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SNSで「寿司テロ」が繰り返されるのはなぜか?:「デジタルステータス」への飽くなき欲求

原田隆之筑波大学教授
(写真:イメージマート)

 回転寿司店などで、若者が不適切な行為を行い、それを面白半分でSNSに投稿した動画が次々に炎上している。被害を受けた店は、後始末に追われ、客数が大幅に落ち込んだり、株価が急落したりするなど、大きな影響を受けている。まさにネット社会の恐ろしさを物語る事件であるが、なぜ彼らはこのような愚かな行動に出るのだろうか。

 これらの行動は、若者特有の心理的問題とSNSが抱える問題の双方に関連している。

若者の発達課題

 思春期から青年期にかけての若者は、子どもから大人に差し掛かる重要な時期のなかにおり、親や庇護的な大人からの自立、自らのアイデンティティの確立、セクシャリティの確立、道徳意識の発達などといった発達課題を抱えている。

 重要な他者との関係としては、身近な仲間関係で過ごすことを最も好むようになるし、恋愛関係を持つこともある。この時期の対人関係は、その後の社会的関係を築く能力やスキルを発展させる土台ともなるためきわめて重要である。また、束縛から自立へという転換期であるため、しばしば親や周囲の大人との衝突も生じる。

アイデンティティを確立するプロセスにおいては、「自分は何者か」という問いが生じるが、その際には不可避的に自分と他人との比較がなされる。自らの性格、容姿、知的・身体的身体能力などを、他者と比較することが頻繁に行われ、そのプロセスのなかで自分の独自性を自覚し、それがアイデンティティの基礎を形作る。その際には、劣等感を刺激されたり、自信を喪失したりということがしばしば起きる。

青年期の脳

 また、この時期の脳の発達を理解する必要もある。彼らは、衝動的で感情調整能力が乏しく、刺激を求める傾向が強い。これらの機能を調節するのは、大脳の前頭前野の機能であるが、前頭前野が成熟するのは、これまで考えられていたよりもかなり遅く、成人前期25歳ころであることが最近の研究でわかってきている。

 このような脳の未熟さゆえに、青年期には、事故による怪我、暴力、物質乱用、意図しない妊娠、危険な性行動、その他の非行や逸脱行動など、不適切行動の発生率が高まるのである。

ソーシャルメディアと若者

 ソーシャルメディアはいまや、若者にとって、仲間とつながり、コミュニケーションを取り、社交的なスキルを磨くために最も重要な場の一つとなっている。さらに、自己表現をしつつ、アイデンティティを確立するための場所でもある。つまり、SNS世代の若者は、かつての世代とは質的に異なった方法で発達課題に直面し、それを達成しようとしていると言えるだろう。

 ソーシャルメディアを適切に利用することは、対人関係を円滑に行い、社会適応力を高めるプラスの側面がある。たとえば、アメリカの調査において、調査対象の若者は、ソーシャルメディアによって「友人とのつながりをより強く感じることができる」(81%)、「さまざまな人々とつながることができる」(69%)、「つらいときでもサポート感が得られる」(68%)などと回答している。ほかにも、帰属意識や社会的自尊心などが高くなることも報告されている。

 その一方で、先述のような青年期特有の問題ゆえに、さまざまな問題が生じることにもつながる。

 アイデンティティの確立や自己実現を模索する若者は、ソーシャルメディアにおいて、身の丈の自分自身ではなく、より背伸びをした「完璧な」自分を演出しようとする傾向が強いと言われている。それは、その裏返しの劣等感や自信欠如があるためである。

 仲間と楽しく遊び興じている親密な場面をことさら大げさに投稿したり、セルフィーを加工したりすることで、常に自分の評判を高めようと腐心しているのだ。さらに、サイバースペースでは、普段よりも行動の抑制が低下するため、注目を集めるために突飛な行動をしたり、不必要なリスクを取ったりしがちである。

 それは、彼らにとって、「いいね」やリプライの数、あるいはフォロワーの数などが、そのまま自尊心や自己肯定感に反映されるからである。脳神経画像研究においても、SNSの空間では、仲間からの肯定的フィードバックが増幅されやすいことが報告されている。

 このように、SNSというメディアは、仲間からの賞賛を増幅させて伝えることから「スーパーピア」と呼ばれることがある。そして、若者はそのSNSの空間のなかでの「デジタルステータス」を高めるために躍起になっているのである。

不適切行動をするのは誰か

 しかし、誰もが不適切行動によって周囲の賞賛を得ようとするわけではない。このとき重要なのは、その若者がどのような仲間に囲まれ、どのようなコミュニティに属しているかということである。

たとえば、危険な行動を取ったり、逸脱行動や不適切行動を取ったりすることで賞賛を集めるようなグループに所属していれば、そうした行動を取ることは、仲間からの肯定的な評価につながり、個人にとって「報酬」となる。そして、ますますそうした行動を取る頻度が上がるばかりか、行動がエスカレートする。

 逆に、遵法的で逸脱行動を許容しないような仲間に囲まれていれば、不適切行動は非難され、自らの評判や自尊心を低下させることにつながるだろう。したがって、いかに衝動的で感情的に不安定な青年期にあったとしても、そのような行動は自制できる。

 つまり、今回の一連の騒動においても、渦中の若者たちは、もともと仲間内で軽い気持ちでふざけて笑わせたり、時には不適切な行動を取ったりして「いいね」を稼ぐことで、デジタルステータスを上げて、承認欲求を満たし、彼らなりの「自尊心」を高めていたのであろう。そして、より多くの「いいね」を得たいがために、それがどんどんエスカレートした挙句、あのような行動に発展していったのだと推測できる。

 さらに、「仲間内での賞賛」に気を取られている彼らは、視野が内向きに狭窄し、世界に開かれたデジタルスペースであるという当たり前のことに気づかない。当事者の一人は「これくらいのことで大騒ぎになって」と述べたと報じられているが、自分たちの閉じられた世界の常識が、一般社会の基準と大きく乖離していることに気づいていないことの証左である。

SNSの危険性

 今回は若者たちが「加害者」としての面がクローズアップされているが、彼らがSNSでの振る舞いゆえに被害者になることも少なくない。

 たとえば、米国テンプル大学の調査では、SNSで性的に露骨な写真を送ったことがある若者は、全体の20%にも及んだという結果が出ている。これもデジタルスペースのなかで抑制が低下し、相手の賞賛を求めたいという同じ心理が働いている。さらに、自分に送られた他人の性的な写真を第三者に転送したことがある人は、女性で50.4%、男性の33.9%もいたという。

 このような軽はずみな行動が、いじめ、性暴力被害、リベンジポルノやストーカーなど、あとあと取り返しのつかない事態に発展する危険性があることは言を俟たない。

高まるバッシングや誹謗中傷

 一連の「寿司テロ」に話を戻すと、彼らの不適切行動によって、企業は多大な損害を被る可能性が大きい。企業側が刑事、民事の双方で法的措置に出たということも理解できる。

 彼らの軽率な行動が招いた結果は、狭い仲間集団を軽々と飛び越え、世界にまで拡散されたために被害が増幅したのであるが、これもまたSNSやインターネットが一般的になる前の時代には考えられなかった事態である。

 しかし、その一方で、ネット上では、彼らの個人情報が拡散されたり、過剰な誹謗中傷がなされたりしている。いくら非難に値する行為をしたからといって、こうした「逸脱行為」も決して許容できるものではない。

 そのような目に遭うのは自業自得だとか、当たり前のことだという声も聞こえるが、未成年の逸脱行動に対して、あたかも国を挙げてバッシングがなされているような現状は異常としか言いようがない。

 その理由はいくつか考えらえるが、被害にあった寿司店などは、われわれの身近な存在であり、彼らの不適切行動がまるでわが身に起きたことのように感じられ、他人事では済まされなかったという理由が大きいだろう。もちろん、私も一連の動画を見て、非常に不快に感じたし、大きな憤りも覚えた。

 とはいえ、言うまでもなく、日本は法治国家であり、たとえ被害者であっても「私刑」は許されない。被害の届け出がなされたのであれば、あとは捜査機関や司法当局が法に従って対処をするに任せるだけである。

 それを関係のない第三者が、一時の怒りや「正義感」に任せて、まるで少年を追い込むような私的制裁や社会的制裁を加えているのであれば、それもまた立派な「逸脱行為」である。そのようなことをしている人には、彼らを批判する資格はないだろう。

文献

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筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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