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地域全体で取組む義務教育・いじめ問題を解決する~地方公務員への提言30(その4)~

穂坂邦夫NPO法人地方自立政策研究所・財団法人日本自治創造学会理事長

・公立小中学校の先生は派遣社員

 小中学校における「いじめ問題」は古くて新しい課題として頻発しています。その中心は公立の小・中学校です。いじめは受けた子供はもちろんですが、いじめをした子供達にも一生、傷あとが残ります。双方にとってこんな辛いことはありません。このいじめは何としても無くすことが首長や教員関係者はもとより、市町村職員にとっても重要課題と言っても過言ではありません。

 地方自治体にとって小中学校の運営は行政の中心的役割であり、特に基礎的自治体(市町村)は都道府県と異なり、直接的な役割を担っています。義務教育を担当する教育委員会は首長から独立していますが、実態は異なります。予算編成の時期になりますと一般行政と同じように厳しく首長(市町村長)の査定を受けて、義務教育の運営や活動が決まります。さらに教育行政の責任者である教育長や教育委員は市町村長の指名と議会の承認によって決まります。さらに、教育を担当する一般職は教育長に実質的な人事権はありませんから、一般行政と切っても切れない関係にあります。職員はもとより財源と責任者の指名権は首長にある中で、教育委員会が独立しているのですから不思議な仕組みです。このため、いじめなどの不祥事が起きると教育長や校長が頭を下げてカメラの前で謝罪しますが、実質的な責任者である市町村長が出ることはありません。少しおかしく映りませんか。

 そのうえ唯一、市町村の教育委員会の権限下にあるに小中学校の教員は校長、教頭の役職者を含め都道府県の職員です。都道府県が採用し、市町村に派遣しているからです。市町村が主役の義務教育の中心的な役割を担う教員が言わば派遣職員です。教員の人件費は都道府県を通じて国が全額負担をしています。このようなややこしい仕組みが何のためにつくられているのでしょうか。

・教育の中立性という名のややこしい仕組み

 都道府県を含めて、義務教育の「政治的中立性」を守るために教育行政は首長から独立している仕組みとなっています。欧米では財源をはじめ、教育長、教職員は首長から完全に独立した制度で、日本だけがこの様な複雑で珍しい方式となっています。確かに義務教育は市町村長の権限下にあり、校長は現場の直接的な指揮官であるため、首長からの独立性を担保する様々な仕組みと言えますが、住民から見ると何ともややこしくて、PTAの役員さえよく解りません。

 当然のことですが、いじめ事件の事後処理は当事者である校長や担任が他の学校に異動して、何事もなかったかのように幕を引くことになります。

・いじめを解決する担当職員の知恵「多様な子供達に対応する地域住民の活用」

 この複雑な「教育行政」を担当する市町村職員は大変です。制度は国がつくるものであり、市町村の担当職員には何の権限もありません。しかし、現場で起こる〝いじめ〟は何としても防がなければなりません。市町村職員にとって、とてつもない重い責任がのしかかっています。

 複雑な仕組みから「いじめ」を防ぐ大きなキーワードは公立小中学校がもっている「地域」というバックボーンの活用です。学校区を構成する地域住民を小中学校における「いじめ防止」の監視人として活用することです。公立の小中学校は様々な家庭環境や個性を持つ子供達で構成されています。国際社会と同じように学校の構成やメンバーは「幅の広い多様性」につつまれていますから、そこには様々な個性が交差します。そのため、意見の相違が充満して「いじめ」の危険が生まれます。一方の私立は建学の方針があり、入試によって選別されるため、集団の特徴は学力や家庭環境を含めて「同一性」を持っていて、衝突が少なく、いじめも公立と比べて過少であると言われています。私見になりますが、多様性が求められる現在の社会では、同一的な社会で育つ子供達よりも、幅広い多様な子供達で構成される公立で成長することは児童・生徒の将来にとって有利であると言えるかも知れません。

・行政全体で取組む「地域とのつながりと住民の参加」

 前述したように、市町村の公務員は行政部局と教育部局の交流が頻繁にありますから、地域とのつながり方、地域を活用することはやりやすい環境にあります。行政部局は常に地域と深くつながっているからです。教育現場の先生はかつて「オラが先生」と呼ばれたこともありましたが、現在は都道府県からの「派遣職員」で県内を広く異動し、地域とのつながりが希薄です。行政部局は常に自治会や町内会、あるいは地域の団体との交流があることから、学校と地域を結びつける大きな力を持っています。

 しかし、学校と地域と住民を結びつけるためには情報の公開と住民参加という2つの課題を解決しなければなりません。第一点は行政部局と教育部局が一丸となって地域に呼びかけ、学校を開放し、情報を開示することです。情報の公開とは、地域に向かって「学校の課題や様々な行事」を開示することです。「いじめの危険性」があることも開示のひとつになります。第二点は地域住民の参加です。環境の整備や授業への参観、運動会や文化祭などの行事に保護者だけでなく一般住民にも積極的な参加をお願いすれば、学校内に住民の顔が見えるようになります。

 「子供と教師」という閉鎖的な関係に住民が入りますと、様々な情報が即住民に伝わります。校内では先生方の「かばい合い」が出るために情報がさえぎられ、逆に「児童・生徒」は教師や保護者に対して情報をシャットアウトする傾向があります。一般住民に対しては自分達のステークホルダーから除外していますので、気軽に情報を開示します。学校と地域住民のパイプがつながることによって、いじめを事前に察知することが有効に機能し、防止に大きな役割を果たすことになります。

 行政部局は首長の指示によって学校への参加を住民に呼びかけることです。一方では、情報の開示と住民参加の学校づくりを「教育長」が指示すれば「上意下達」意識の強い教育社会は、すぐさま呼応する性格を持っていますから容易に実現することができます。

 これからの公務員は他動人間から自動人間に変身し、自治体の様々な課題を解決するためには首長や教育長というトップにも働きかけ、解決の手段として活用することが必要です。

(次回「第三セクターで空き家を活用する」)

NPO法人地方自立政策研究所・財団法人日本自治創造学会理事長

埼玉大学経済短期大学部卒業。埼玉県職員、足立町(現志木市)職員を経て、志木市議会議員、議長、埼玉県議会議員、議長を歴任。2001年、志木市長に就任。2005年6月任期満了にともない退任。2005年7月、NPO法人地方自立政策研究所理事長。2010年4月より一般財団法人日本自治創造学会理事長に就任。著書に『教育委員会廃止論』(弘文堂)、『地方自立 自立へのシナリオ』〔監修〕(東洋経済新報社)、『自治体再生への挑戦~「健全化」への処方箋~』(ぎょうせい)、『シティマネージャー制度論~市町村長を廃止する~』(埼玉新聞社)、『Xノートを追え!中央集権システムを解体せよ』(朝日新聞出版)などがある。

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