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関西人役者で固めた『ブギウギ』の完璧な大阪世界 綻びが出るならまさかの「あの人」からか

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:2020 TIFF/アフロ)

銭湯で展開する大阪らしい世界

朝ドラ『ブギウギ』は大阪の銭湯を舞台に始まった。

銭湯で過ごすヒロインの周辺はなかなか賑やかだ。

だいたい銭湯の番台まわりに近所の人が集まって、いつもわいわいがやがやしている。

「大阪らしさ」でいっぱいである。

六郎のカメはときどき疾走する

家族は、ヒロインの鈴子と、母ツヤに父梅吉、弟の六郎である。窯焚きのゴンベエさんも一緒に暮らしている。(のだとおもう)

弟の六郎は、いつもカメを持ち歩いていて、姉いわく「ちょっと、とろい子」だが、でも大人が気づいてないことを指摘することもあって、アホではない。

ちなみに彼のカメはときどきすごい早さで動くので、放送後に博多大吉がとても驚いたりする。

銭湯に集まる五人の常連

銭湯にほぼ毎日集まっている常連は五人。

いつも「あ、金落としてしもた」と言って、ただで銭湯に入りにくるのは通称「アホのおっちゃん」(岡部たかし)。

昭和のころは、こういう「アホのおっちゃん」という存在は、どこの町内にも1人は(ときに複数)いたものである。

八百屋のキヨさん(三谷昌登)は何度も見合いをしているが結婚できないおっちゃんで、見た目は四十代、ひたすら明るい。

熱々先生は牛乳もアツアツをすすめる

按摩のアサさん(楠見薫)は銭湯の待ち合い場所で按摩をしている。いかにも大阪のおばちゃんという存在である。

易者のおっちゃん(なだぎ武)は近所の路上で八卦見をやっているが、鈴子が通学途中に毎日、手相を見てもらっていた。

熱々先生(妹尾和夫)はお医者さんのようだが、銭湯にいりびたっている医者にどれぐらい患者がいるのだろうと心配である。(9話では鈴子を誤診しており、かなりヤブ医者の疑いが高い)

何でも「アツアツ」やないといかん、というのが口癖である。

少女の見ている風景

フルネームで紹介される人はおらず、キヨさん、アホのおっちゃん、熱々先生など、通称ないしはあだ名で、キャスト名表示もそのままである。

ヒロイン少女の心象風景をそのまま反映してるのだろう。

子供から見えている大人は、だいたいそういうものだからだ。

大阪の笠置シヅ子の物語を固める関西役者

メンバーは、ほぼ関西出身の役者で固めてある。

大阪代表の笠置シヅ子の物語なのだから、なかなか強烈に関西人で積み上げているのだ。

ヒロインの鈴子の少女時代を演じていたのは澤井梨丘ちゃん(いま12歳)でもちろんきっちり大阪出身である。

鈴子のお母ちゃん役の水川あさみも、ばりばりの大阪、茨木市出身。

窯焚きゴンベエさん宇野祥平は、大阪出身で、近いところだと『あなたがしてくれなくても』で、永山瑛太が働くカフェのオーナー役でいい味わいを出していた。

アホのおっちゃんとアサさんは和歌山出身

アホのおっちゃんの岡部たかしは、最近ほんとに、いろんなドラマで見かけるが、出身は和歌山である。

アサさんとキヨさんは、どちらも「10月始まりの朝ドラ(つまり大阪制作の朝ドラ)」のほぼ常連である。

アサの楠見薫は和歌山の出身。

この人は「女中頭」であることが多く、『おちょやん』(2020年)ではヒロインの働く岡安の女中頭、『わろてんか』(2017年)ではヒロインの結婚相手(松坂桃李)の育った家の女中頭、『あさが来た』(2015年)でもヒロインの結婚相手(玉木宏)の家の女中頭で、まあ、大阪の女中頭を演じたら彼女が日本一ではないだろうか。

キヨさんは朝ドラ大阪の常連

八百屋のキヨさん役の三谷昌登は京都出身で、朝ドラもようけ出てはって、『舞いあがれ!』では東大阪の工場の社長、『カムカムエヴリバディ』では京都の撮影所の助監督、などなどたくさん出てはります。

易者のなだぎ武は、いわずとしれた大阪の芸人、吉本の養成所(NSC大阪)では千原兄弟やらFUJIWARAと同期で、大阪の出身である。

熱々先生の妹尾和夫は、大阪の大正区の育ちらしく、ラジオやらで大阪ではかなり有名な人である。

梅丸少女歌劇団も関西の役者が支える

もちろんヒロインの所属する梅丸少女歌劇団(USK)の人たちも、関西の役者さんで固められている。

マムシの生き血をいつも飲んでる林部長を演じる橋本じゅんは兵庫の出身。

男役トップスター橘アオイを演じる翼和希は本物の「OSK日本歌劇団」の男役で、大阪の枚方市出身である。

社長役の升毅も中学以降は大阪住まい、芸能界デビューも大阪からで、つまりは大阪の人である。

大阪、和歌山、京都、兵庫の役者で支える

USKのメンバーも、同期の背の高いほう桜庭を演じるのは片山友希で(『なんうま』でETタッチをしていた子)彼女は京都の出身。

白川のほうは清水くるみになって、彼女は珍しく関西出身ではなく、愛知出身。

後輩として登場する伊原六花は、もと大阪の登美丘高校ダンス部のキャプテンとして有名で、大阪の狭山市出身、ピアノ伴奏者として出る森永悠希もまた大阪出身である。

そんでもって本上まなみも出るようで、彼女は水川あさみと同郷の大阪の茨木の出である。

大阪、和歌山、京都、兵庫と関西人役者でがっちり固めてある。なかなかすごい。

大阪人設定なのに関西出身ではないのは二人

メインメンバーで、大阪人設定なのに関西出身でないのは二人だ。

父役の柳葉敏郎(秋田出身)と、ヒロイン役の趣里(東京出身)である。

柳葉敏郎の父はいい。とてもいい。

このドラマの序盤で、彼が出てくるとほっこりした。

道楽者と言われているが、遊び人ではない。

お気楽でのんきそうだが、ひたすらやさしい。しかも深い。

人間的にはあまり考えずに行動することが多いのでその部分はとっても浅いのだが、人に対する心持ちと態度が深い。

「まあ、ええわ」で得心する梅吉の凄み

父梅吉の態度で、もっとも心打たれたのは、鈴子が生まれて大阪に戻ってきたとき。

ヒロイン出生の秘密にかかわるところでもある。

4話での回想シーン、香川の実家で出産したツヤが、子供を連れて大阪に戻ってくる。それを迎えた梅吉は、嬉しそうに近寄るが、なぜか赤ん坊が二人いるので驚く。

「えっ?……双子やったかいなあ……」

ツヤは即座に「ちゃうわ」と否定する。

梅吉は、赤子を見つめながら「なんで?」と少しだけ考え込むが、すぐ気を取り直して「まあええわ、一人も二人も一緒や」と子供を抱きかかえ「女の子かあ、ツヤちゃん似やなあ」とあやしはじめる。

ちょっとすごかった。

全人類の父親がそういう心持ちで生きられれば世の中もっと穏やかになるだろうなあと感心した。ふつう、そうはいかない。でも梅吉はすぐに得心していた。

ちょっとアホではあるけど、でもすごい。

いやはや、ああいう人に、ワタシハナリタイ。

無理やけど。

年経た達者な役者は言葉を操る

柳葉敏郎は、梅吉という大阪男の芯をつかんで、その人そのものになっているのだろう。

達者な役者はそれをこともなく(と見える)やってみせる。

年経た達者な役者は、どこの出身だろうと、母語がなんだろうと、演じる役の芯をつかんでしまって、そのあと、地方言葉もふつうに話すものなのだ。

見事である。

たたずまいに違和感がない。

たぶん、気のせいだとはおもうのだが

そして、ヒロインの趣里。

最初の2週は子役が演じるというのは、朝ドラのお決まりである。(例外はありますが)だから本格登場は3週目から。

趣里は第一話冒頭で少しだけ出ていた。

そのとき、ちょっとだけ、気になったところがある。

すこーし、ヒロインの大阪言葉に、ほんのすこし違和感を感じた。ような。気がしたのだ。

いや、たぶん気のせいだとおもう。

ただ一瞬、「かいらしわ」というところと「してくるわ」という発音が、ん? んんんん? となってしまった。

まあ一話冒頭のちょっとだけのシーンだし、だいたい気のせいだとはおもうのだけれど。

古いベタベタの大阪言葉は古語でもある

可能性として考えたのは、自分にとっての異言語であることを意識して、積極的に強く大阪言葉を操ろうとして、しかも古いベタベタ大阪言葉でいまはあまり使われてない古語でもあるので、そこになにかのトラップがあったのかも、と勝手に想像している。

非大阪人が大阪言葉を強く意識しすぎると

非大阪人が、大阪言葉としての強弱をつけようとして、特定の一音を強く言うと、強いがために少し伸びて、そのまま次の音に影響して、ほーんの少しズレるのかもしらん、とおもったのだ。想像にすぎませんが。

いや、まったく大阪言葉で関西ネイティブ同士で喋ってるときでも、いまの言い方ちょっと変やったなあ、ということも多々あるわけで、そんなものでしかないとおもうんだけど、ちょっと気になったのだが、杞憂だとおもう。

間違うてるわけではなくて、こっちの聞きようが悪いんや、という気がしている。

関西人で固めた完璧な「大阪の笠置シヅ子」布陣に、そんな穴があるはずもない。でももしかして万一ちょっとだけ……とよけいなことを考えてしまっている。まさかの主役が穴を作ったら、と要らん想像が進んでしまう。

ツヤさんに、関西人の東京不信もたいがいにしなはれや、と怒られそうである。

がんばれ。

いや、がんばらないほうがいいのか。

黙って見守ります。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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