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選手の権利が尊重され、私情を挟まないメジャーの交渉。開幕6週間を経て古巣残留を決めたドルーの場合。

一村順子フリーランス・スポーツライター
シーズンはまだこれから。ドルー復帰で巻き返しを狙うレ軍本拠地フェンウェイパーク。

6週間の”浪人生活”を経てVメンバーが古巣残留に合意

週末のタイガース戦で3タテを食らって今季初の4連敗を喫したレッドソックスが、ついに、動いた。FAの身分のまま移籍先を決めず、事実上の“浪人生活”を送っていたステファン・ドルー(31)内野手と1年間の契約を結んだと、20日(日本時間21日)米メディアが一斉に報じた。

この日、本拠地フェンウェイパークでのブルージェイズ戦前に記者会見に応じたファレル監督は「契約のツメが残っていて、まだ正式発表じゃないが」と前置きしながらも、「正遊撃手が戻ってくれて本当に嬉しい。これでセンターラインの守備が強化されるだろう」と歓迎した。昨年は1度も4連敗することなかっただけに、就任2年目で最大の“試練”を迎えた今、昨年のワールドシリーズ優勝に貢献したドルーの復帰に安堵感を隠さなかった。

なぜ、契約締結が今になったのか。これまでの経緯を説明すると、世界一を達成したレ軍はドルーにクオリティーオファーである1410万ドル(約14億円)を提示したが、スコット・ボラス氏を代理人とするドルー側が拒否。FAとなって更に良い契約を模索していた。当時、ボラス代理人は「才能ある男は時計を持たない」と語り、“無期限”で待つ姿勢を打ち出した。持久戦に持ち込むのは、同代理人の常套手段とも言われる。キャンプが終了し、シーズンが開幕しても移籍先は決まらず、6週間が経過した今、古巣と再契約することになったもの。報道によると、ドルーは年俸1410万ドルのうち、“浪人期間中”の分は日割りで差し引かれ、約1000万ドル(10億円)を手にするという。

ファレル監督は「10日から12日間程、マイナーの試合で約25打席に入って調整し、試合勘を取り戻したら、合流だ」と語り、実際に戦列復帰するのは、来月になりそう。なお、今季遊撃を務めている新人ボガーツは、早速この日の試合前練習から三塁の守備に入っていた。

選手の権利はとことん尊重される

記者会見では「どうせなら、6週間前に契約して欲しかったか?」という質問も飛んだ。開幕からドルーの守備力を欠いた上に、右投手に苦戦しているレ軍は現在、ア・リーグ東地区4位。1日も早く決断してくれれば…という本音が出てもおかしくない。だが、指揮官は「過ぎ去った時間は戻らないし、振り返っても仕方ない。若い選手にチャンスを与えることも出来た。彼が応じられるタイミングが今だった、ということ」と恨み言は出なかった。

メジャーの取材をしていて、感覚の違いを感じるのはこういう時だ。FAは選手の権利であり、納得する形で行使すればいいという認識が浸透している。一旦断って、他がダメだったから戻ってくるというのもアリだ。そこに”誠意”や”義理”を問う感覚はない。トレードや移籍交渉はビジネスライクに行われ、私情は絡まない。日本であれば、「1日も早く」という論調で報じられたり、選手の方も「チームに迷惑をかけられない」というプレッシャーを感じたりするのではないだろうか。地元の番記者は言う。「ドルーが戻ってきたら、フェンウェイパークのファンはスタンディングオベーションで迎えるだろう。オーナーがドルーに幾ら支払おうが、知ったことではない。たとえ6週間遅れでも戻ってきて貢献してくれたら、皆、大喜びさ」。

行き先がない場合は別として、請われてプレーする場所がありながら、より良い条件を求めて“浪人”までする例は、メジャーでも珍しい。だが、レッドソックスに前例がない訳ではない。86年に24勝を挙げてワールドシリーズ進出に貢献したクレメンス投手は、年俸交渉で球団と対立。怒って春季キャンプ途中に立ち去る事態となった。開幕2日前に何とか合意に辿りついたが、その年の初登板は4月11日。また、最後の4割打者、テッドウィリアムスが兵役のためレ軍との契約を保留した例があり、クレメンスと同じく86年リーグ優勝の正捕手ジェドマンは、残留手続きの締め切りに遅れた罰則で5月までプレーできなかった。87年、クレメンスは18度の完投で20勝を挙げ、2度目のサイヤングを獲得したのとは対照的に、ジェドマンは夏場以降戦列を離れ、打率・205という結果になった。

ドルーの代理人であるスコットボラス氏の事務所は、フロリダ州のマイアミにメジャー顔負けの個人練習施設を持っており、顧客選手は自由に使うことが出来る。ドルーもそこで練習を続けてきた。余談だが、その管理を任されているのは、元中日でも活躍したオチョワ氏だ。きょう21日にはボストン入りし、フィジカルを経て正式発表となる運び。実戦から遠ざかっていたドルーが救世主となれるかどうか、注目したい。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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