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ついに戦争が始まった『ブギウギ』 昭和16年開戦のときに当時の日本国民がおもっていたこと

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:アフロ)

米英との開戦でみんな喜ぶ

朝ドラ『ブギウギ』は米英との戦争に入った。

いわゆる“太平洋戦争”の始まりである。

(太平洋の戦争という呼称は、ずいぶん範囲が狭いなといまさらながらおもう)

下宿の大家さん夫妻も、スズ子の楽団員たちも、みな、高揚していた。

米英と開戦したので、みんな、興奮して喜んでいる。

朝ドラでのこういう描写に、感銘をうけた。

「明るい開戦の日」を描く凄み

『ブギウギ』がすばらしいとおもうのは、この昭和16年(1941)12月8日、日本国民がとても興奮した、という事実をきちんととらえてるところだ。

つまり「明るい開戦の日」を描いている。

『カムカムエヴリバディ』の開戦の日は暗かった

たとえば4作前の『カムカムエヴリバディ』第10話での同じシーンは、ヒロイン安子(上白石萌音)を初めとして、出演者は全員、沈痛なおももちでラジオを見つめ、黙って臨時ニュースを聞いていた。

誰も声を発していないが、空気は一挙に暗くなったという雰囲気が出ていた。

それが朝ドラのふつうである。

登場人物たちは、これは大変なことになった、と重苦しい雰囲気になるのがいつもの朝ドラであった。

でもそれは結果を知る人の態度であって、朝ドラを受けて気楽に喋る博多大吉が、ドラマはいやな時代に入りましたと、しごくお気楽にコメントしてるのと変わらない。

昭和16年当時の日本人のリアルとはほど遠い。

昭和16年のインテリの記録

当時のリアルな記録はいろいろ残っている。

戦後になって、その記憶を変えたものではなく、昭和16年当時の正直な記録である。

日記類などに残っている。

まあだいたい知識人階層のものであるが、そういうインテリな人たちでも、この米英に宣戦布告したことで、とても晴れやかな気分になった、と書かれているものが多い。

インテリでさえそうなのだから、ふつうの人たちはもっと沸きあがっていたのだろう。

これから先どうなるのか、ということではなく、とにかくこの決断は勇ましいし、高揚した、という興奮である。

強敵と立ち向かう決意に国民が共鳴

残された記録からわかる気分というのは、たとえばこういうものである。

中国相手に弱い者いじめをしているような戦闘が続いていたが、米英と戦うと宣言したことによって、これで世界の強敵と立ち向かうことになり、その態度がとても誇らしい、というような内容であった。

弱いものいじめをしているようで、という記述が強く印象に残っている。

戦争ではなく事変と呼称された

昭和12年(1937)7月から中国(国民党政府)との戦闘が始まり、やがて「実質上の」戦争となるのだが、政府は「事変」という呼称を変えなかった。(最初は北支事変で、やがて支那事変)

おそらく初期段階では、短期間のうちに圧倒して勝つつもりで、そのまま事変呼称でいけるだろうという目論見もあったのかもしれない。

7月に始まった戦闘は、5カ月後の12月に首都南京を陥落させる。

半年たらずで首都陥落させたのだから、早晩この戦争も終わるだろうとおもっていたのだろうが、そうはならなかった。中国は戦い続ける。

それは相手が広大な統一国家ではなかったということでもある。

大雑把にいえば、日本軍は海岸線を抑えて勝ちに持ち込もうとしたが、大陸の国は内部が深いのでそれだけでは決着がつかない、という展開となる。

大国相手に正々堂々としている姿勢が沸き立った

そういうぐずぐずの状態が5年以上もつづき、どっちつかずの気分だった国民は、かの大国であるアメリカとイギリス相手に、堂々と正面からぶつかるぞと宣言したところに「胸がすっとした」のである。

国民は沸き立った。

しかも、緒戦で米領ハワイと英領マレーで、日本軍は大きく勝利をおさめたので、米英を圧倒して、それは気分がいい。

「強敵に」「正々堂々」というところで感銘を受けたのだ。緒戦に勝てば、自分たちは正しいという気分にもなれる。

強敵相手でも何が起こるかわからない

べつだん、これで勝てる、と予想していたわけではないだろう。

そんな簡単には勝てないだろうということもどこかでわかっていたはずだ。

でも、なにが起こるかわからない。

ワールドカップで、強敵・南アフリカやドイツやスペインとあたろうと、実際にやってみないと何が起こるかわからない。あのときの心情に近いようにおもう。

米英と開戦しても、強敵だが、もちろん日本軍も強いのだから、どうなるかわからない、うまくいくんじゃないの、という期待を込めて盛り上がっていたのだ。

うちは勝つよね、と他人に聞くのは、これは不安の裏返しでもある。

ヒロインが開戦でバンザイするのはきわめて珍しい

『ブギウギ』でヒロイン・スズ子は、沸き立つ街中で、自棄になりながらも、開戦に「バンザイ」を叫んでいた。

朝ドラは、ずっと主婦向けのドラマであった

昭和36年に始まったとき(開戦から20年、敗戦から16年しか経っていない)、あの戦争は避けなければいけなかった、という気持ちが基本にあって制作されていた。

朝ドラヒロインは戦争に反対するのがお決まり

だからヒロインが、戦争に反対の立場であることは必ず決まっていた。

みんなで我慢しましょうと呼びかける割烹着姿の婦人団体は、つねにヒロインの敵であった。

ヒロインは彼女らとは違う「立派な態度」を貫く。

明確に戦争に反対することもあれば、表面上は協力しても気持ちは戦争に反対、という態度がふつうだった。まあ、昭和時代の話ですけどね。

「立派な態度」というのは、もちろん戦後の考えから立派なだけであって、戦前戦中から見たら不遜きわまりない反社会的存在である。

でもヒロインは信じるところがあって、戦争には協力的な人たちとはいつも対立していた。

戦時体制に協力したのは『ごちそうさん』から

わたしの記憶で、ヒロインが戦時体制に協力する姿勢を見せたのは(のちに変わるのだがでもいっとき協力したのは)2013年『ごちそうさん』のめ以子(杏)だったとおもう。

そして昭和16年12月8日に、米英との開戦で沸き立って、そこでヒロインも「バンザイ!」と叫んだのは、この109作目『ブギウギ』が初めてだろう。

明るい開戦を描くドラマの見識の高さ

まあ、スズ子がバンザイを叫んだのは、弟の死を受けて、かなり自棄になってのバンザイだったのはわかる。

でもバンザイはバンザイである。

昭和だったら、ヒロインにあそこでバンザイをさせない。

今回のがとてもリアルな昭和16年の「明るい開戦」である。

戦前をかなり明るく描いていたことに加えて、このドラマの素晴らしさだろう。

見識の高いドラマだとおもう。

(昭和14年以前の明るさについては『ブギウギ』で描かれる「戦前」はなぜ明るかったのか』にて詳述)

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/7dd70cd58df5deac48466e482c8e090859ef5db1

笠置シヅ子の弟が死んだのは開戦前だったが

ちなみに笠置シヅ子の自伝によると、リアルな彼女の弟は八郎という名前で(ドラマでは六郎)「弟は太平洋戦争の勃発とともに仏印で散華してしまった」とある。

自伝にはそう書かれているが、『ブギの女王 笠置シヅ子』(砂古口早苗・著)によると、八郎の戦死は昭和16年12月6日で、真珠湾攻撃の2日前である。

フランス領インドシナ(仏印)への侵攻は太平洋戦争への大きな分岐点として知られているが、開戦準備のために仏印近くにいた笠置シヅ子の弟が戦死していたのかとおもうとちょっと感慨深い。

戦死公報が着いたのは開戦よりあとのはず

ただ12月6日にいまのベトナム沖の海戦で亡くなった人の公報が、翌日に遺族に届くことはない。

しかも戦死者の本拠地ではなく、出征時の住所でもなく、東京の姉の下宿先に届くのはかなり先である。ずいぶん先だったのではないか。

そこはドラマでは変更されていた。

開戦前に弟の戦死を知ったというのは、事実を踏まえたうまい変更である。

沈んだスズ子の前に、表面だけ明るい世間の動きが現れる。スズ子も苦しい気持ちながら、表面上は開戦に喜ばざるをえない。そこが描かれて印象深い。

『ブギウギ』戦争期が少し長引きそうな理由

『ブギウギ』はこの先しばらく戦争の重さがのしかかってくることになる。

ドラマの戦争期はさっと終わればいいな、とおもうのだが、たぶん、そうはいかない。

吉本興業の次男との運命的な出会い(自伝では昭和18年6月21日)があるので、そこのところで長引いてしまうとおもわれる。それはそれで、楽しみではある。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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