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無印良品「コオロギせんべい」地球を救う一歩になるか 環境負荷の低い昆虫食 懸念も

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
無印良品公式サイト「コオロギが地球を救う?」

2020年5月20日、無印良品がネット先行で「コオロギせんべい」を発売する。昆虫食は、肉食と比べて環境への負荷が少なく、2013年にはFAO(国連食糧農業機関)が食料問題の解決策として有用とする報告書を発表、2015年9月に開催された国連サミットでは「貴重なたんぱく源」として推奨された。諸外国では、こうした昆虫食を市販している食料品店も珍しくない。他方、国内では環境によい「食」を考えるうえで、「知る人ぞ知る」期待の星のような存在だ。国内でこれまでも昆虫食の啓発や開発に努めてきた人たちは、今回の新製品や今後の昆虫食の展開についてどのように考えているのか。オンラインで取材した。(※この記事には昆虫食の写真を掲載しています)

オランダ・ワーゲニンゲン大学中心に作成された報告書、2013年にFAOが発表

欧州諸国は環境への意識が高い。昆虫食への注目が集まるきっかけとなった一つが、2013年にFAOが発表した食用昆虫に関する報告書だ。食品ロスや食料問題の研究で知られる、オランダのワーゲニンゲン(WAGENINGEN)大学が中心となってまとめた。

食用昆虫は、飼育にあたって排出する温室効果ガスが、食肉より格段に低い。FAOの報告書には、昆虫3種(ミールワーム、コオロギ、バッタ)が、豚や牛などと比較して温室効果ガス(GHG)が、およそ100分の1と低いことが示されている。

食用昆虫3種(ミールワーム、コオロギ、バッタ)と豚・牛の温室効果ガスおよびアンモニアの排出量比較(2013年発行、FAOの報告書、Figure 5.4より)
食用昆虫3種(ミールワーム、コオロギ、バッタ)と豚・牛の温室効果ガスおよびアンモニアの排出量比較(2013年発行、FAOの報告書、Figure 5.4より)

また、食用昆虫は保存性が高く、他の食肉と違い、育てるのに場所をとらない。水や飼料の必要量も少ない。食品ロス削減にも貢献する。FAO報告書には、食用昆虫、牛乳および食肉(鶏・豚・牛)1kgを育てるのに必要なエネルギーや用地の比較もなされている。食用昆虫は、それら必要量が格段に少ない。

ミールワーム、牛乳、鶏・豚・牛の肉1kgあたりの温室効果ガス排出量(地球温暖化係数)、エネルギー量と土地利用量の比較(2013年FAO報告書、Figure5.5より)
ミールワーム、牛乳、鶏・豚・牛の肉1kgあたりの温室効果ガス排出量(地球温暖化係数)、エネルギー量と土地利用量の比較(2013年FAO報告書、Figure5.5より)

このように、環境負荷提言に貢献する食用昆虫。ヨーロッパでは、すでに20か国以上で養殖や販売が行われ、海外にも輸出されているとのこと。

オランダの取り組みが垣間見られる映画がある。オーストリア人のダーヴィト・グロス氏が監督を務めた2017年公開の『0(ゼロ)円キッチン』だ。オランダの小学生たちがミートボールを作り、イモムシを入れたものと入れないものとで食べ比べるシーンが登場する。

最初、イモムシを見た小学生たちは口々に「気持ち悪い」と叫ぶのだが、作って食べ比べてみると、人気なのは、断然「イモムシが入ったミートボール」だった。サクサクした食感で、入れないものに比べると、形がくずれにくい。筆者も、これを観て、「本当かな?」と思い、昆虫食を実際に食べてみたいと思った。

2015年、国連が「貴重なタンパク源」として推奨、欧スーパーでは昆虫食が市販

2013年、FAO発表の次に注目を集めたのが、2015年、国連が、昆虫食を「貴重なタンパク源」として推奨したことだ。

SDGs(国連広報センターHP)
SDGs(国連広報センターHP)

ちょうどこの年のサミットで、SDGs(持続可能な開発目標)が採択され、食の持続可能性が求められるようになってきていた。

確かに、欧州を見ると、一般の人が手にしやすいスーパーで、昆虫が使われた食品を見ることができる。筆者が2019年7月に取材したデンマークでは、スーパーでコオロギチョコレートが市販されていた。

デンマークのコオロギチョコレート(筆者撮影)
デンマークのコオロギチョコレート(筆者撮影)

日本では見た目インパクトの強い「郷土食」?

このように、諸外国では昆虫食がメジャーになってきている。だが、日本ではまだ「知る人ぞ知る」存在だ。

国連が昆虫食を「貴重なタンパク源」と紹介した2015年9月以降の4年間、筆者も国内外の講演で紹介し、参加者に感想を聞いてきた。「昆虫食」への関心は高い。しかし、一般の人(特に熟年以降)が思い浮かべるのは、長野県のイナゴの佃煮やハチノコなど。見た目がグロテスクで、ある地方にしか存在しない、という感想を持つ人が多いようだ。見た目で拒否する人も少なくない。これについては、パウダータイプなどであれば、受け入れやすくなるかもしれない。

昆虫料理研究家の内山昭一さんは「昆虫食普及に拍車がかかるか注目」

昆虫料理研究会を主宰する、昆虫料理研究家の内山昭一さんに、今回の無印良品のコオロギせんべい発売について聞いてみた。内山さんは「2013年のFAO報告に世界が注目したように、コオロギせんべい発売で日本の昆虫食の普及に拍車がかかるのか、そのあたりの動向は注目に値すると思っています」と話している。

内山さんは、イナゴやハチノコで知られる長野県の出身。幼少時から昆虫食に親しんでおり、NPO法人昆虫食普及ネットワークも立ち上げている。

筆者が初めて昆虫料理教室に参加したのが2016年12月24日。主宰が内山先生だった。

2016年12月24日、内山昭一先生主宰の昆虫料理教室。右が筆者、左がサンタに扮した参加者(参加者撮影)
2016年12月24日、内山昭一先生主宰の昆虫料理教室。右が筆者、左がサンタに扮した参加者(参加者撮影)

この時に作ったのがコオロギのカナッペ。これは、見た目がイナゴに似ていたので、イナゴの佃煮を食べたことがある筆者は受け入れやすかった。

コオロギのカナッペ(筆者撮影)
コオロギのカナッペ(筆者撮影)

ただ、勇気が必要だったのが「アブラゼミとイモムシのチョコレートコーティングのクリスマスケーキ」。見た目がグロテスクなのと、口に入れたらはたしてどんな味がするのかと思い、すぐには食べられなかった。先に食べた人に聞いたら、アブラゼミのチョコレートコーティングは「アーモンドチョコみたいな味」と言われた。

アブラゼミとイモムシのチョコレートコーティングをのせたクリスマスケーキ(筆者撮影)
アブラゼミとイモムシのチョコレートコーティングをのせたクリスマスケーキ(筆者撮影)

昆虫料理教室の会場となったのが、東京・高田馬場の米とサーカス。普段からジビエなど様々な食材を取り入れており、最近は食用昆虫の自動販売機での販売も始めた。

筆者が2回目に参加した昆虫料理教室も内山先生の主宰だった。2019年の夏で、テーマはセミ。セミの種類によって味が違うことを教えていただいた。

内山先生は、これまで試食会を通して昆虫食の普及啓発を行ってこられたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の件が発生したため、COVID-19との共生の新たな形態を模索中とのこと。

株式会社昆虫食のentomo(エントモ)松井崇さん「肉や魚と並んで昆虫食が食卓に出される日も遠くない」

北米産の昆虫食を輸入している株式会社昆虫食のentomo(エントモ)の代表、松井崇(たかし)さんは、今回の無印良品のコオロギせんべい発売について、「昆虫食に時代が追いついた!?昆虫食が肉や魚と並んで食卓に出される日もそう遠くないかもしれません」と語る。

北米の昆虫食の製品(株式会社昆虫食のentomo提供)
北米の昆虫食の製品(株式会社昆虫食のentomo提供)

松井さんは、ご自身が体調を壊したことから様々な健康法を試し、昆虫食にたどりつき、広く普及させたいという目的で起業された。

北米産の昆虫食の製品(株式会社昆虫食のentomo提供)
北米産の昆虫食の製品(株式会社昆虫食のentomo提供)

筆者はこれまで渋谷教育学園幕張中学高等学校で5回ほど、講演をする機会を頂いた。その際、世界で昆虫食を推奨する動きがあることを説明したところ、ある男子生徒から「昆虫食の中で、今一番お勧めの昆虫や、栄養価の最も高い昆虫はどれですか?」と質問を受けたことがある。松井さんにこの質問を投げたところ、次のように詳しく教えてくださった。

現在、大量養殖の技術が確立されている昆虫は、コオロギやミールワーム、カイコなど、種類が限られています。

国連が昆虫食を推進して以降、欧米では昆虫食企業が多数、出てきました。これらの昆虫食起業は、主に、コオロギとミールワームを使っています。理由は、コオロギとミールワームは大量養殖が可能で、乾燥飼料で育つので、餌の供給が簡単で、かつ生産効率がいいからです。

持続可能性という観点で一番お勧めなのは、コオロギとミールワームです。

出典:松井崇さんの回答

参考:

ミールワームとは

なぜ日本では昆虫食が普及しないのだろう?松井さんは、公式サイトのQ&Aページで

昆虫食文化は農薬の普及などで衰退し、「ゲテモノ」になりましたが、今後、昆虫食文化が復活して、食材の選択肢に昆虫が加わることで、食文化はより豊かになっていくでしょう。

出典:株式会社昆虫食のentomo公式サイト「Q&A」

と話している。オランダ・ワーゲニンゲン大学の公式サイトには「もう昆虫を食べたのはどんな人?あなたはチャレンジしますか?」というタイトルで、「新しいことにチャレンジするのを恐れない人」「ほとんどが男性」「ほとんどが若い人」「高学歴の人」などと書いてある。確かに、昆虫を食べることは「チャレンジ」という表現になるだろう。

オランダ・ワーゲニンゲン大学公式サイトにある「もう昆虫食を食べたのはどんな人?あなたはチャレンジしますか?」
オランダ・ワーゲニンゲン大学公式サイトにある「もう昆虫食を食べたのはどんな人?あなたはチャレンジしますか?」

松井さんは、今、アフリカのイモムシを使った、昆虫食レトルトカレーの開発中で、この夏に販売予定とのこと。

カナダの昆虫食企業ENTOMO FARMSの工場の外観(株式会社昆虫食のentomo提供)
カナダの昆虫食企業ENTOMO FARMSの工場の外観(株式会社昆虫食のentomo提供)

日本でも昆虫食の自動販売機やコオロギラーメンが登場

日本では、昆虫食が浸透するレベルまでは到達していないかもしれないが、東京や熊本では食用昆虫の自動販売機が登場し、注目されている。また、コオロギラーメンは、だしが美味しいと、ひそかに評判だ。

筆者も出演する、2020年8月公開予定の食品ロスの映画『もったいないキッチン』には、コオロギラーメンが登場する。

仏ジャック・アタリ氏は昆虫食のメリット・デメリット双方を著書で考察

フランスの経済学者で思想家のジャック・アタリ氏は、新著『食の歴史 人類はこれまで何を食べてきたのか』(プレジデント社)で、昆虫食のメリット・デメリット双方について語っている。

FAOレポートにもある通り、優れた点は、動物よりも捕獲と飼育が容易で、必要とする水や飼料の量が少なくて済むこと。たとえば同じタンパク質量で比較した場合、コオロギが必要とする飼料は、牛の6分の1、羊の4分の1、豚や鶏の2分の1で済む。

アタリ氏は、欧州での昆虫由来のタンパク質生産量は、2018年の2,000トンから2025年には120万トンに急増するとの、国際プラットフォーム(IPIFF)の予測に触れ、

昆虫食の世界市場の拡大が予想されるため、食品業界の昆虫に対する関心は高まっている。この新たな商機をつかむため、すでに多くの企業が行動を起こしている。

出典:ジャック・アタリ著『食の歴史 人類はこれまで何を食べてきたのか』(プレジデント社)

と述べている。一方、アタリ氏は、昆虫食の拡大を疑問視する、次の3つの理由にも言及する。

1、アレルギー誘引の可能性

2、公衆衛生上、深刻な事態を引き起こすリスク

3、過剰捕獲により昆虫が絶滅する恐れ

世界的パンデミックの可能性について、2013年のFAOレポートに記述あり

アタリ氏が指摘するこのようなデメリットは、FAOレポートでも言及されている。

FAOレポートの65ページ「Risk of zoonotic Infections」には、当時、既出のコロナウイルスに関する記述もある。たとえば「近年、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS)やインフルエンザAウイルス(H5N1、H7N7)の出現により、パンデミックの可能性が世界的に懸念されている」という趣旨のことや、

In recent years, the emergence of severe acute respiratory syndrome coronavirus (known as SARS) and influenza A viruses (H5N1 and H7N7) has caused global concern about the potential for pandemics.

出典:2013年FAOレポート p55

「食用および飼料用の昆虫は、それらが人に病気を媒介するリスクを判断するのに十分な試験が行われていない」という記述もある。

Insects for food and feed have not been tested sufficiently to determine the risk that they will transmit diseases to humans.

出典:2013年FAOレポート p55

これは2013年当時のレポートだが、現時点でオランダ・ワーゲニンゲン大学の公式サイトを見ると、

鶏肉や豚肉と同様に、昆虫の「肉」は食の安全に危険をもたらす可能性がある。

As with chicken and pork, insect ‘meat’ could pose a danger to food safety.

(中略)

これら(アレルギー)の事例は、食品中に使用される昆虫の危険性を発見するためには、より多くの研究が必要だと明確に示している。

These examples clearly show that more research is needed to discover any dangers from using insects in food.

出典:ワーゲニンゲン大学 公式サイト Insects as food and feed

ということが書かれている。

環境負荷の少ない昆虫食の今後

環境負荷が少なく、食料危機を救うと期待が高まる昆虫食。本日5月20日にネット先行で発売される無印良品のコオロギせんべいが、日本でさらに昆虫食への関心や普及に貢献できるか、楽しみだ。

参考情報:

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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