天文教育の危機 -杉並区立科学館廃止案の撤回を-

宇宙を解き明かしたい。人類はそんな野望をいつ思い立ったのでしょう。天からの文を読み解く学問、天文学は音楽や数学と並んで五千年以上の歴史を持つもっとも古い学問の一つと考えられています。地上に人工の明かりのない時代から、時々刻々と変わる星ぼしの位置を測り時刻を知ることや暦を作ることは文明の発祥とともに必要でした。

その天文学が今、旬を迎えています。人類の根源的な問いでもある「私たちはどこから来てどこに行こうとしているのか?」、「私たちは何者で、宇宙には私たちのような生命が住む星は他にあるのか?」という二大テーマが、最新天文学によって、いよいよ解き明かされそうとしています。我が国でも小惑星探査機「はやぶさ」やすばる望遠鏡などが次々と成果を挙げ、人類の本質的な問いかけに対して国際貢献が可能な時代に入りました。基礎科学のビッグプロジェクトの遂行を幅広い国民層が理解し、その発展を望む時代へと日本もようやく欧米に追い付いてきたのです。

この国民意識の高まりに影響を与えてきたこととはいったい何でしょうか。50代以上の方の多くが、書籍や雑誌の影響を挙げますが、40代以下では科学館でプラネタリウムを見た経験を挙げる人が多くなります。国内には350館を超えるプラネタリウム施設があり、年間の観客数はJ1の観客数、約500万人を大きく超え、約890万人と見積もられています(日本プラネタリウム協議会の調査による)。しかし、その多くは学習投映といって小学校で学校では学びにくい夜間の天体観察の代わりに、昼間、移動教室で科学館を訪ね、天体の動きを学び最新の天文・宇宙に関する話題に触れる機会なのです。

その先鞭となったのは1969年に設置された杉並区立科学教育センター(現:杉並区立科学館)です。ところがその科学館が区の整備計画では来年度で廃館となる予定です。理由は施設の老朽化とのことで、建て替えた後は高齢者向けの施設を新設するようです。整備計画によりますと区内の学校理科室の設備が充実してきたので、科学教育の機能は各学校に任されることになっていますが、プラネタリウムの活用が出来ないとなると都内の夜間の空の明るさや治安を考慮すると、国内をリードしてきた杉並区の天文教育はほぼ壊滅的な状況となることでしょう。さらに、国内のプラネタリウムの多くは1980-95年のバブル期に建設されたので、10~20年後にかけて、同様の理由で次々と廃館になることが危惧されます。

杉並区は数多くの研究者や技術者を育んできたばかりか、その教育意識や文化レベルで国内をリードしてきました。区民のみなさんが、科学館が果たしてきた天文教育の役割を受けとめ、杉並区の子どもたちのために天文教育の機能が継続されていくことを願っています。

私も18年も前になりますが、当時勤務していた東京大学附属中・高等学校(現:東京大学附属中等教育学校)の生徒たちと、杉並区立科学教育センターを利用させていただき、「ハッブル宇宙望遠鏡とのライブ」というNASAの教育プロジェクトに参加したことがあります。当時はまだ、普通の学校にはライブ中継を行えるようなインターネット回線が来ておらず、杉並の皆さんや理化学研究所の皆さんにご支援いただいたのですが、その時、中学1年生だったK君は、テレビ会議を通じて、ハッブル宇宙望遠鏡担当の研究者に直接質問をしたことがきっかけとなり、その後、天文学の博士号を取得するまでになりました。また、研究者にならず、若手音楽家として活躍しているU君も、中学校時代の思い出として、普段、学校では体験できなかった杉並区立科学教育センターでの経験がとても印象深いと語っています。このように科学教育センターは学校教育を補完する機能として、もっと国内で発展してほしい機関なのです。 

国立天文台天文情報センターでも、学校教育用の天体画像や動画、教育ソフトなどのコンテンツの提供や従来のプラネタリウムを超える教育ツールの開発と配給、研究者の学校や科学館への派遣等を通じて、全国の市民や子ども達の天文・宇宙への関心をさらに深められるよう努力いたします。