Yahoo!ニュース

先発の投球術と、リリーフの精神の融合。メッツ・松坂大輔投手が辿り着いた新境地。

一村順子フリーランス・スポーツライター
メジャー8年目の松坂は、リリーフ経験を肥やしに更に投手としての幅を広げている。

松坂には、やっぱり、真っさらなマウンドが似合う

5月25日、本拠地シティーフィールドの真っさらなマウンドに松坂が立った。先頭打者を3球三振に仕留めて、初回を三者凡退の上々の立ち上がり。六回を投げて球数が98球に達した松坂に、その裏代打が出されて“お役御免”。その代打テハダが勝ち越し打を放って、勝利投手の権利をゲットすると、チームは更に追加点を加えて4−2。松坂は6回2失点のクオリティースタート。3被安打、6奪三振の好内容で13日に続く今季2勝目、先発としては昨年9月以来242日ぶりの勝利を挙げた。

「とにかく長い回を投げることを考えてマウンドに立った。今日の方が嬉しいですね。しっかりゲームをつくって結果的に勝ちに繋がったので」

前回13日にリリーフとして今季初勝利を挙げた際に、「思ったより嬉しくはなかった」と、微妙な心境を明かした自他共に認める“典型的先発型投手”は、この日の勝利に特別な思いを噛み締めた。2日前の試合が降雨ノーゲームとなったため、巡ってきた暫定先発の役割。中継ぎ登板での14試合の球数は最高で56球。「どうなるか、投げてみなきゃ分からない」と腹を括って投げた98球は、長年の経験に培われた先発投手としての投球術と、今季からブルペンに定着して学んだリリーフの精神が融合したパフォーマンスとなった。

リリーフの精神と先発の投球術の”ダブル搭載”で辿り着いた新境地

「意識としては、リリーフの気持ちでマウンドに上がった。1イニングをしっかり抑えて行こうと。その積み重ねで長く投げられればいいという気持ちの持ち方ですかね。リリーフの経験が生きました」

先を見るのではなく、1回を投げ切る。目前の打者を抑える。リリーフで培った“至近距離的なメンタル”が、結果的に6回を投げ切ることに繋がったというから、面白い。

更には、ダブルヘダーという不規則な日程での中での登板にも、リリーフの経験が役立った。この日は観客を入れ替えず、第2試合開始は、第1試合終了後、30分後(実際には31分後だった)と決まっていた。第1試合終了から18分後、コリンズ監督の会見が終わって記者席に戻ると松坂は慌ただしく、キャッチボールを終えて、ブルペンに早足で向かう所だった。7分程で肩をつくり、試合時間3分前にマウンドで投球練習を始めた。レッドソックス時代は、球場入りの時間から念入りに逆算し、試合前50分前からダッシュ、キャッチボールと段階を経て試合前調整に神経を使っていた右腕が、である。「何事も急かされるのが大嫌い」(松坂)と言う右腕が、である。

「ブルペンで早くつくらなきゃいけない状況が何度もあったので、大丈夫だったんじゃないですかね。色々経験してますから。こういうイレギュラーなことがおきても引きずらないというか、すぐ切り替えられるという感じはしますね」

一方で先発としての投球術に関しては、メジャー124試合、西武で190試合、更にプレーオフや、WBCや五輪の国際舞台で百戦錬磨の経験を積んだベテランだ。「2巡目、3巡目と廻ってくることを考えて投げていました。それはリリーフでは必要ないこと。先発だから出来る投げ方でしょうかね。大胆にも投げられる。先発では、1点もあげたくない、という気持ちはないですね」と心得たものだった。

例えば、二回。フェンスに跳ね返った打球が無人の外野に転がった間に三塁を陥れられた不運な当たりで1点を失い、更に無死三塁の場面。「1点は仕方ない。回も浅かったので、1点を難しく守りに行くのではなく、簡単に打ってもらってアウトが取れればいいと思っていた」。思惑通りツーシームでゴロを打たせた。2点目を失ったが、冷静だった。例えば、六回。四球と死球で二死一二塁とされるが、「もう1度ギアを上げて抑えに行きました」。リリーフとは違い、打者や状況に応じてギアを上げ下げしながら戦う先発の投球術で乗り切った。

思えば、立ち上がりから四球を連発しながら突如、調子を取り戻す松坂。走者を出してもふてぶてしく土俵際で踏み留まる松坂。格下の下位打線に、手痛い一打を浴びて舌打ちする松坂。ピンチを脱し、打者を一瞥することもなく「やったった」と言わんばかりの表情でマウンドを降りる松坂。多くの野球ファンの心を捉えて魅了してきた怪物の姿がそこにあった。試合展開をみながらの状況判断や、投げていく中での修正、再修正の作業、打席を重ねる中での打者との駆け引き…、先発の醍醐味を満喫した私は、「やっぱり、何か、いいですよねぇ、松坂は」という旧知のベテラン記者のつぶやきに激しく同意した。

「先発は楽」の背景にある松坂の美学

「先発は楽だな、と思いました」。リリーフの難しさを日々感じている松坂の口からポロリとこぼれた言葉だ。それは、経験があるから、楽に思えるものなのかと訊ねると、松坂は「ピンチを招いてリリーフに任せるのが嫌なんです」と答えた。「リリーフを信用していない訳じゃないですよ。信用しているとか、信用していないとかじゃないし、チームとして替えた方が抑えられると思って替える訳ですけど」と、言葉を補いつつ、究極、先発は責任を自分で負えるから精神的に楽なのだと説明した。

「リリーフだと勝っていれば、先発の勝ちを意識しますし、他のリリーフが走者を出した後に投げれば、返したくないと思いますし、余計に疲れますね」

人一倍責任感が強い松坂らしいコメントだった。

さて。報道でも明らかなように、今回の先発は、あくまで暫定的なもの。コリンズ監督は松坂の投球を絶賛したものの、先発転向の可能性については「現時点では多分、ノーだ」と言った。松坂もその辺の事情は分かっており、「3日後にはブルペンに居ると思いますよ」と語った。次回先発はいつだろう。メッツで再びそのチャンスが巡ってくるか。トレードで先発が必要な球団に移籍する日が来るのだろうか。その日はいつか分からない。だが、大事なことはメジャーで投げ続けること。リリーフで、谷間の先発で、結果を出し続けることだ。メジャー8年目の松坂は1試合も1球も無駄ではない日々を邁進している。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

一村順子の最近の記事