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亀田のV7に見えた限界

本郷陽一『RONSPO』編集長

はじめに断っておきたいが、何も亀田バッシングをするつもりはない。

しかし、亀田興毅×ジョン・マーク・アポリナオ(比国)のWBA世界バンタム級タイトル戦には、違和感を覚えた。

一夜明けのメディアの報道を見ても、汚名返上や、3兄弟チャンプにバトンなどの記事が並んで、なお違和感が続いた。

その違和感の正体は何なのだろうか。

二度のダウン。大差判定。ジャッジの一人は亀田興毅に119を付けていた。ほぼフルマークである。しかし、そこにボクシングの醍醐味はなかったのである。挑戦者に倒されるリスクのないアポリナリオ(フィリピン)を選んだ時点で、ある程度、こういう試合展開は予想できた。ボクシングの醍醐味の定義を語るのは難しいが、観戦者が前のめりになるような緊迫や緊張がなかった。高いテクニックの応酬や、剥き出しになる気持ちの激しさや、「やるか」「やられるか」のピリピリするような危ない匂いのない試合。感動がなかったのである。

亀田のボクシングには、スピードも、アグレッシブさも、チャンピオンらしさは、かけらも見られなかった。

7度目の防衛戦。今なお亀田家に対しては厳しい世間の監視するような目線がある。彼は、6度目の防衛戦では「ふがいない」とリング上で土下座までしていた。この試合は単なる勝ち負けではなく、どう戦うかの中身が問われていたはずだった。

しかし、そこに見えたのは、亀田興毅の“怯え”だった。違和感の正体は、これだった。

アポリナリオにパンチ力がないことは序盤で感じ取ったはずだが、明らかに怖がっていた。恐怖心は、ボクサーにとって必要不可欠なものだ。マイク・タイソンでさえ、試合前夜は「恐怖をどう克服するか」と戦っていたという。しかし、それはゴングが鳴るまでの話。そういう心理を突き抜けた時、それは震えるような勇気に変わる。または、嫌らしいほど綿密な戦術に変わることもある。

では、亀田の場合は、どうだ。

8月12日にWBC世界フライ級王座の初防衛戦を控える八重樫東(大橋ジム)と話をした。

「亀田君らしいスタイルだったと思います。相手が下がったこともあって前に出てプレッシャーをかけて、小さいパンチからチャンスを見出す。ただ、攻める時は攻める、守る時はガードを固めて守ると、攻防がハッキリと別れてしまっていましたね」

――つまり打ち合いがない?

「そうなりますね。そうなると、ファンの方は見ていて、どうしてもつまらないボクシングになります。亀田君は、確かに必要以上に警戒心が強いのかもしれません」

もう一人、元世界チャンプとも電話で話をした。

差し支えがあるから名前は書けない。

ーー非常に試合のレベルが低かったと思う。世界王者と、世界3位のボクサーの防衛戦には見えなかった。高いテクニックの攻防はなく安全な綱渡りのような試合だった。

「そこなんです。僕が危惧するのは。ファンの人にボクシングの世界戦って、こんなものですかと思われるのが辛いんです。最後まで見る気がおきなくなりました」

――パンチ力もなく、インサイドからパンチも打てない相手に対して、とにかく亀田は、恐怖心が拭えずに警戒し過ぎていた。相手も内側からこじあければ左が当たるのに、なぜか下がってスイング系のパンチしか打たなかった。そういう2流の挑戦者に対して、リスクのないノーモーションの一発を打っては、頭を下げてくっつくだけ。くっついてコンパクトにボディは打ったが、魅惑の攻撃性はなかった。

「挑戦者のガードが下がっていたのでフックが当たると思ったんです。なのに、なかなか、その距離に入らない。カウンターの距離にもいないし、合わせにもいかない。思い切りのない守りのボクシング。それが今や彼のスタイルなのでしょうか。技術的に、どんどん退化しているような気がしました」

――僕もそう思った。昔、彼は、「KOと亀田はセット」と語っていたのではなかったか。「倒しにいく」という闘争心が見えない。リスクを負わないディフェンスボクシングに徹するならば、自分はそういうスタイルのボクサーだと、ファンに説明すればいい。本来ならば、防衛を重ね、経験を元に進化をしていなければならないはずが、逆に後退している。膝も堅い。たまに踏み込んでパンチを放ったが、バランスを崩していた。スピードも東洋タイトルに挑戦した頃の方が、まだあったように見える。どれくらいの練習をしているのだろうかと疑問が沸いた。

「モチベーションがないんじゃないでしょうか。テレビ的には強気のコメントを出さなければならないけれど、一向に納得にいくボクシングができない。そういうギャップに苦しんでいるような気がしますけど」

ボクシングは命にかかわる危険な競技である。

怖くなったら引退――。それがボクサーの掟である。

彼は、テレビのインタビューで「もう辞めた方がいいと考えたことがあった」と告白していたが、一向に進化が見られないV7チャンプは、どこに向かおうとしているのだろうか。新しい技術を学ぶトレーナーも不在。再び進化を遂げる環境はないに等しい。今のボクシングのまま、階級を変えて4階級王者になったところで、それは単なる亀田家の自己満足で終わりやしないか。勲章と内実がどんどん乖離していく。皮肉なことにセコンドに勢ぞろいしていた亀田3兄弟は、三男の和毅が、来月1日にWBO世界バンタム級王座へ初挑戦、二男の大毅は9月3日にIBF世界スーパーフライ級タイトルの決定戦に出場することが決まっていて、史上初の3兄弟世界チャンピオンの誕生の日が近づいている。

『RONSPO』編集長

サンケイスポーツの記者としてスポーツの現場を歩きアマスポーツ、プロ野球、MLBなどを担当。その後、角川書店でスポーツ雑誌「スポーツ・ヤア!」の編集長を務めた。現在は不定期のスポーツ雑誌&WEBの「論スポ」の編集長、書籍のプロデュース&編集及び、自ら書籍も執筆。著書に「実現の条件―本田圭佑のルーツとは」(東邦出版)、「白球の約束―高校野球監督となった元プロ野球選手―」(角川書店)。

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