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復帰元年の苦悩。右肘手術からメジャー復帰したレッドソックス松坂大輔投手の2012年。

一村順子フリーランス・スポーツライター

一進一退の今季

レッドソックスの松坂大輔投手にとって、昨年6月の右肘靭帯再建手術からの“復帰元年”は、思いのほか苦悩のシーズンとなった。

昨年のリハビリ期間中は可動域の復元も早く、キャッチボールから徐々に投球練習を再開させた過程も、トレーナー陣を驚かせる程、順調だった。通常、同手術は復帰まで14ヶ月から1年半を要すると言われるが、松坂は手術から丁度1年で復帰。だが、一旦メジャーのマウンドに戻ってから、試練と向き合うことになる。7月に右僧帽筋痛で故障者リスト入り。再び戦列復帰した8月27日のロイヤルズ戦でメジャー通算50勝目を挙げたものの、24日現在、1勝6敗、防御率7.68。今月は4試合中3試合で早期KO降板と、内容も良くなかった。

「今、悩んでいることは、投げられるからこそ感じるストレスなんでしょうけれど…。リハビリの時とは違う。楽ではないですね」

リハビリでは日々、可動域は広がり、キャッチボールの距離は伸び、球数も増えた。制限は常にあったにせよ、昨日より明日、明日より明後日と一歩ずつ前進している実感があったはずだ。だが、今は一進一退が続いている。9月2日のアスレチックス戦は4回途中降板6失点、8日のブルージェイズ戦は2回途中降板5失点。「自分の中に何も残らない試合だった」と唇をかんだ。松坂にしてみれば、6月のナショナルズ戦、マーリンズ戦、8月のロイヤルズ戦など、投げているボールに確かな手応えを感じる試合があるだけに、余計に、悪い時とのギャップにストレスを溜めることになる。

「いい状態を持続させようとするけど、難しい。日々、体の反応が違うと感じるので。僕としては、今年は絶好調であって欲しいとは思わない。とにかく投げる時に普通であって欲しいんですけど」

松坂が何度となく口にしたのは、肘の状態が日によって違うということだ。天候や気温も影響を与える一因で、だるかったり、重かったり、感覚が違う。かと思えば、予想以上に腕が振れることもある。当日の状態を把握するため、早めに球場入りして一度、キャッチボールを行ってから、試合の準備をする調整法を取り入れたこともある。肘の状態が一定しないから、フォームが安定せず、結果としてパフォーマンスにバラつきがでるという悪循環が続いている。

未だに、体に残る痛みの記憶

「これかな、と思えるいい形が変わらないで、しっかり自分の中に残って欲しいんですけど。分からないですね。自分でも気付かないうちに、自然と肘が痛かった頃の投げ方に戻ってしまう。やっぱり、どこか、体の中に怖さが残っているんでしょうね。体が無意識に庇う状態をまたつくってしまう。だから、“もう大丈夫なんだよ”と、体に言い聞かせながら投げていく必要がある」

この言葉を聞いた時は、ドキッとした。この数年間、松坂はよっぽどの痛みを抱えて投げ続けてきたんだな、ということを、改めて思い知ったからだ。昨年6月にヨーカム医師の執刀によって右肘にメスを入れた松坂は、当初、靭帯の腫れ、損傷などとも考えていたが、実際に開けてみたら、もう靭帯はなかったんですよ、と語ったことがある。すっかり擦り切れて断絶していた靭帯。手術によって回復したはずなのに、体の奥に今も消えない程の、恐怖や痛みの記憶…。それを乗り越える過程が容易でないのは、ある意味、仕方がないのかもしれない。

希望を与えた田沢の存在

一方で、苦悩する松坂に、勇気を与えてきたのが、同じ靭帯再建手術を受けて2年目のシーズンとなる、同僚の田沢の存在だった。手術前の自己最速を更新した97マイル(156キロ)の直球を主体に、安定したコントロールで投げ込む田沢の姿を間近に見て、松坂は「純一の投げている姿に勇気づけられる」と胸の内を明かす。

「今、あれだけのボールが投げられているけれど、やっぱり、(田沢も)2年掛かっているから、そこは、やはり、我慢しなきゃいけないのだろうと。それだけ、時間はかかるものだとある程度、割り切ることも、今年は必要かもしれない」

松坂より1日前に同手術を受けたレ軍の中継ぎのヒル投手も、4月末にメジャー復帰したが、夏場は2ヶ月半の間、再びDL入りした。ナショナルズのストラスバーグ投手も手術から約1年で復帰したが、“復帰元年”は、球数が80球以下に制限され、事実上の“リハビリ登板”を継続した。 今季ヤンキース傘下の3Aスクラントンに所属した五十嵐亮太投手も「本当に感覚がしっくりくるのに、3年掛かった」と、松坂に打ち明けている。オリオールズのチェン投手も「僕の場合は中継ぎとして復帰したから、球数も少なくて済んだけれど、それでも、手術後2年くらいは、腫れたり、疲れが残ったりした。完全に治ったと思ったのは3年目」と振り返る。

同手術は件数の増加と比例して、成功率が上昇。リハビリも進化。復帰までの時間は短縮されているが、投げ始めてから、実際に“完全復活”するまでには、更に時間を要するようだ。逆に言えば、来年以降はきっとよくなるという公算がある。だからこそ、バレンタイン監督も、松坂を最後まで起用し続け、来季どれだけやれるかを見極めようとしている。「復帰元年」は試練のシーズンとなったが、来季こそ“真の復活”が期待されているし、松坂自身が、それを強く信じている。今月、アメリカで6度目の誕生日を迎えて、32歳になった右腕は、静かな口調で語った。

「今年は難しい1年だったけれど、いい人生の勉強になったと、前向きに捉えている。悪い1年だったとは思わないですね。来年も、いい勉強ができたな、と思える1年になればいい」

今年の苦悩がマウンドで報われる日は、必ず来年、やって来るー。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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