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応急仮設住宅での近隣騒音問題、トラブル防止のための一番の要因とは

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(筆者撮影)

 元日に能登半島を襲った巨大地震は、熊本地震を超える大きな被害をもたらしました。冬の厳しい寒さの続く中、被災者の方々は避難所での不安で不自由な生活を強いられていますが、その後は、建設された応急仮設住宅(以後、仮設住宅と略記)に移り、そこを拠点としてその後の生活再建を目指すことになります。

仮設住宅での近隣騒音問題

 仮設住宅は、通常の住居と較べて構造・設備・環境等に関する性能が相対的に劣るため、日常生活において様々な問題の発生が懸念されます。特に、遮音性能の低い仮設住宅では、騒音問題は生活環境を左右する大きな要因となります。阪神・淡路大震災(平成7年、1995年)では、阪神地区という立地上の制限から幹線道路や高速道路の近くに仮設住宅が作られ、交通騒音などにより睡眠障害や日常生活への支障を訴える状況が多く見られました。しかし、当時はまだ近隣騒音に関しては特に大きな問題とはなりませんでした。

 阪神・淡路大震災から16年を経て東日本大震災(平成23年、2011年)が発生しましたが、この間に、社会の様相は大きく変化し、人間関係の希薄化や地域コミュニティの崩壊などの社会変化が進み、近隣騒音問題が発生しやすい状況が生れていました。東日本大震災の仮設住宅は、その多くが高台の静寂な環境の中に作られたため、阪神・淡路大震災の時のように交通騒音などが問題となることはありませんでしたが、その反面、隣近所からの近隣騒音が新たな問題として登場してきました。仮設住宅は非日常的な環境であり、震災前の人間関係や地域コミュニティが全く消滅した状況の中で生活を強いられている場合も多く、建物自体の遮音性能も不足しているため、近隣騒音が騒音問題の中心となってきたのです。仮設住宅の隣家とテレビの音量を巡ってトラブルが発生していることから、イヤホン接続用のテレビ用アダプター1200個が民間団体から仙台市に寄贈されたことなども、地元の新聞で報じられました。

 熊本地震(平成28年、2016年)でもこの傾向は同じでした。熊本日日新聞が市町村に聞き取り調査した結果では、生活上のトラブルとして挙げられた内容として、隣のテレビの音や物音、子どもが遊ぶ声がうるさいといった苦情が寄せられ、騒音を控えるように配慮を求めるチラシの配布などを行っていることが報じられています。

 これら仮設住宅での近隣騒音問題に関しては、東日本大震災の折りに、筆者の研究室(大学在籍時)で総合的な調査研究を実施しました。岩手県および宮城県の13仮設住宅の計1200戸にアンケート調査を実施、412戸から回答を頂きました(回収率34.2%)。調査は、騒音問題を特に意識させないようにするため、「仮設住宅での生活状況調査」という表題で実施しました。

 今回の能登半島地震では、被災者の方々の仮設住宅での生活がこれから本格的に始まりますが、近隣騒音問題の解決に少しでも資するよう、その調査結果についてここで紹介したいと思います。(橋本典久「東日本大震災の応急仮設住宅における近隣騒音問題に関する調査研究」、日本建築学会環境系論文集、第693号(2013年11月)をもとに再構成)

騒音問題に関係する仮設住宅の各種条件

 仮設住宅と一口に言っても、そこには騒音問題に関連する様々な条件が存在します。まず、建物の条件です。この調査では、仮設住宅の建物形式に関する3つの種類についてその影響を調べています。すなわち、下記の写真に示すように、①連棟型(288戸)、②戸建(24戸)、③2・3階建(96戸)の3種類です。戸建に関しては、単独のコンテナー型もこの範疇に含まれると思います。また、連棟型と戸建では、上階からの足音などの問題はありませんが、2・3階建では上階音の問題も考えられ、一部では、積み上げるコンテナー型の住居を市松模様に配置して、上階音の問題を解決したものもありましたが、それらの住宅はこの調査の範囲には入っていません。

(仮設住宅の3形式、筆者撮影)
(仮設住宅の3形式、筆者撮影)

 連棟型では、玄関の向きが近隣関係やコミュニティの形成に関係するという意見もありました。そこで、連棟型に関しては玄関が①対面式(50戸)の場合、②対面でない(164戸)場合も要因に加えました(戸数は、不記載などで必ずしも総数とは一致しません)。

 仮設住宅への入居形態も大きな要因と考えられました。すなわち、一定地域が①集団移転(52戸)してきた場合、それ以外の個別入居に関しては、自分の希望地に移転できた場合(②希望地選択(80戸))、抽選になったけれども希望通りに入居できた場合(③抽選・希望通り(128戸))と、抽選に外れて希望以外となった場合(④抽選・希望以外(94戸))の計4タイプです。

 そして最も影響が大きいのではないかと考えられたのが世帯形態の違い、すなわち、①単身世帯(37戸)と②家族世帯(303戸)も要因に加えています。更には、アンケート回答者の世代による違い(①20・30代~⑥80代以上)も調べました。

仮設住宅での生活に対する満足度、不満度

 最初に、「仮設住宅での生活への満足度」を調べた結果です。満足と答えた人は全体の7.4%、やや満足は16.7%で合計24.1%という結果でした(無回答等は除外)。逆に、不満と答えた人は19.1%、やや不満は31.6%であり、合計は50.7%であり、当然ですが、不満と答えた人が満足と答えた人の倍以上となっていました。

 この結果を、建物形式別に調べたものが下の図です。ここでの縦軸の比率は、全体数に対する比率ではなく、それぞれの建物形式別内での比率で示されています。これを見れば、戸建の満足度は非常に高く、満足とやや満足の合計が50.0%、不満とやや不満の合計が29.2%となっています。

 一方、連棟型の満足度は低く、満足とやや満足の合計が18.8%、不満とやや不満の合計が57.0%と、戸建に較べ結果が逆転しています。連棟は2・3階建よりも満足度は低くなっており、形式だけではなく、建物構造自体の性能や広さに問題があると考えられます。とはいえ、出来るだけ短期間に、限られた敷地内で多くの被災者を受け入れるためには仕方のないことかもしれません。

(仮設住宅での近隣騒音問題に関する調査研究より、筆者作成)
(仮設住宅での近隣騒音問題に関する調査研究より、筆者作成)

仮設住宅における近隣騒音の気になる程度について

 では、この満足度に関する結果をふまえて、生活騒音問題について見てゆきたいと思います。まず、騒音が気になることがあるかどうかの質問については、「非常に気になる」が9.4%、「少し気になる」が28.1%、両者合わせて37.5%でした。約3人に1人以上が近隣からの騒音が気になるという結果でした。

 これらの結果を仮設住宅における騒音問題の要因ごとに比較した結果を以下に示します。まず、住居形態と近隣騒音の関係です。下図がその結果ですが、戸建住宅において近隣騒音が「非常に気になる」という回答はゼロでした。「非常に気になる」というのは、「少し気になる」とは異なり、トラブルにも繋がりかねないものである事から、この結果は大変重要であると言えます。戸建住宅といっても、写真に見られるように床面積30m2弱、隣家との距離も接近していますが、独立した建物としての遮音性能の良さが結果に反映しているものと考えられ、騒音問題の面からも仮設住宅としては優れた形態であるといえます。一方、連棟型と2・3階建の建物では近隣騒音の気になる度合いには殆ど差はみられません。2・3階建の集合住宅タイプは、近隣騒音の面からは特別なメリットはないと考えられます。

(仮設住宅での近隣騒音問題に関する調査研究より、筆者作成)
(仮設住宅での近隣騒音問題に関する調査研究より、筆者作成)

連棟型住宅の界壁遮音性能をもう少し高める対策を

 建物形式に関して、仮設住宅での生活の満足度と近隣騒音の気になる程度の結果には関連が見られ、連棟住宅での満足度の低さに近隣騒音が影響していることが推察されます。具体的な回答内容でも、ストレスを感じている項目に、「隣家の騒音とマナーの悪さ」、「隣人の騒音といやがらせ」などが挙げられており、自由意見の記述の中でも「生活音は仕方がないが、隣人の音はイヤガラセでしかない。いつでもビクビクしてしまうので落ち着かない。とにかく、仮設での生活には慣れてきたが、隣人がその人でなければ、普通に暮らせるのになと思います。その隣人と何年も一緒かと思うと気がめいる。警察に言っても行政にいっても何も変化は無い。「絆」という言葉はもういいです。」など、トラブルに繋がりかねない深刻さを感じさせるものも多くあります。

 では、実際に仮設住宅での隣戸との壁(界壁)の遮音性能はどれくらいかと言えば、当然ながら、十分とは言えない性能です。建築基準法には界壁遮音基準というものがあり、アパートやマンションで生活するにあたって、プライバシー確保や騒音防止の観点から必要最低限の性能としてD-40が決められています(実際は周波数ごとにこれに相当する数値が決められている)。実際の連棟型の仮設住宅で測定した結果では、D-40を下回り、D-35前後の性能となっていました(長野高専・西川研究室測定、他)。もちろん、仮設住宅は建築基準法の適用外ではありますが、騒音が近隣トラブルの大きな要因となることを考慮すれば、もう少し界壁の遮音性能を高める必要があると考えます。それが、仮設住宅での生活の満足度に繋がることは、アンケート結果が示しています。

 なお、入居形態もコミュニケーションの形成に良い影響を与える大きな要因と考えられますが、近隣騒音の気になる程度に関しては、下図に示すように殆ど関連はみられませんでした。これは少し意外な結果でした。また、玄関の向きなどに関しても同様です。

(仮設住宅での近隣騒音問題に関する調査研究より、筆者作成)
(仮設住宅での近隣騒音問題に関する調査研究より、筆者作成)

騒音問題に係わる一番大きな要因は居住者心理!

 下図は、近隣騒音の気になる程度と、それと関係すると考えられる各質問項目についての相関関係を調べたものです。図の縦軸は、各質問の結果を近隣騒音の気になる程度別に集計したものであり、例えば孤独感については、肯定的な意見とは孤独感がない方を、否定的な意見は孤独感がある方を示しています。他の質問項目も同様です。

(仮設住宅での近隣騒音問題に関する調査研究より、筆者作成)
(仮設住宅での近隣騒音問題に関する調査研究より、筆者作成)

 図に示された結果は大変に興味深いものであり、(外部への反応)の項目では、近隣からの騒音が非常に気になると答えた人は、仮設住宅での生活への不満感やストレスを強く感じていることが示されています。近隣騒音だけが不満感やストレスの原因であるとはもちろん言えませんが、要因の一つとなっていることは確かであると思います。

 それを裏付けるのが(個人心理)の結果です。この中の孤独感や不安感、および倦怠感に関しては、有無を聞く直接的な質問内容ではなく、それらを抽出するための心理学の測定尺度を用いた質問となっており、十分に信頼のできるものです。この(個人心理)の各項目に関しては、何れについても明確な左下がりの傾向が示されています。即ち、孤独感や不安感、倦怠感が強いほど、近隣騒音が気になる程度が強くなるという結果です。これまで、近隣関係などの付き合いの程度の有る無しが、近隣騒音のうるささに関係することは過去の研究でも示されてきましたが、個人の心理的な内面の状況が騒音の気になる程度に直接的に関係するというデータが示されたことはなく、その意味で、これは大変に興味深い結果であるといえます。

 改めて、上図の(個人心理)の項目だけを取り出して整理したものが下図であり、図中に示した各々の回帰式(直線)との相関の度合いは有意確率0.01以下であり、明確な相関関係があることが確認されています。なお、この結果を怒りや憤りに関する質問結果と合わせると、近隣騒音が気になるだけでなく、それが怒りや憤りに繋がっていることも推察されました。

(仮設住宅での近隣騒音問題に関する調査研究より、筆者作成)
(仮設住宅での近隣騒音問題に関する調査研究より、筆者作成)

孤独感はどこからくるのか

 仮設住宅での生活ですから、将来への(不安感)や、現状の生活に係る(倦怠感)が強いのは当然だと思います。では、孤独感というのは一体、どこから来るのでしょうか。これについても分析を行いました。住居形式、入居形態、玄関の向き、世帯、年代について分析しましたが、唯一、有意差が見られたのは、下記の図に示す世帯の違いだけでした。単身世帯は家族世帯に較べて孤独感を強く感じているという結果ですが、家族をなくして単身で仮設住宅に入居している状況などを考えれば、これはごく当然の結果といえますが、コミュニティ形成のために有用と考えられている地区集団移転や対面玄関などは、孤独感に関しては明確な結果が得らえていませんでした。世帯以外の項目では、孤独感を解消するまでには至らないということを示していました。

(仮設住宅での近隣騒音問題に関する調査研究より、筆者作成)
(仮設住宅での近隣騒音問題に関する調査研究より、筆者作成)

 下図は、孤独感に関する質問内容の一つ、「人間は、本来、ひとりぼっちなのだと思いますか」に対する解答の結果です。単身世帯で、圧倒的に「はい」の答えが多いことに、仮設住宅での生活の寂しさと厳しさを強く感じさせられ、とても印象的です。

(仮設住宅での近隣騒音問題に関する調査研究より、筆者作成)
(仮設住宅での近隣騒音問題に関する調査研究より、筆者作成)

仮設住宅の近隣騒音問題の解決は、ひとえに心理的ケアーから

 仮設住宅での騒音問題の実態や問題点を把握しようと始めた調査研究でしたが、孤独感などの心理的要素が近隣騒音問題に大変に大きく作用しており、その心理状態を形作るのは、1人暮らしの生活であることが浮き彫りとなりました。仮設住宅での1人暮らしは孤独死の問題だけでなく、心理面でも様々な悪弊を伴います。居住者の孤独感をなくすための継続的な心のケアーが必要であることは勿論のこと、シェアハウス形式の仮設住宅など、その在り方や形態を工夫、充実させて、1人暮らしを極力なくすための施策を進めることも重要であると考えられ、それが騒音問題の予防的解決に資することであるといえます。

 筆者らは、これまでの近隣騒音トラブルに関する研究の中で、トラブルに発展する音の問題を「騒音」と「煩音(ハンオン)」に分けて考えることの重要性を指摘してきました。近隣騒音問題は煩音が原因であることが多いのですが、仮設住宅においても煩音の要素、即ち心理的要素が大変大きいことが明確に示されました。今回の結果は定量的なデータに基づくものであり、騒音問題を考える上で大変貴重な知見を与えるものであるといえます。これらの結果を参考に、仮設住宅で騒音トラブルが起こった場合でも、物理的な防音対策だけでなく、解決の基本となる居住者の心理的なケアーをしっかり行って頂きたいと切に願います。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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