パン詰め放題 メディアはいつまで「激安」「お得」を報じ続けるのか
2022年6月22日、Yahoo!ニュース個人の編集部から、Yahoo!ニューストピックスに掲載されているニュース(1-1, 1-2)にコメントを書くよう提案メールを受け取った。パンの詰め放題が人気で大行列になっている、という内容だ。
一応、オーサーコメントを書いたのだが、メディアの報じ方には正直、辟易した。いつまで「激安」「お得」を煽り続けるのか。「安い」「量が多い」に終始していて、その先のメッセージがない。
テレビ番組は、これを報じて、視聴者に何を伝えたいのだろう。参加費450円のパンの詰め放題で、30個も詰める人がいる。あなたも激安でお得に買えるから千葉県柏市や流山市まで来たらどう?ということなのか。
この詰め放題は、「詰める」といっても、袋からはみ出して、あごで抑えてても、袋の上に載っていればOK、なのだそうだ。テレビ番組の動画のサムネイルも、袋からはみ出したパンをあごや体で支える女性の姿が採用されている。
テレビは「絵(動画や写真)」の面白さやキャッチーさが問われる。見た目が面白いし、激安だし、お得。だから「パン詰め放題」を取り上げたのだろう。
「激安」「お得」に喜ぶ視聴者ばかりではない
特集のタイトルに「激安の理由」とある。激安の理由は何なのか。千葉県流山市にあるパン製造会社では、学校や病院などから大量に発注を請けており、1日あたりの製造数は8万個。製造工程で大きさや見た目の違う食品ロスが出る。以前は「ごみ」として捨てていたそうだが、そのごみ処理費が高くなったからだそうだ(1)(2)。
捨てるくらいなら売った方がいいだろう。買う側にしても、安くて量が多ければうれしいだろう。
だが、メディアは、「パン詰め放題 450円で30個も詰められる」と報じることで、「安いのがいい」「量が多い方がいい」という価値観を視聴者に植え付けているのではないだろうか。
あるいは、視聴者がそれを喜ぶだろうという固定観念や先入観があるのかもしれない。
でも、このニュースに関するYouTubeやYahoo!ニュースのコメント欄、SNSは、必ずしも共感する内容ばかりではない。「悲しい」「恥ずかしい」という言葉が目立った。
「大人が500円の参加費で1個60円のパンを溢れさせて顎に引っ掛けて取ってるの見てると悲しくなる」
「パン好きとしてはこんな潰れたパンを食べるのは見てて悲しい」
「こういう特集がよく取り上げられると日本が貧しくなったのがよく分かる大家族ならわかるけどこんなに大家族がいるわけもないよね」
「こんなの取材して放送するとかすごいね…」
「破棄するよりはいいのかもしれないけど、いい大人が必死になってなんか嫌…。パンも美味しく食べてもらいたいだろうに」
「国民のこんな姿を見て、岸田総理はなんとも思わないのだろうか?」
ヨーロッパでは「職人からものを買え(バイイング・フロム・アルチザン)」と教えられるという。パンはパン屋、肉は肉屋、魚は魚屋から。そうでないと、職人がいなくなってしまうから。すなわち、それは「量より質」を選ぶということ。食べ物に感謝して楽しんで食べるということである。「パン詰め放題」や「食べ放題・飲み放題」には、そのような姿勢は薄い。食べ放題や飲み放題は無駄を生むからやらない国もある。
日本のパンの97%は海外産小麦、食料の63%を海外に依存する日本
これだけ低価格で作ることができるパンは、おそらく海外産小麦を使っているだろう。日本で売られているパンのうち、97%は海外産小麦が使われている。そもそも日本食の根幹となる味噌や醤油を作る大豆の自給率ですら、たった7%しかない(3)。食料自給率はカロリーベースで37%。食料自給率がすべてではないが、37%ということは、国民の命の綱である食料のうち、63%を海外に依存しているというリスクの高い現状だ。
食べきれないほどの料理を出し、出された方は残すのがマナーだった中国ですら、2020年には食品ロスを減らすための法律を施行している。大食い動画のアップには罰金が科せられる。なにしろ14億人もいる国民の食料をまかなわなければいけない。背景には食料輸入先である米国との関係悪化があるという説もあるが、真偽はわからない。でも、中国が膨大な量の食料を備蓄しているのは間違いない。食料を自国でまかなうことのできない日本は、食品の「激安」「お得」をテレビで面白おかしく報じていて、いったい大丈夫なのか。
『農業消滅』(4)の著者、東京大学 大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授は、米国産小麦の97%、カナダ産の100%で、除草剤成分のグリホサートが検出された(農林水産省、2017年調査)と書いている(5)。グリホサートの人体への影響を擁護する主張を目にしたが、グリホサートによる地球の生態系に対するネガティブな影響は、環境再生型農業の第一人者であるゲイブ・ブラウンが最新著書『土を育てる』(NHK出版)(6)の中で繰り返し述べている。
SDGsを謳いながら安さや量を煽るのは矛盾していないか
450円の参加費でパンが30個も詰め放題!と報じるメディア。そのテレビ局は公式サイトで「サステナビリティ宣言」(7)と高らかに謳っている。大量生産・大量消費を煽っておきながら、一方では「持続可能性」を宣言するとは、矛盾していないだろうか。
昨今のテレビ局は、NHKも民放も、どこもかしこも「SDGs」を特集する。あるテレビ局では「SDGsをやれ、と上から降ってきた(上層部から指示が飛んできた)」そうだ。SDGsの本当の意味をわかってやっているのか疑問に思う内容も多い。上から言われたからとりあえずやっている感がある。テレビ朝日の関係会社、朝日新聞は「SDGs、うさんくさい?」という特集を報じた(8)。
「SDGs」特集をやりたいのであれば、これまでの「量」や「安さ」を求める姿勢から、売り方・買い方を適切な量や価格に変えていかなければならないSDGsの時代が来ているのだと視聴者に伝えたらどうなのか。それこそメディアの役割だと思う。
参考情報
1-1)【独自】パン“詰め放題”“アウトレット”人気で大行列 値上げ相次ぐ中…激安の理由(テレビ朝日「グッド!モーニング」2022/6/22、Yahoo!ニュース)
1-2)【独自】パン“詰め放題”“アウトレット”人気で大行列 値上げ相次ぐ中…激安の理由(テレビ朝日「グッド!モーニング」2022/6/22)
4)『農業消滅 農政の失敗が招く国家存亡の危機』鈴木宣弘著、平凡社新書
5)もし食料輸入が止まったら?ウクライナ侵攻で現実味を増す日本の食料危機「食料自給率37%」のリスク(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2022/5/2)
6)『土を育てる 自然をよみがえらせる土壌革命』ゲイブブラウン著、服部雄一郎訳、NHK出版