかわからない場合や、不慣れな上、誰かに助言をもらうのが難しい場合などにナッジは役に立つ。ただし、悪用されないように、常に人の熟考が導く選択肢が「初期設定」となるようなナッジにすることが前提だ。

ドイツ・米国:環境問題に寄与するナッジ

ドイツの自治体が、各世帯の電力を再生可能エネルギー利用に自動登録し、住民が利用を希望しない場合には脱退できるという「初期設定」にした。すると、ドイツのほとんどの自治体で再生可能エネルギーの利用率が1%程度と低迷していたにもかかわらず、90%を超えるほどの高い利用率を示した(3)。

この自治体の成功例もあり、再生可能エネルギーへの自動登録を政策ツールとして取り入れる自治体が増え、ドイツでは再生可能エネルギーが飛躍的に普及するようになった。これも「ナッジ」である。人には「現状維持」や「初期設定」の選択肢にしたがう傾向があるのだ。

環境問題に対するナッジの成功例として、リチャード・セイラーとキャス・サンスティーンは著書『実践行動経済学』(日経BP社)の中で、米国の「緊急対処計画および地域住民の知る権利法」を取り上げている。これはチェルノブイリ原発事故を受けて1986年に米国連邦議会で制定されたもの。

この法律によって、企業や個人は所持している有害化学物質の量や環境への排出量を連邦政府に報告することが義務づけられた。そして、全米から寄せられたすべての情報は、環境保護局(EPA)のホームページで誰もがいつでも閲覧できるよう「見える化」された。

注目したいのは、この法律が有害化学物質の使用を制限するものではなかったにもかかわらず、全米で有害化学物質の排出量が大幅に減少したことである。環境活動家やメディアがEPAのリストに載っている、有害物質を大量に排出している企業をやり玉に上げたこと、リストに記載された企業が自社の企業評価を落とさないように自主的に使用量の削減を図ったことが要因としてあげられるとのこと。この事例から、情報の開示義務を定めるだけで環境問題を改善できることが広く認識されるようになった。

米国・日本:食品ロス問題の解決に貢献するナッジ

この米国での成功例をもとに、日本でも食品ロスの企業や自治体ごとの削減目標や実績の情報開示を義務づけたらどうだろう。誰もがいつでも閲覧できる、すべての食品ロスのデータがまとめられた掲示板のようなものがあれば、行政だけでなく、消費者や投資家も、長期間にわたって各企業や自治体の食品ロス量の推移を追うことができ、メディアも大量の食品ロスを廃棄している企業や自治体を取り上げやすくなるだろう。

逆に、お手本となるような取り組みがあれば、それを他の企業や自治体が共有できれば、日本の食品ロス削減効果があがり、社会や環境にとっても有益なはずだ。

食品ロス量や推移を「見える化」できれば、企業や自治体に何ひとつ指示することなく、食品ロスの削減を促し、社会や環境に変化をもたらす強力なナッジとなるはずだ。

ナッジの基本は選択の自由である。しかし、殺人や暴力を選択する自由が保証されるべきだと考える人はいない。気候変動の問題も同じだ。科学的に地球の温暖化が人為的なものだということに疑念の余地がないのに、温室効果ガスを大量に排出して、数十年後の人類やすべての生き物の生存を脅かすことを選択する自由を保証されるべきだと考える人は少ない(はずだ)。そのような場合には、ナッジよりも、義務化、優遇措置、補助金などの方が効果があるという。義務化によって社会の福利が増進される場合には選択の自由は制限される場合もある(4)。

ナッジの事例として、レストランのメニューに環境メッセージを記載するだけで、食事客が肉料理ではなくベジタリアン料理を選択する確率を2倍にできるというものがある。非営利団体の世界資源研究所(WRI)が約6,000人を対象に調査し、2022年2月に発表した(5)。

世界で排出されている温室効果ガスの3分の1は食料生産に関連していることがわかっており、とりわけ畜産業界の排出量が多いことが本調査の背景となっている。

環境メッセージ その1

「私たち一人ひとりが、地球のためによい変化をもたらすことができます。肉料理を1品だけ植物由来の食品に変えるだけで、携帯電話を2年間使うエネルギー分の温室効果ガスを削減することができるのです。あなたの小さな変化が大きな違いを生むのです」

このメッセージをメニューに記載したところ、25%の人がベジタリアン料理を選び、環境メッセージのないメニューを見た対照群の2倍以上の割合となった。

環境メッセージの例(出典:World Resources Institute)
環境メッセージの例(出典:World Resources Institute)

環境メッセージ その2

「米国人の90%が肉食を控える努力をしています。あなたもこの社会運動に参加して、気候への影響が少なく、地球にやさしい植物由来の料理を選びましょう」

このメッセージによってベジタリアン料理の選択率も23%となり、対照群の約2倍となった。

このようなナッジは、外食産業だけでなく、小売企業や食品メーカーにとっても有効だろう。

2021年の東京オリンピック・パラリンピックでも、選手村のビュフェで「何度でもとりに来てください」というPOPを掲げ、過剰にとりすぎてしまうビュフェでの食品ロスを減らす取り組みが行われた。残念ながら、その取り組みとは別に、無観客になったにもかかわらず、有観客の設定のままで弁当を発注し、ボランティア向け弁当が30万食も処分される結果になった。税金にして3億円近くの損失と推計される。

ドイツ:ヒヨコのいのちと養鶏の理想を訴えるナッジ

2022年2月13日付の朝日新聞によると、オスのヒヨコは育てても卵を産まず、食肉にも向かないので、どの国でも孵化するとすぐに殺処分されている。ドイツは世界に先駆けて2022年1月に「改正動物福祉法」を施行し、殺処分を禁止した。フランス、イタリア、オーストラリアでも同様の法律を準備しているそうだ(6)。

この法律のせいもあり、ドイツではすでに卵の価格が1割以上値上がりしているが、市場にはパッケージに「ヒヨコの殺処分なし」と印刷された卵が出まわっているという。これは、消費者に「養鶏のあるべき姿」を訴えかけるナッジになっているのではないだろうか。

ニュージーランド:小売・外食産業「ポーションサイズの変更」

ニュージーランドで1,000人を対象に行われた調査によると、同国では4人に3人が毎週25NZドル(約1,940円)相当の食品を捨てていることがわかった。1週間の食費が150NZドル(約11,650円)の世帯では、その週の予算の約6分の1を食品ロスとして無駄にしていることになる(7)。

注)三菱UFJ銀行の2021年の年間平均為替相場(TTM)NZD1=JPY77.66で計算

調査では、8割の人が調理済み食品やテイクアウトした食品の食べ残しを捨てていることもわかった。これらの調理済み食品の食べ残しは、同国の食品ロスの10分の1を占めている。量が多すぎることが要因だそうだ。

これは小売や外食が調理済み食品の「初期設定」である提供量(ポーションサイズ)の見直しを行えば簡単に解決できそうな問題だ。

英国:小売のポスター

ある調査によれば、人は約6週間続けて注意喚起されると、その後の6か月間は意識しなくても自然に行動ができるようになるという(8)。国家として食品ロス削減に力を入れている中国が、食堂などに啓発のためのスローガンやポスターをたくさん貼らせているのにも意味があるわけだ。筆者は英国のあるスーパーで食品ロス削減、環境配慮の啓発ポスターが貼られているのを見て驚いたことがある。日本のスーパーでは「3R(スリーアール)」のポスターなんて見たことがないからだ。

英国のスーパーに貼られていた食品ロス問題の啓発ポスター(関係者撮影)
英国のスーパーに貼られていた食品ロス問題の啓発ポスター(関係者撮影)

米国・日本・台湾:ナッジで「応援消費」を促し食品ロス対策を

AIを活用した小売向けの需要予測・在庫管理ソリューションを提供している米国の企業アフレッシュ(Afresh)の行った調査がある。それによると、小売から毎年430億ポンド(約1,950万トン)もの食品ロスが出ていることを知ると、米国の消費者の5人に3人(63%)は「食品ロス問題の解決に取り組んでいる小売店で買い物をしたい」と考えるそうだ(9)。

52%はより頻繁にその店で買い物をし、家族や友人にその店をすすめると回答している。そして49%は食品ロスの削減に取り組んでいる店で買い物をすることで、自分が食品ロスの削減に貢献している気分になれると回答している。この調査結果は、小売が自社の食品ロスへの取り組みを消費者に知ってもらうことが食品ロス削減の近道になることを示唆している。

このように、企業や生産者の理念やこだわりに共感し、その想いに応えようと商品を購入したり、サービスを利用したりすることを「応援消費」という。日本でも、コロナ禍で売り場を失った観光地のお土産の菓子を購入したり、中国による輸入規制で市場を失った台湾産パイナップルを購入したりした人は多かった。そうした消費者の共感する力を、ナッジを活用して食品ロスの削減につなげるのだ。

食品企業はパッケージ表示の工夫で気候変動対策ができる

非営利団体IFICの報告書「2020 Food and Health Survey」によると、米国の消費者の5人に3人は「購入する食品は持続可能な方法で生産されていることが大切だ」と考えている(10)。

2021年3月に「ネイチャー」誌に掲載された研究によれば、1990年から2015年にかけて世界中で人為的に排出された温室効果ガスのうち、3分の1は「食」に関連していたことが発表された。そのようなこともあり、食品の環境負荷についての関心が高まっているのだ。

だが、同時に消費者が「気候変動に配慮した食品」にとまどいを感じていることも同報告書は指摘する。わかりにくい食品ラベル、不透明な調達方法、不明瞭な二酸化炭素排出量など、6割の消費者は、自分が選んだ食品が本当に持続可能なのかどうかを知るのは難しいと答えている。もっと簡単に知ることができれば、自分の選択に大きな影響を与えるだろうとも回答している。

欧州委員会が行った世論調査によると、EU市民の72%は商品にカーボンフットプリント表示を義務づけるべきであると考えている(11)。たとえばスーパーの売り場である食品を選ぼうとして、手にした商品Aと商品Bが材料もカロリー(エネルギー)もほとんど同じという場合、商品Aのカーボンフットプリントが商品Bより6割も大きかったら、どちらを選ぶだろう。

注)「カーボンフットプリント」とは、商品・サービスのライフサイクルの各過程で排出される温室効果ガスの総量を二酸化炭素の量に換算して表示すること(12)。

ささいなことのように思えるかもしれないが、同じことがすべての消費行動において行われたら大きな変化を引き起こすことになるだろう。前述したWRIの環境メッセージのように「小さな変化が大きな違いを生む」のだ。

フランスのソデクソ(Sodexo)の調査でも、63%の回答者は食品にカーボンフットプリント表示をすることで行動の変化を促すことができると考えているとのこと。そして64%はより強力な政策や規制が必要だと指摘している(13)。

スウェーデン:食品企業によるナッジの取り組み

環境先進国のスウェーデンでは、すでにさまざまな食品に「カーボンフットプリント」「カーボンオフセット(炭素相殺)」「カーボンニュートラル(炭素中立)」が表示されおり、消費者が商品を選ぶ際の目安となっている。

ワンプラネット・カフェ提供写真(左上が1、真ん中の上が2、右上が3、左下が4、右下が5)
ワンプラネット・カフェ提供写真(左上が1、真ん中の上が2、右上が3、左下が4、右下が5)

①カーボンオフセット(炭素相殺)された卵

②カーボンフットプリントが表示されたオーツ麦のヴィーガンミルク

③カーボンフットプリントを50%カットしたポテトチップスの包装

④カーボンフットプリント削減のコーヒー(紙容器+ストローなし+オーガニック+フェアトレード)

⑤カーボンニュートラル(炭素中立)のオーガニックチーズ

食品へのカーボンフットプリント表示もナッジになる。これらの食品企業は決して声高に「気候正義」(*)を呼びかけているわけではないが、自社の食品にカーボンフットプリント表示をすることによって、消費者に気候変動対策への関与をやんわりと求めている。

*気候正義とは:先進国に暮らす人々が化石燃料を大量消費してきたことで引き起こした気候変動への責任を果たし、すべての人々の暮らしと生態系の尊さを重視した取り組みを行う事によって、化石燃料をこれまであまり使ってこなかった途上国の方が被害を被っている不公平さを正していこうという考え方。( FoE JAPAN)

代替肉メーカーのカーボンフットプリント表示(出典:Quorn公式サイト)
代替肉メーカーのカーボンフットプリント表示(出典:Quorn公式サイト)

英国の食品ブランド「クォーン(Quorn)」も、商品にカーボンフットプリントを表示している。デンマークは、食品の気候変動表示を義務づけることを発表し、肉類を減らして植物を多く食べることを推奨するなど、気候変動の影響を考慮した食生活のガイドラインを発表したと英BBCが報じている(14)。

米国:消費者の80%はアップサイクル食品に関心あり

米国には、食品廃棄物をアップサイクルさせた食品(たとえば、ヴィーガンミルクを製造する際に出る大豆やアーモンドの果肉は小麦粉に、売れ残ったパンはビールの酵母に、乾燥した野菜の皮はスープに)向けに「Upcycled Certified」という認定証がある。

アップサイクル認定証(出典:UPCYCLED FOOD FOUNDATION公式サイト)
アップサイクル認定証(出典:UPCYCLED FOOD FOUNDATION公式サイト)

ある調査によると消費者の80%はアップサイクルされた食品の購入に興味を持っているそうだ。この調査の回答者の半数以上が、アップサイクル食品を扱っている食料品店に対して、よりいい印象を持つと答えている(15)。

小売企業は、これまでAIなどの導入を通して食品ロスの削減(リデュース)と発生してしまった余剰食品をフードバンクなどの慈善団体への寄付をして再利用(リユース)してもらうことに注力してきた。上記の知見より、アップサイクル(リサイクル)も十分に消費者にアピールできることがわかった。

食品ロス削減につながるアップサイクル食品を売り場に並べることで、小売は店の評判を高めると同時に売り上げを伸ばすことができ、消費者は気軽に食品ロス問題に貢献することができる。

先進17か国中、日本のみ気候変動への意識が減少

ここまで海外の知見を中心に見てきたが、日本の消費者のことを考えたときに気がかりなことがある。米国のシンクタンク「ピュー・リサーチセンター」が21年に先進17カ国、1万8000人以上を対象に実施した気候変動についての意識調査によると、ほとんどの国で「非常に懸念している」という回答が15年より増えているのに対し、日本だけ34%から26%に減少していることだ(16)。

日本のみ気候変動に対する問題意識が大きく低下(出典:Pew Research Center)
日本のみ気候変動に対する問題意識が大きく低下(出典:Pew Research Center)

気候変動に対する意識の高い欧州では、カーボンフットプリントやアップサイクル認定などの表示やレストランのメニューの環境メッセージが意味を持つのかもしれない。だが、環境意識がそこまで高くない日本では「ぬかにくぎ」「のれんに腕押し」となってしまいかねない。

冒頭のスタンフォード大学の事例のように、環境にいいことより、おいしさを強調したほうが、環境意識の高くない人には好まれるかもしれない。おいしさを強調しつつ、健康や環境にもいいという食品であれば言うことはない。

マーク・トウェインの『トム・ソーヤーの冒険』の主人公のように、親から言いつけられた柵のペンキ塗りを友だちが我先に手伝いたいと行列するようにナッジする機転があれば、食品ロスの削減や気候変動対策も、みな黙々とやり出すかもしれない。そんなエッジの効いたナッジを思いついたら教えていただきたい。

前年の年末・年間平均2021(三菱UFJ銀行・外国為替相場情報)

http://www.murc-kawasesouba.jp/fx/year_average.php

参考情報

禁止や制限なしでサスティナブルな消費行動を促す方法 パル通信(17)(井出留美、2021/11/16)

1)Increasing Vegetable Intake by Emphasizing Tasty and Enjoyable Attributes: A Randomized Controlled Multisite Intervention for Taste-Focused Labeling(Psychological Science、2019/10/2)

https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/0956797619872191

2)リチャード・セイラー+キャス・サンスティーン著『実践行動経済学』(遠藤真美訳、日経BP社、2009/7/13)

3)キャス・サンスティーン著『入門・行動科学と公共政策』(吉良貴之訳、勁草書房、2021/7/20)

4)キャス・サンスティーン著『ナッジで、人を動かす』(田総恵子訳、NTT出版、2020/9/25)

5-1)Environmental Messages Promote Plant-Based Food Choices: An Online Restaurant Menu Study(World Resources Institute、2022/2/1)

https://files.wri.org/d8/s3fs-public/2022-02/environmental-messages-promote-plant-based-food%20choices-an-online-restaurant-menu-study.pdf?VersionId=LXYASe35.dMpmyekrLFJohs389Y8wG_x

5-2)Bean burrito or beef burrito? Restaurants try messages on menus to help diners order less meat(The Guardian、2022/1/26)

https://www.theguardian.com/environment/2022/jan/26/plant-based-food-restaurants-climate-menu-messages?utm_source=twitter&utm_medium=worldresources&utm_campaign=socialmedia&utm_term=1347f030-9102-4588-93c1-612899f3ee15

5-3)This simple theory of behavioral economics could convince humans to eat less meat(FASTCOMPANY、2022/2/8)

https://www.fastcompany.com/90719783/this-simple-theory-of-behavioral-economics-could-convince-humans-to-eat-less-meat?utm_source=twitter&utm_medium=worldresources&utm_campaign=socialmedia&utm_term=d3d18c3e-1b43-47cf-b627-9bd8c0430bac

6)(Sunday World Economy)年4500万羽、殺される雄ひよこ(朝日新聞、2022/2/13)

https://digital.asahi.com/articles/DA3S15203528.html

7)Kiwis urged to be more conscious of food wastage(SunLive、2021/1/18)

https://sunlive.co.nz/news/260395-kiwis-urged-to-be-more-conscious-of-food-wastage.html

8)How supermarkets can engage consumers to think more about household food waste(The Grocer、2021/10/7)

https://www.thegrocer.co.uk/food-waste/how-supermarkets-can-engage-consumers-to-think-more-about-household-food-waste/660388.article

9)Consumers Prefer Retailers Committed to Fighting Food Waste: New Data(Progressive Grocer、2021/8/1)

https://progressivegrocer.com/consumers-prefer-retailers-committed-fighting-food-waste-new-data

10)Can you eat to save the climate?(World Economic Forum、2021/7/26)

https://www.weforum.org/agenda/2021/07/climate-change-food-what-to-eat/?utm_source=twitter&utm_medium=social_video&utm_term=1_1&utm_content=23359_7

11)What can consumers do to help solve the climate change crisis?(World Economic Forum、2021/2/8)

https://www.weforum.org/agenda/2021/02/consumers-help-solve-climate-change/?utm_source=twitter&utm_medium=social_video&utm_term=1_1&utm_content=24400_climate_receipts_greener_choices&utm_campaign=social_video_2022

12)環境省「カーボンフットプリント」

https://www.env.go.jp/policy/hozen/green/g-law/jirei_db/haifusiryo/ha_r_H22kanto_tokyo_kogi1_61-80.pdf

13)74% of supply chain heads not tracking food waste ‘despite link to climate crisis’(Circular Online、2021/11/29)

https://www.circularonline.co.uk/news/4-of-supply-chain-heads-not-tracking-food-waste-despite-link-to-climate-crisis/

14)The way to cut your food’s climate emissions(BBC)

https://www.bbc.com/future/bespoke/follow-the-food/how-to-cut-your-foods-carbon-footprint/

15)Retailers Could Be the Most Important Player in Reducing Food Waste(Sustainable Brands、2020/9/28)

https://sustainablebrands.com/read/marketing-and-comms/retailers-could-be-the-most-important-player-in-reducing-food-waste

16)In Response to Climate Change, Citizens in Advanced Economies Are Willing To Alter How They Live and Work(Pew Research Center、2021/09/14)

https://www.pewresearch.org/global/2021/09/14/in-response-to-climate-change-citizens-in-advanced-economies-are-willing-to-alter-how-they-live-and-work/

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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