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北海道支援で未使用の液体ミルク、東日本大震災でも使われず 2016年熊本や2018年岡山・愛媛で活用

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
2011年東日本大震災の後、支援物資倉庫に置かれていた液体ミルク(筆者撮影)

2018年9月23日付の北海道新聞が、被災地支援の液体ミルク使われず 東京都が千本提供 道、各町に「利用控えて」と報じている。

2016年熊本地震で使われた液体ミルクが「国内で使用例がない」とされた

震度7の地震の後、北海道からの要請を受けて東京都が支援物資として送った液体ミルクが使われていなかったという。記事によれば、北海道が、各町に対し、国内で使われた事例がないとして使わないよう指示したとのこと。

道から「国内で使用例がない」などとする連絡を受けた各町が使用を止めた。しかし、実際には2016年の熊本地震で使われている。開栓してすぐ飲める液体ミルクは利便性が高いが、住民に周知されることなく備蓄に回った格好だ。

出典:2018年9月23日付 北海道新聞

このミルクは東京都が一方的に送ったものではなく、北海道の要請を受けて送ったものだ。

東京都によると、道の要請を受け、災害備蓄用のフィンランド製液体ミルクに1本ずつ日本語の説明文を添え、9日に発送した。道は11日に胆振管内厚真、安平、むかわ、日高管内日高、平取の各町に配った。

出典:北海道新聞 2018年9月23日付記事

受け取った北海道は、「液体ミルクは国内で使用例がない」として使用を控えるよう、町に連絡した、と、北海道新聞が報じている。

道によると、道災害対策本部などの職員が11日ごろ、胆振、日高両総合振興局や道立保健所に対し、「液体ミルクは国内で使用例がない」「取り扱いが難しい」として使用を控えるよう各町の担当者や保健師に知らせることを求めた。

 各町とも住民に周知せずに保管。ただ、厚真町は1本だけ「『(粉ミルクを溶く)水を確保できない』という親に渡した」(町民福祉課)。ある町の担当者は「(道の連絡で)とても住民に提供できる物ではないと思った」と話す。

 道保健福祉部地域医療課は「(都からの液体ミルクの提供後)相談した医師から『国内での使用例はない』と聞き、各町に伝えた。液体ミルクは『水すら使えず、粉ミルクを作れない時のために保管してほしい』との趣旨で知らせた」としている。

出典:2018年9月23日付 北海道新聞

2011年の東日本大震災、石巻では支援物資の液体ミルクが使われていなかった

2011年4月から、筆者は、主に宮城県石巻市へ支援物資を届ける活動を何度かしてきた。移動手段はトラック。東京都のフードバンクであるセカンドハーベスト・ジャパンのトラックに乗せてもらって往復していた。その支援活動の中で会社を辞める決意をし、2011年7月29日に最終出社を終えた。

そのあと、すぐまたトラックに乗って行ったのが石巻だ。震災直後は石巻専修大学や石巻運動公園が支援物資の保管場所になっていたが、2011年8月には、市内の青果市場の跡地に移動していた。

2011年8月4日、宮城県石巻市の支援物資置き場(筆者撮影)
2011年8月4日、宮城県石巻市の支援物資置き場(筆者撮影)

この倉庫は大変広く、管理は大手宅配会社に任されていた。その倉庫の裏手に、使われずに置いてある液体ミルクがあった。

石巻の支援物資倉庫、裏手に置いてあった液体ミルク(筆者撮影)
石巻の支援物資倉庫、裏手に置いてあった液体ミルク(筆者撮影)

アメリカではよく使われているSimilac(シミラック)というブランドのもので、乳糖不耐症の乳児にも使うことができる、栄養価の高い液体ミルクだ。乳糖不耐症は、乳糖を分解する酵素の活性が低く、通常のミルクを飲むと腹痛や下痢を起こしてしまう。そのような症状を持つ人にも飲むことができる、乳糖不耐症用のミルクは、国内でも発売されている。

日本語の追記表示はなく、裏面の表示も英語のみだった。置いてあったのはこの1本だけ。おそらく現地の人は、容器の形状から「洗剤かな?」と思ったかもしれない。国をまたいでの支援は難しいと、当時は思った。

需要と供給のズレ

災害時には発生しがちだが、この倉庫でも、需要と供給のズレが起こっていた。たとえば、同じ企業からシャンプーとコンディショナー(リンス)が同じケース数届いたが、倉庫からはけて使われていくのはシャンプーだけで、コンディショナーのケースが大量に積まれていた。

ブルーシートもたくさん余っていた。

2011年8月、倉庫で余っていたブルーシート(筆者撮影)
2011年8月、倉庫で余っていたブルーシート(筆者撮影)

スコップなどの用具もたくさんあった。

2011年8月、倉庫で余っていたスコップなどの用具(筆者撮影)
2011年8月、倉庫で余っていたスコップなどの用具(筆者撮影)

韓国からも支援食料は届いていた。その中で、とても辛いカップラーメンは、被災地の人の口には合わなかったらしく、後日、「余っているが使わないか?」とフードバンクへ連絡があった。善意の寄付だが、100%役立てるのは、なかなか難しい。

韓国からの支援物資(筆者撮影)
韓国からの支援物資(筆者撮影)

中国か台湾からだろうか、うなぎ(の缶詰か何か)がたくさん積まれていた。

支援物資のうなぎ(筆者撮影)
支援物資のうなぎ(筆者撮影)

2016年の熊本だけでなく、2018年7月の西日本豪雨で、岡山県や愛媛県で液体ミルクは活用されている

北海道新聞の記事では、液体ミルクが支援物資として使われた事例として2016年の熊本県が挙げられていたが、支援物資として使われたのは熊本だけではない。2018年7月に発生した西日本豪雨では、7月に岡山県、8月に愛媛県に配布され、喜ばれている。

7月25日、西日本豪雨で被災した岡山県倉敷市にトラックが到着した。荷室から降ろされたのは紙パックの液体ミルク2100個。フィンランド製で1パック200ミリ・リットル入りだ。東京都が「支援物資として送りたい」と考え、大手小売りのイオンに頼んで輸入した。

 「母乳が出にくい母親にとって、液体ミルクはありがたい」

受け取った倉敷市の担当者は、顔をほころばせた。市は豪雨被害の大きかった同市真備町をはじめ、被災者からの要望に応じて配布する。市内の保育園などには先行して配った。

都はこの支援に先立つ6月12日、イオンと災害時の液体ミルク調達に関する協定を結んでいた。都内で大地震が発生し、授乳に困る母親が出ることを念頭に置いたものだったが、「液体ミルクを西日本豪雨の被災地に送れば役立つはず」と都職員らが機転を利かせた。

8月6日には、復旧作業が続く愛媛県にも540個を届けた。

出典:2018年8月28日付 読売新聞東京版朝刊

液体ミルクの国内製造・販売は2018年8月8日に解禁

乳児用液体ミルクは、2018年8月8日、国内での製造や販売が解禁となったばかり。

この動きに貢献した組織の一つが乳児用液体ミルクプロジェクト(一般社団法人 液体ミルク研究会)だ。実は東日本大震災では、液体ミルクが普及しているフィンランド在住の日本人女性らが計1万4000個の液体ミルクを被災地に送り、喜ばれた。それがきっかけで、2015年12月に横浜市の主婦らが呼びかけたことが「乳児用液体ミルク研究会」創設に至ったという。2014年から始めていたインターネット署名は、40,000人以上を集めた。

販売解禁を待ちわびていた消費者は少なくない。

 一般社団法人「乳児用液体ミルク研究会」は、2014年から4万を超える署名をインターネット上で集めた。「夜泣きのつらさが軽減される」などと様々な期待が寄せられている。代表理事の末永恵理さん(39)は「日本で安定的に供給できるようにしてもらいたい」と話す。

江崎グリコが保護者1000人に行ったアンケート調査では、液体ミルクを「使ってみたい」と答えた人が51.8%に上った。

出典:2018年8月28日付 読売新聞東京版朝刊

一般に普及している乳児用ミルクの多くは粉末なので、沸かしたお湯で溶かさなければならない。停電時やガス・水道が止まっている時には溶かすことができない。一方、液体ミルクであれば常温保存が可能だ。

液体ミルクには課題も

一方、液体ミルクは、メリットばかりではない。課題もある。賞味期限が短いこと、開封してから使い切らないと雑菌が繁殖することだ。

日本乳業協会が厚労省に提出した試験データでは、液体ミルクの賞味期限を6か月~1年と想定しており、粉ミルクの約1年半より短い。同協会は「大量に廃棄することがないよう、在庫管理を適正に行っていきたい」とする。

液体ミルクは開封後、使い切らないと、雑菌が繁殖する懸念がある。適切な使用法について注意喚起することも大切だ。

 販売には厚労相の承認のほか、消費者庁から乳児の発育に適した「特別用途食品」の許可を得るなど、厳しい審査をクリアしなければならない。一方で、新商品の製造には設備投資が必要だ。各メーカーは、需要量を推測しながら、手探りで製造量を決めていくことになる。

出典:2018年8月28日付 読売新聞東京版

液体ミルクの解禁に至る主な経緯(2018年8月28日付 読売新聞東京版朝刊より引用)
液体ミルクの解禁に至る主な経緯(2018年8月28日付 読売新聞東京版朝刊より引用)

今回の北海道の対応をもとに我々が考えるべきこと

2018年9月24日付の北海道新聞は、道の災害対応に課題 知事登庁、地震発生3時間後という記事で、災害直後の対応に課題があったとしている。

2018年9月23日付のハフィントンポストは液体ミルク1050本、北海道地震の被災地で使われず。道庁の自粛要請を受けてと報じた。前述の乳児用液体ミルクプロジェクトが公式フェイスブックページで残念であると表明したことに触れている。

【液体ミルク】災害時活用にハードル

都から道へ提供された液体ミルク、残念ながら結局活用が難しかった模様です。

当プロジェクトも記事内でコメントしていますが、情報も人手も不足する中で、液体ミルクについては責任を持って安全性を確認する余裕が無かったということかと思います。

結果的にニーズが高いかたへの配布につながらず大変残念ですが、幸い現場では問題なく粉ミルクを作れる状況があったと聞いています。(水を確保できないというかたの件は気になりますが…)

これを機に、配布に先だっての液体ミルクの安全性に関する情報提供や、災害時の配布基準、オペレーションの指揮系統などについても整備が進むよう、当プロジェクトも働きかけを続けていきたいと思います。

出典:液体ミルクプロジェクト 公式フェイスブックページ

災害は、いつどこで起こるかわからない。液体ミルクは、今後の普及に向けてスタートラインについたばかりである。北海道の職員の方だけでなく、我々も、液体ミルクのメリット・デメリットについてきちんと理解しているとはいえない。消費者も、企業・行政らと共に学び、今後に備える必要がある。

追記:「東日本大震災時にフィンランド在住の日本人から寄付があった」という指摘を受け、文章中に追記しました(2018年9月24日14時57分)。

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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