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食品値上げは「食品ロス削減」で相殺できる―諸問題の解決に向けて増す重要性 #日本のモヤモヤ

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
写真:アフロ

2022年に大きく注目された「食料品の値上げ」。食品ロス問題とも密接にかかわる。本稿では、食料品価格の上昇をもとに食品ロス削減の重要性についてまとめ、今後の食品ロス問題の展望を見てみたい。

食品値上げが2022年の食の十大ニュースのトップに

2022年に多く報道された一つが「食品の値上げ」だろう。ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まった2022年2月24日以降、食品値上げの報道はじわじわ増えた。日本最大のビジネスデータベースサービス、G-search(1)で「食」「値上げ」のキーワードで検索すると、2022年2月24日から12月24日までの10ヶ月間で15,685件ヒットする。

2022年12月16日、食をテーマに情報発信する記者や編集者からなる「食生活ジャーナリストの会」は「2022年食の十大ニュース」を公表(2)、1位に「歴史的円安などで食品値上げラッシュ」が選ばれた。

食生活ジャーナリストの会は、公式サイトで次のようにコメントしている。

「食品原料、燃料、肥料や飼料などの価格高騰に加えて、歴史的な円安の影響もあり、食品値上げが相次いだ年でした。2月に始まったロシアのウクライナ侵攻は、世界の食料事情に深刻な打撃を与え、日本においても食料安全保障の問題がクローズアップされました。」

では、食品の値上げによる家計の負担はどれほどになるのだろうか。

相次ぐ食品の値上げで世帯あたりの家計負担は年間68,760円

2022年9月22日、帝国データバンクは、相次ぐ食品の値上げによる一世帯あたりの家計負担は、年間で推計68,760円にのぼると発表した(3)。

帝国データバンクが食品メーカー105社を対象にした調査によれば、2022年末までに20,000品目の価格が値上げされるとし(2022年8月末時点)、実際、2022年10月には年内最多となる6,500品目以上が値上げされた。

食品ロスを減らせば値上げ分は相殺できる

では、食品の値上げに対して何も打つ手はないのだろうか。

まだ食べられる食品が捨てられる「食品ロス」の問題がある。2022年9月7日付の日本経済新聞は、「食品ロス 6割減らせば物価高を吸収できる」とする記事を出した(4)。

記事では、食品ロスを6割ほど減らせば、価格高を相殺できると指摘している。つまり、食品ロス削減により、値上げ分はゼロにできるということだ。

京都市の推計(2017年度)によると、一世帯あたり年間56,000円の食品を捨てており、処理費4,000円と合わせると、年間60,000円を無駄に捨てている(5)。京都市は、全国の政令指定都市の中でも、家庭ごみが最も少ない自治体だ。人口50万人以上の自治体のうち、一人1日あたりの(家庭系+事業系)ごみ排出量が最も少ない(2020年度)(6)。その京都市ですら、一世帯あたり年間60,000円を捨てているとなれば、全国のほとんどの自治体は、60,000円以上の食品を捨てていることになる。

環境省(令和2年度)のデータを基にYahoo!JAPAN制作
環境省(令和2年度)のデータを基にYahoo!JAPAN制作

マスメディアによる報道は、「値上げだ」「大変だ」というものが多く、それに対する具体的な解決策として「食品ロスを減らせばよい」と提言する内容は少なかった。G-searchで調べると、「食」と「値上げ」のキーワードを同時に報じたものは15,685件ヒットする反面、「食品ロス」と「値上げ」では、その100分の1に過ぎない169件にとどまる(2022年2月24日から12月24日まで)。マスメディアには、値上げの大変さを煽るだけでなく、食品ロスを減らすことで家計の食費が抑えられ、値上げ分が相殺できる、社会全体で食品ロスを含めた廃棄物を減らせば、処理費に投じる税金を、もっと有用なことに費やせるのだと報じて欲しかった。

拙著『「食品ロス」をなくしたら1か月5,000円の得!』(7)では、「買い物は食後に行くだけで640円の得」「調味料はいいものを1本買い、使いきるだけで200円の得」といったように、具体的に食品ロスを減らすことで食費を減らせる65の技を提案している。

食品を廃棄しなければ食料品価格はもっと安いはず?

そもそも、食品を大量に廃棄しても、企業経営が成り立つのはなぜだろうか。コンビニ一店舗あたり年間468万円(中央値)の食品を廃棄している(公正取引委員会、2020年9月2日発表)(8)。食品の廃棄は、基本的に無償ではできない。コストがかかる。食品企業が払っているその廃棄コストは誰が払っているのか。われわれ消費者だろう。企業は赤字になってまで経営し続けられない。食品ロスがなければ、その分、食料品価格に含まれている廃棄コスト分を減らせるはずだ。食品ロスを削減することで、そもそもの価格上昇も抑えられる可能性があるのだ。

食品ロス分345兆円があれば雇用・福祉・医療・教育に充当できる

「家庭での食品ロス」への働きかけが、2022年の食料品価格上昇への対策の一つとなり得ることをまとめてきた。

ここで足元の家計問題から世界に目を向けてみると、食品ロスにより、実に345兆円の経済損失を引き起こしている可能性がある。「食品ロス」問題は、家計にとっても事業者にとっても、ひいては国や世界全体にとっても、経済損失である。

拙著『食料危機 パンデミック、バッタ、食品ロス』(9)を執筆する際、国連FAO駐日連絡事務所長(当時)のチャールズ・ボリコさんに取材した。ボリコさんいわく、世界の食品ロスによる経済損失は2.6兆ドルにのぼる(345兆円相当、2022年12月24日現在のレートによる)。ボリコさんは、これだけの金額を投入すれば、どれだけの人を雇用できるか、どれだけの学生が奨学金を得ることができるのか、どれだけ道路や学校を造ることができるか、という趣旨を話していた。

食品ロスによって、345兆円分を捨てるということは、本来、われわれが受けられるはずだった、雇用や福祉、医療、教育のチャンスを失っているということだ。食品ロスは、経済損失や環境負荷であることはもちろん、社会面でのさまざまな機会の損失である。

食べものを必要としている人がいる一方で捨てるということは、道徳的・倫理的な問題でもある。認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやいは、毎週土曜日の午後、東京都庁下で食料配布を続けている。筆者が取材した2022年6月には、食料を求める人が500人台だった(10)が、今では600人を超えている。2022年12月24日は612人が列に並び、食料を求めた。

物価上昇、経済的損失の問題へ話を戻そう。

では、食品ロスを減らすことで、値上げ分を±0(プラスマイナスゼロ)にする以上の価値は期待できるのだろうか。

1ドル食品ロス削減に投資すれば14ドルの利益

英国政府が2000年に立ち上げたWRAP(ラップ)は、世界で食品ロスを減らす「Champions12.3」(11)に参加している。Champions12.3は、2017年「食品ロス削減に1ドル投資すれば、さまざまな面で14ドルのリターンがある(節約できる)」と試算し、レポートを発表した(12)。

企業が行う「食品ロス削減への投資」とは具体的に何だろうか。たとえば、食品ロスを計量してのモニタリングや、ロスを減らすために社員をトレーニングする、食品の保管や取り扱い工程を変更する、賞味期限を延長するために食品のパッケージを変更する、期限表示のラベルを変更する、テクノロジーへの投資などが挙げられている。

レポートでは、家庭の節約額は企業以上に大きくなる、と述べている。実際、英国WRAPや政府、企業が、家庭の食品ロスを減らすための取り組みに1ポンド投資するごとに、消費者と地方自治体は250ポンドも節約が可能となった。

このように、食品ロス問題は、対策を講じることで、食料品価格上昇や経済損失への対応となるのみならず、対策への投資がプラスのリターンを生み出すことが分かっている。包括的な対策を講じることで、経済的なメリットが享受できる。そして経済損失を抑えることは、その他に存在する多くの諸問題へプラスの影響をもたらす。食品ロス問題への対策は、現在世界に存在するあらゆる問題への根本的な解決方法につながり、対策を急務と考えるべきなのだ。

世界の思想家トップ100の大学教授「食品ロス削減、今こそ行動すべき」

カナダのマニトバ大学特別栄誉教授で『Numbers Don't Lie(邦訳:世界のリアルは「数字」でつかめ!)』(13)の著者、バーツラフ・シュミル氏は、

「食品ロス削減に1ドルを投資すれば、さまざまな点で14倍の利益が見込めるという。だから、いますぐ行動を起こすべきだ。これほど説得力のある話はそうあるものではない」

と述べている。

2022年9月、筆者はニューヨークで開催された食品ロスの会議に出席した。そこでは「食品ロス問題は、食料安全保障と気候変動の観点から、今後ますます重要になってくる」と、登壇者全員が述べていた。

ニューヨークで開催された食品ロスの会議(筆者撮影、2022/9/20)
ニューヨークで開催された食品ロスの会議(筆者撮影、2022/9/20)

食料値上げが止まず、気候変動により「100年に1度」「1000年に1度」レベルの自然災害が頻発している(14)。気候変動の影響による洪水や干ばつなどの災害による急性の食料不安は毎年数百万人単位で発生しており、気候変動が食料増産の足かせになっているとの専門家の指摘もある(15)。

2023年、食品ロス削減は、ますます重要になる。事業者にとっても、消費者にとっても、減らす責任がある。SDGs12.3では「世界の小売・消費レベルの食料廃棄を2030年までに半分に減らす」と数値目標を立てている(16)。食品ロスを減らすことで、実質的な利益は増える。

食品を捨てれば、食品を作るために働いた人の人件費や労働力もすべて捨てられる。それはすなわち、人の命。われわれは、食品を捨てているようで、実は自分たちの命を捨てているのだ。

2022年も終わる。今年は、さまざまな心を痛める「命」を考え直す報道が相次いだ。本稿が、「食品ロス」について、たかが余りものや食べ残しなどと考えず、あらためてその重要性を考えるきっかけとなればと思う。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

参考情報

1)日本最大のビジネスデータベースサービス、G-search

2)食生活ジャーナリストの会が「2022年食の十大ニュース」を公表(2022/12/16)

3)相次ぐ食品の「値上げ」家計負担は年間 7 万円の増加と試算 〜低収入世帯で食品値上げの負担感がより強く発生〜(株式会社帝国データバンク、2022/9/22)

4)食品ロス 6割減らせば物価高を吸収  マチカド経済考(日本経済新聞、2022/9/7)

5)京都市の生ごみデータ(京都市、2017年度)

6)一般廃棄物の排出及び処理状況等(令和2年度)について(環境省、2022/3/29)

7)『「食品ロス」をなくしたら1か月5,000円の得!』(井出留美著、マガジンハウス)

8)コンビニエンスストア本部と加盟店との取引等に関する実態調査について(公正取引委員会、2020/9/2)

9)『食料危機  パンデミック、バッタ、食品ロス』(井出留美著、PHP研究所)

10)緊急事態が日常化 世界をおおう食料高騰と貧困の波(井出留美、朝日新聞SDGsACTION!、2022/7/23)

11)Friends of Champions 12.3

12)RELEASE: New Research Finds Companies Saved $14 for Every $1 Invested in Reducing Food Waste(World Research Institute, 2017/3/6)

13)『世界のリアルは「数字」でつかめ!』(バーツラフ・シュミル著、栗木さつき・熊谷千寿訳、NHK出版)

14)気候変動に伴う災害の激甚化・頻発化(国土交通白書2022)

15)食べ物が足りない…日本でも?増える「食料ショック」に気候変動の影(朝日新聞、2022/10/10)

16)Food Loss & Waste(SDG 12 HUB, One Planet Network 2022)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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