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沖縄キャンプの夜に見た阪神タイガース岡田監督の虎ファンへの“神対応”…連覇への原動力

本郷陽一『RONSPO』編集長
阪神の岡田監督(筆者撮影)

 恒例の沖縄キャンプ巡りを約2週間行った。阪神の宜野座キャンプの夜にたまたまとある飲食店で岡田監督と居合わせた。評論家時代から岡田監督が懇意にしているアグー豚を扱うお店で、店内はキャンプを見にきた阪神ファンで埋め尽くされ、誰もが何かしらの阪神グッズを身に着けていた。

 プロ野球の選手や監督は、プライベートで食事する際に個室や貸し切りを希望するケースが少なくない。だが、庶民派の岡田監督は一切お構いなし。日本一監督となっても、そのスタンスは変わらず、店内のすべてがオープンになっている店の端に座っていた。たちまち店内はざわついた。だが、行儀のいい虎ファンは、すぐにはプライベートの席を邪魔しにはこない。

 誰もが自分たちの帰り際に申し訳なさそうに「サインいいですか」「写真いいですか」「握手いいですか」と声をかけてきたのである。 

 66歳の指揮官は、そのすべてに“神対応”をした。

 岡田監督がプライベートでファンの申し出を断ったのを見たことがない。

「昔、沖縄の居酒屋で監督と同席したことがあるんです」と言って、スマホに保存した古い写真を見せるファンがいた。新婚の夫婦は、生まれてくる子供に男の子でも女の子でも「虎」という文字をつけてあやかりたいと話していた。

 岡田監督は、笑顔で一人一人の話を丁寧に聞き、そしてサイン色紙を用意してきたファンには「球道一筋」との言葉を添えた。

 ザトペック投法でミスタータイガースと呼ばれた故・村山実氏が書いていた「球道一筋」という言葉を岡田監督は継承したが、これまでは「私がその言葉をそのままお借りするのはおこがましい」と、球という文字を外して「道一筋」と書いてきた。だが、優勝、日本一を成し遂げた今、「もう球道という言葉を書かせてもらってもいいのではないか」と、座右の銘を「球道一筋」に変えたのである。

 そして来る人、来る人、全員が「監督、本当にありがとうございました」と、18年ぶりのリーグ優勝、38年ぶりの日本一を見せてくれた指揮官に感謝の言葉を伝えたのである。

 岡田監督は、三宮と御堂筋が計100万人もの人で埋まった昨年11月の優勝パレードの話をした。

「そりゃ、見たことのない風景やったわ。ありがとうと言うてくれる声が聞こえたでえ。ファンの皆さんは優勝をほんま長いこと待ってたんやな」

 岡田監督が自らの指揮官としてのモチベーションの話をする機会はほとんどないが、これが球団史上初の連覇へ向けての原動力に他ならない。

  10年もの期間、現場を離れていた“浪人時代”に岡田監督は、一流商社に勤務している長男の陽集氏の駐在先だったアラブ首長国連邦の中心都市ドバイを陽子夫人と何度か訪れたことがある。

 観光都市であり、アラブ経済の中心都市。航空会社エミレーツの本拠地があり、日系企業の駐在員など多くの日本人が住んでいるという。そして、その日本人コミュニティの中に、阪神ファンの集いである「ドバイ猛虎会」があり、陽集氏の仲介で、岡田監督は、その食事会に特別ゲストとして招かれて簡単な講演をした。現地で熱烈な歓迎を受けた岡田監督は「ドバイにまで熱心なファンの方がいるんよ。テレビで試合中継も見れるらしいんや。ほんまタイガースってすごいよな」と驚いていた。甲子園だけではない。世界中に住む虎ファンが阪神を支えてくれている。

職業としてのプロ野球選手、プロ野球監督は、突き詰めれば、ファンによって支えられ、そのファンに勝利や感動という究極のエンターテイメントを提供するために存在する。それをドバイで実体験した岡田監督は以前にも増してファンを大切にするようになった。だから神対応するのだ。

 岡田監督は、その店に閉店までいた。そして、その日、店にいたお客さん、ほぼ全員と握手をし、写真撮影に応じて、サインをした。

『RONSPO』編集長

サンケイスポーツの記者としてスポーツの現場を歩きアマスポーツ、プロ野球、MLBなどを担当。その後、角川書店でスポーツ雑誌「スポーツ・ヤア!」の編集長を務めた。現在は不定期のスポーツ雑誌&WEBの「論スポ」の編集長、書籍のプロデュース&編集及び、自ら書籍も執筆。著書に「実現の条件―本田圭佑のルーツとは」(東邦出版)、「白球の約束―高校野球監督となった元プロ野球選手―」(角川書店)。

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