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村田諒太が公開練習で見せたプロ仕様への進化の片鱗

本郷陽一『RONSPO』編集長

村田諒太は風邪に苦しんでいた。

体調は最悪。

キレやスピードは期待できなかったが、公開練習の相手を務めることになった日本スーパーライト級王者になったばかりの小原佳太は、ワセリンを異常なまでに塗りたくっていた。村田諒太は、東洋大ボクシング部のひとつ先輩。これまで何度も拳を交えてきた人だから、そのパンチ力の脅威は誰よりも知っている。例え村田が、体調不良でも潜在意識に受け付けられた恐怖心は消えなった。

「ほんとやばいっすから」

グローブを合わせ、村田が「3つ?」と聞くと、小原はクビをふって「いや2つでお願いします」と遠慮した。3つ、2つとはラウンド数のこと。村田諒太のプロ転向後、初となる公開練習は、小原の申し出が了承されて、2ラウンドとなった。

内容は、マスボクシングである。本気で打ち合う実戦形式のスパーリングではなく、タイミングと形だけを意識する寸止めボクシング。

村田は、アマチュア時代のスタイルからかなりの変貌を遂げていた。ひとつは、ガードの位置と、グローブと体との距離。もうひとつはパンチを打つテンポのアップ。東洋大学時代から遊びではやっていたというが、体を半身に、左手をLの字に曲げて下げ、右手のグローブでアゴを守るという好戦的なデトロイトスタイル(L字ガードスタイル)からタイミングよく右を打ち込んで、小原の目を白黒させた。

汗だくとなった小原をつかまえる。

「怖かったです。レベルが違いすぎて、本気でスパーなんかやったら殺されてしまいます。手合わせもくそもマスくらいしかできません。大学時代も、マススパーや条件スパーで倒されてる選手がゴロゴロいましたから。どうもプロになってステップを変えられているみたいで、大学時代に比べて、スピードとテンポが早くなった。ワンテンポ早いからガードができないんです」

ーー大学時代から比べてスタイルは変わった?

「村田先輩は、大会のレベルに応じてボクシングを変えていました。オリンピックや世界選手権では、ガードをしっかり固めるスタイルだけど、国内のリーグ戦などでは、プロみたいに魅せるボクシングをされていました。練習では、さっきみたいなスタイル(左のガードを下げてのデトロイト)もされていましたしね。プロとアマでは、ルールが大きく違うので、そのあたりの対応も考えられているみたいです」

――プロの先輩として、村田の性格やボクシングスタイルはプロに向いていると思う?

「向きも不向きも関係なく、間違いなく強いっす」

――大学時代の村田は怖ったらしいね。

「今は、ずいぶんと変わられました(笑)。入学同時は、ほんと怖かったんですが、高校時代はもっと怖かったらしいですね」

無事に?公開練習の相手を務め終えた小原は、まだワセリンをアゴに塗っていた。

「先輩に対して怖いなんて発言をしちゃったので後で殴られるかもしれないので」

冗談か本気かわからないようなことを言いながら小原は汗をぬぐった。

進化は村田の真骨

村田はプロ仕様に変革できるのか?

村田が、プロで成功できるか否かの取材をプロのボクシング関係者にすると、誰もが口を揃えるようにしてボクシングスタイルをどう変えるかをカギとして挙げる。マススパーの段階で、その命題に答えを出すことは、いささか気が早いが、村田が、プロ仕様に変りつつある、その片鱗は見えた。プロを見据えて極秘練習を続けてきた成果が出ている。

アマチュアとプロではグローブの大きさが違う。ガード、ブロックの位置も違ってくる。

「ヘッドギアもないので、ブロックではグローブと顔との距離なんかをアマとは変えていかなくちゃいけませんからね」

ヘッドギアと、ラウンド数だけでなく、ルールにも違いがある。プロのテクニックのひとつであるクリンチがアマチュアではホールドという反則で厳しく減点の対象になる。スタミナを奪いにいくボディは、別にしてアマチュアでは、倒すパンチは求められずジャッジに好印象を与える見栄えが優先される。

しかし、それらのプロアマの違いは、むしろ村田にとっては、歓迎すべきものだ。南京都高校から東洋大に進学したルーキーイヤーは、何度か負けを味わっているが、それらはすべて反則減点が積み重なっての負けだった。ロンドンオリンピックでのガードを軸としたインファイトのスタイルだけが、一人歩きして、一部の村田のプロ転向失敗説の根拠となっている。だが、元々、彼の求めるボクシングスタイルはプロのそれに近い。

人に感化されやすい性格。触れたものを貪欲に吸収、研究、それを飲み込んで進化していく素直さが、村田の持ち味でもある。進化こそが、村田の真骨なのである。

「足の運びとバランスを変えようとしています。テンポがよくなっていると小原が感じたなら、バランスがよくなっている効果なのかもしれません」

16日に後楽園で予定されているプロテストでは、「おそらく相手は日本ランカーでしょうからノックアウトするなんて言えませんが、内容にこだわりたい」という。五輪の金メダリストにA級ライセンスの合否を議論するのはナンセンスだが、プロ転向の進化の第一歩を披露するには、絶好の舞台なのかもしれない。

『RONSPO』編集長

サンケイスポーツの記者としてスポーツの現場を歩きアマスポーツ、プロ野球、MLBなどを担当。その後、角川書店でスポーツ雑誌「スポーツ・ヤア!」の編集長を務めた。現在は不定期のスポーツ雑誌&WEBの「論スポ」の編集長、書籍のプロデュース&編集及び、自ら書籍も執筆。著書に「実現の条件―本田圭佑のルーツとは」(東邦出版)、「白球の約束―高校野球監督となった元プロ野球選手―」(角川書店)。

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