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ドラマ『最高の教師』が示す「イジメられている者にとっての最後の武器」とは何か

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:アフロ)

『最高の教師』から目が離せない

松岡茉優主演のドラマ『最高の教師』から目が離せない。

一話ごとにきちんとエピソードのケリがついて、見やすく作られている。

(以下、ネタバレしています)

学園ドラマである。

松岡茉優が演じる高校教師は、卒業式の日、担任した生徒の誰かに、渡り廊下から(おそらく3階の高さから)突き落とされる。

無茶な設定と説得力あふれる展開

地面にたたきつけられる直前に、彼女は一年前の始業式の日にタイムスリップする。

前年の4月から人生をやり直すことになる。

同じことをやっていれば来年3月にはまた同じく校舎から突き落とされる。

必死で本気で生徒たちを変えようとする。

金八先生の時代とちがい、自分の意思で生徒を変えようとする教師は、令和の時代にはほぼ説得力を持たない。

そのためにこういうトリッキーな設定になったのだろう。

人生二周目で、この先クラスで何が起こるかを察知している教師が、「未来の記憶」を武器に生徒たちを変えていく。

設定は少々無茶ではあるが、ドラマ展開の説得力はハンパない。

「言いたいことをすべて言ったのか」

ドラマの基本には「あなたは言いたいことをすべて言ったのか」という問いかけがある。

教師の言葉をきっかけに、「鬱屈の溜まっている生徒」が、言いたいことをすべて言い切る姿を描いて、心に迫ってくる。

このドラマは、「言いたいことをちゃんと言うことがどれだけ大事なことか」を示してくれている。

言葉の爆発を見続ける

言いたいことをそのまま言うのは本当はむずかしいだろう。

だからこそ、ストレートに言うシーンは見ていて心地いい。

喧嘩を始める啖呵が耳に心地いいのと同じだ。

相手を黙らせるところがいい。

前半部分で我慢に我慢を重ねていた生徒が、教師に促され、すべてを話す。

言葉の爆発である。

リアルなイジメに対して、言葉の力で対抗しようとする。

それはどんな弱者だって、開き直れば使える武器である。

1話で見せた芦田愛菜の「8分間の痛切な言葉」

第1話に言いたいことを言ったのはウグモリさん(芦田愛菜)。

彼女は3年D組全員から標的とされて一人イジメられていた。

それに気づいた主人公教師は、生徒全員を教室に閉じ込め、イジメ現場を盗撮し盗聴していたことを明かし、生徒たちを制圧する。

まず相手を黙らせておいてから、弱い立場にいるウグモリさんに発言させる。

ドラマ41分から彼女の発言が始まる。

「はじめは、SNSで話題になったのが最初でした」から始まる苦しみの述懐は8分に及び、深く刺さってくる。

苦しさはおそらく中途半端にイジメに参加していた生徒たちの心にも滲みていく。

イジメは表面上はおさまる。

しかし、根本的な解決はしない。そのあたりはシビアに描かれている。

でも最悪の事態は脱している。

たぶんそこが大事なのだ。

毒親におもいっきり毒づく第2話

2話はアルバイト代をすべて母にさしだしているウリュウくん(山時聡真)のお話。

母はいわゆる毒親で、息子の金をすべて男に貢いで、幼い弟たちに食事も与えず、家賃も払っていない。

ウリュウくんは、アルバイト代を前借りして、この家にいられるようにしてくれと母に大金を渡して頼むが、まとまった金を手にすると母はまた男に貢ごうとする。

そこへ主人公教師が友人コウサカくんも連れて乗り込んできて、母と向かい合う。

ウリュウくんは自分のおもっていることをすべて母にぶちまける。

「許すわけねえだろ、あんたのしたこと全部を」から始まり「なんでおれの家族じゃなくて、知らねえ男に使うための金をおれが稼がなきゃいけねえんだよ」と啖呵を切る。

母は殊勝にも謝ってくるが、でも許さない。

このあたりはきちんとしている。

彼は言いたいことを最後まで言い切る。

見ているほうは、ただ、よく言ったと茫然と見とれるばかりである。

ここもまた、事態の根本はおそらく解決しておらず、でも好転していく可能性が示されていた。

言いたいことをすべて言うことは爽快でもある

大事なことは解決することではなく、まず、言いたいことをすべて言うことだ。

これがこのドラマから発せられる強いメッセージである。

言葉の力は強い。

それを訴えている。

3話では4人の生徒が言いたいことを言う

3話では、「いやいやながらイジメに加担していたクラスメイト4人」が出てきた。説得されて、それぞれ言葉で「イジメの中心にいた連中」と対立する。

優秀女生徒2人は、イジメには協力しない、友だちでもないあなたたちの言うことを聞く必要はないと言い切って、言葉の切れ味が抜群であった。

機械オタク男子2人は、イジメの大元の連中にそんなことしてっとクラスからハブるぞと脅され「ほんとうにクラスでハブってくれ。僕たちに何も関わらないでくれ、君たちに何の興味もないのだ」という逆手に取ったお願いに出た。

地味目な言葉であったが、相手を黙らせていた。

大人が見られる「学園ドラマ」

生徒の悩みを通して「言いたいことが言えない人たち」へメッセージを送りつづけているように見える。

つまり、大人が見られる「学園ドラマ」に仕立てられている。

我慢を重ねていた人たちが、後半に爆発して、逆襲する。

ちょっとした復讐の物語でもある。

我慢に我慢を重ねて、堪忍袋の緒が切れて、というパターンは、古く鶴田浩二・高倉健の任侠映画のようであり、また『水戸黄門』のようでもある。

受けるドラマのツボはおさえてある。

ただ、ヤクザ映画や、時代劇と違って、最後に使う弱者の武器は「ほんとうのことを言う」というものだ。

本心からの言葉であれば、この鋭さが聞く者に突き刺さる。

もっとも強い武器となる。

芦田愛菜や山時聡真ら本気の役者たち

本気で怒っている人たちの、静かな演技が見ものでもある。

主人公役の松岡茉優を始めとして、生徒役の芦田愛菜や、山時聡真(映画『君たちはどう生きるか』の主人公役)、當真あみらの言葉だからこそ、見ている者に深く刺さってくる。演技がたしかで、慄えつつ見守るしかない。

『最高の教師』は、最後まで目を離せないドラマになりそうである。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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