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現在唯一の「昼ドラマ」が八千草薫さんの遺作に “昼ドラ”はいつ減り始めたのか

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

八千草薫さんは、昼のドラマ『やすらぎの刻〜道』に出ていた。

もともと主演の予定だったらしいが、病気のためにそれも叶わず、前作『やすらぎの郷』の役柄をほわっと継いで、少しだけ出演していた。11月にも出演シーンがある模様だ。

倉本聰作品と八千草薫さん

『やすらぎの刻〜道』は昼の帯ドラマである。

月曜から金曜の昼12時30分から12時50分まで、テレビ朝日系で放送されている。

脚本は倉本聰。今年、2019年の4月から放送が始まって、来年の3月までの一年ドラマである。いまどき珍しい長丁場のドラマになる。

八千草薫は、ドラマでは“死んでしまった名女優役”に設定されていた。八千草さんが亡くなったのを聞いたとき、かつての大女優・田中絹代のことをおもいだした。

田中絹代の最後の作品は、同じ倉本聰が脚本を書いた『前略おふくろ様』だった。

主人公(萩原健一)の田舎の母役を演じていた。第二シリーズの第22話(最終話の2つ前)のラストシーンで、その母の死が知らされる。部屋に、お母さんが亡くなったという連絡メモが置かれているが、酔って帰ってきた主人公は気付かない。見ていてとても驚いたシーンである。予告編で、次週の母の葬式のシーンが映し出された。

この放送が1977年の3月18日金曜日だった。

その三日後、1977年3月21日月曜日に田中絹代さんが亡くなった。

とてもショックだった。

3月25日には第23話が放送され、ドラマ内の「おふくろ様」の葬式が執り行われていた。混乱するくらいに驚いた。脚本の倉本聰にとってもかなり印象深い出来事だったとおもう。

今回の『やすらぎの刻〜道』でも、八千草薫を「死んでしまった名女優」役として登場(回顧)させていた。その当人が亡くなってしまったのだ。またも印象深い倉本聰ドラマとなってしまった。

ちなみに『前略おふくろ様』第二シリーズで、主人公の働く料亭の女将さん役をやっていたのが、八千草薫である。私はいまだに八千草薫と聞くと、この『前略おふくろ様』料亭・川波の女将役が浮かんでしまう(その後継作品ともいえる『拝啓、父上様』の女将役も同時に浮かぶのであるが)。

八千草薫さんは“死んだ名女優”役

八千草薫が主演するはずだった『やすらぎの刻〜道』は、前作『やすらぎの郷』を踏まえた第二シリーズである。

“やすらぎの郷“という老人ホームでは、かつての有名人たちだけが入居を許されて暮らしている。そこで巻き起こる日常の事件を描いたドラマである。出演したテレビ番組で諍いを起こしたり、賭場を開いて本物そっくりの札束を使ったり、いろんな事件が起こる。

同時に、主人公の脚本家(石坂浩二)が構想した別の物語が進行する。これは山梨の山間部の村で暮らす青年のお話である。昭和11年から始まり、みんなが戦争に巻き込まれていく姿を描く。徴兵を回避するために主人公が自らの足を折るシーンはなかなかつらかった。戦争は終わったのだが、再び戦前のシーンからおさらいして戦後編に入っている。

老人ホームのほうは現代の話であり、同時進行として昭和の物語が進行している。交互に入れ替わってお話が進んでいく。

そういう、ちょっと不思議なドラマなのだ。二つのドラマが進んでいるので、何日か見ていないと状況がわからなくなる。でもそのまま見続けると、何とかついていける。帯ドラマというのはそういうものである。

2019年現在、平日の昼のドラマというのは、これ一本しか放映されていない。

NHKの昼12:45から“朝ドラの再放送”をやっているが、これは昼ドラマとは言えない。やはり朝のドラマの再放送でしかない。

 

かつて昼にはたくさんのドラマが放送されていた時代があった。何となくときどき見てしまうものだった。たまに引っ掛かかかって、しばらく追っかけて見ているが、そのうち見なくなってしまう。そんなドラマである。

昭和63年の5月に、当時やっていた帯ドラマの内容を調べたことがある。

1988年だから31年前になる。昭和の終わりまであと8カ月の時点。

雑誌テレビブロスで連載していたものだ(『平成が終わったらテレビからいなくなってたものたち』という著作にも収録)。

昭和63年当時、昼の帯ドラマは全部で6本やっていた。朝10時のものも昼のドラマだとすれば、ということになりますが。

そのうちTBSが4本放送している。

12:45から15分ドラマ、13:00から30分ドラマ、13:30から15分ドラマ、13:45からもうひとつ15分ドラマ。つまり12:45から14:00まで1時間15分ずっとドラマ枠だったのだ。

フジテレビは13:30から14:00の30分ドラマ枠が1つ。(おどろおどろしい内容でときどき話題になった東海テレビ制作ドラマ枠である)

日本テレビは朝10:00から10:25に1本。

6本もあったのだ。

だいたい主婦向けである。

家事をしながら、もしくは食事しながら、見てもらおうというものだったとおもう。それにしても6本というのはすごく多い。毎日6本なのだ。

かつての昼ドラマで描かれていた風景

内容はどんなものだったのか。このときのコラムで、主人公が悩んでいることを書き出している。それで少し内容がわかる。

 

日本テレビの朝10時ドラマ『花らんまん』

「戦死した夫の弟と結婚すべきなんだろうか」

TBS12:45『家庭の問題』

「仲人を頼まれた夫(伊東四朗)が燕尾服を借りないので困る」

TBS13:00『殉愛』

「島村抱月をめぐって、妻のいち子と、愛人・松井須磨子が争っている」(いち子も須磨子も栗原小巻が演じていた)

TBS13:30『お駒さん2』

「菓子職人が認知症になったようだがどうすればいいのだろう」

TBS13:45『追いかけて幸せ』

「叔母が空き巣をやっているのではないかと心配である」「妹が不倫しているので困る」「夫が父の上司になってしまって困る」(ちなみに叔母は空き巣ではなかったようだ)

フジ13:30『ふれ愛2』

「結婚しても働いていると姑とうまくいかなくなるが、どうすればいいのだろうか」

どれも主人公は、家庭を持つ女性である。主婦もいれば働いている人もいるが、だいたい家庭と家族の出来事を扱っている。

夜の9時10時のドラマでは、夢のような生活をしている男女の話がしきりに作られており(『君の瞳をタイホする!』『抱きしめたい!』などまさにトレンディドラマの時代だった)、昼は家庭の主婦向けに身近なドラマが放送されていた。

それが昭和から平成前半にかけての風景だった。

昼ドラは平成の情報番組に呑み込まれていった

いま、昼は、ドラマは放送されず、情報番組ばかりが流れている。

こんなにたくさんドラマを放送していたTBSの昼は、いまでは情報番組の『ひるおび』がずっと放送され、時事ネタや災害ニュースや、芸能人のスキャンダルや天気情報を流している(『ひるおび』はかなりお天気情報に力を入れてるとおもう)。

『ひるおび』の放送が開始されたのは2009年春である。このときにTBS昼ドラマ枠はすべて終わった。平成21年である。

フジテレビが、12時から13時の1時間番組だった『バイキング』の枠を一時間延ばしたのは2016年春だった。それで『ごきげんよう』と東海テレビ制作の30分ドラマ枠が終了した。平成28年。情報番組に併呑されてしまった、という印象が強い。

 

日本テレビの朝10時のドラマは、1986年から1993年だけ放送されていた枠である。昭和61年から平成5年まで、昭和末から平成初めだけのドラマ枠であった。

この日本テレビの例がわかりやすいが、好景気のとき(バブルの時代)はドラマをいくつも制作する余裕があったようだが、厳しくなると、ドラマ枠は減っていく。

1980年代後半から1990年代が、もっともしきりにドラマが制作されていた時代だった。べつだんドラマが多く制作されるのがいい時代とはいえないが、でも少ないと確かに寂しい。

気付くと、昼ドラマがほとんどなくなっている。

番組改編期に、ドラマ枠が減っていることは聞いていたはずなのだが、でも印象としては、ある朝目覚めると世界は変わっていた、というのに近い。

昼ドラはふっと消えていた。

あまり熱心に見ていなかったからでもあるのだろう。

帯ドラマは、わりと緩く作られている。些細な出来事を何日かに分けて描いている。

のんびりと見られるものである。

そういうのんびりしたものは、シャキシャキと生きてる人から見れば、ただの無駄に見えるのかもしれない。無駄を省け、と言われた途端、昼ドラは情報番組に呑み込まれていった。

同じ枠に新しい番組が始まるのではなく、前の時間帯の番組がじわじわ伸びてきて、枠ごと併呑されていった。だからこそ時代が変わったと痛感させられる。ライブ情報番組のほうが、シャキシャキした人間を納得させられるのだろう。しかたがないとはおもうが、なんだか残念である。

「平成の時代」は昭和のものを消滅させる期間だった、ということをあらためて感じさせる。

「大正時代」は「江戸から明治の文化」を消滅させる期間だったと私はおもっているのだが、何だかそれととても似ている。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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