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緊急事態宣言下の野外フェスとマシュマロ実験

原田隆之筑波大学教授
画像は本文の野外フェスとは関係ありません(写真:ロイター/アフロ)

ショッキングな動画

 愛知県を含む21都道府県に緊急事態宣言が拡大された週末、愛知県常滑市で大規模な野外フェスが開催された。

 その模様を撮影した動画がSNSで拡散されたが、それを見てわが目を疑った。8,000人を超える大観衆が、マスクもせずに密集して大声を上げて熱狂している様子が克明に映し出されていたのである。会場では酒類の販売もなされていたという。

 一言で言うと、日本中の愚かさを煮詰めたような動画だった。

猛烈な批判と主催者の謝罪

 第5波の感染爆発の真っ只中であるが、危機感が共有されていないなどと政府や専門家は嘆いている。そのきわめつけとも言える状態を目の当たりにすると、驚きや怒りを通り越して、茫然とするほかない。一体、いつどこでの出来事なのか、しばらく脳が思考を止めてしまうような光景だった。そして、その一番の責任は、言うまでもなく主催者にある。

 常滑市長は「極めて悪質なイベント」「市民の努力を愚弄する悪質なイベント」と、すぐさま主催者を強い言葉で非難した。

 また、大村愛知県知事は、事前に主催者には繰り返し指示や強い要請をしたことが守られていなかったと述べ、厳重に抗議した。

 それに対し、主催者側は公式サイトで「謝罪文」を公表したが、「中止や延期は物理的にできなかった」「酒類の販売もキャンセルできなかった」「マスク着用、ソーシャルディスタンスを促していたが、十分な感染対策とは言えなかった」などと見苦しい言い訳の羅列に終始している。

出演者の謝罪と批判

 出演者も次々に謝罪文らしきものをSNSなどで発表している。「司会からマスクの着用を徹底させる様に伝えました」(原文ママ)などと述べているものの、観客を煽って声を出させているようなシーンを観たあとでは、にわかに信じがたいものがある。

 また、「感染対策は万全だと聞いていた」「そもそも出演すべきではなかった」などとの言い訳ばかりで、一言で言うと本当にダサい。

 一方、ほんの少し救われたような気分になったのは、会場となった愛知県知多半島出身だという17歳のラッパーREINOさんのツイートである。

「出たラッパー、リスペクトしている人たくさん居たけど。ガッカリ。失望。同じラッパーとして恥ずかしい」

「無理してライブしなくても大丈夫な人たちばっか。なのに緊急事態宣言下での野外出演を了承して、ファンに声かけて、声出しさせて」

「感染したファンが出たらどうするの?そういうことも考えられない?俺は17歳でここまで考え及んだけど、他のラッパーは?」

 このように、明快に大物出演者を批判するとともに、他のラッパーが何の声も上げないことに憤慨している。

 言い訳に終始している有名ラッパーのダサさと比べると、清々しいほどに賢明である。

マシュマロ実験

 こうした見事なコントラストを見ると、物事を冷静に判断する能力は、生きた年齢や経験とはあまり関連がなさそうだと思える。このとき、私が真っ先に思い浮かべたのが、スタンフォード大学の心理学者ミシェルが行った有名な「マシュマロ実験」である。

 実験では4歳児に皿に載った1個のマシュマロを見せ、研究者は「食べるのを15分我慢したら、もう1個あげる」と言い残して部屋を出る。

 すると、子どもたちの半分は我慢できたが、残り半分は我慢できずに目の前のマシュマロを食べてしまった。我慢できた子は、健気にも手で目隠しをしたり、歌を歌ったりして「誘惑」を払いのけていた。

 この実験が興味深いのは、その後である。ミシェルは子どもたちを大人になるまで追跡したのであるが、我慢できなかった子どもたちのテストの成績や収入は、我慢できた子どもよりも低く、非行、薬物使用などの割合が多かったという。

 この結果をミシェルは、自己コントロール力の違いによるものだと説明している。自己コントロール力とは、目の前の短期的な「誘惑」に惑わされず、長期的な価値のほうを選ぶ能力である。

 遊びたいけど勉強を優先できた子どもは成績が上がるだろうし、よい仕事に就くこともできるだろう。長期的な価値を求める力は、人生における成功と結びつきやすい。

時間展望

 それはまた、時間展望という認知的な特徴とも関連する。同じくスタンフォード大学の心理学者ジンバルドは、時間展望にはさまざまなパターンがあるが、現在指向型の時間展望の特徴を有する人は、目の前の快楽を優先しがちで、自己コントロール能力も弱いと述べている。

 一方、未来指向型の時間展望を有する人は、長期的な価値に重きを置くため、自己コントロール能力を発揮して目の前の誘惑に惑わされにくい。

 REINOさんが批判するように、フェスの主催者、出演者、観客は、目先の快楽や利益などにしか目を向けられず、感染を広げてしまう可能性を軽視していただろう。さらには、これまでの音楽関係者の努力を一瞬で吹き飛ばしてしまったこと、音楽関係者への信頼を崩壊させてしまったことにも目が向いていない。 

 このように、17歳で長期的な価値に重きを置き、幅広い未来指向時間展望で事態を俯瞰できる人もいれば、いい年をしても目の前のことしか考えが及ばない大人もいる。

 マシュマロ実験は、4歳で将来が決まるのかと暗い気分にさせられるが、ミシェルは「自己コントロール能力は鍛えることができる」と述べている。

 また、マシュマロ実験はその後の研究で再現できなかったという論文もあるが、その論文は自己コントロール能力自体を否定しているのではなく、それは生得的なものというよりも、環境的な影響が大きいのだと論じている。

 つまり、「自己コントロール能力は鍛えることができる」というミシェルの主張をさらに強めたものであると言ってもよい。

 主催者、出演者、そして観客は、今回の大きな失態を深く反省をするのであれば、通り一遍の謝罪で済ませるのではなく、失敗から学んで自分に欠けていた能力を鍛えることで「成長」してほしいものだ。

感染しても自己責任で完結しない

 さて、これから1週間ばかりの間に、フェス関係者から感染者が出ないことを祈るばかりである。しかし、累計ではあるがもはや日本の80人に1人は感染している状況で、1人の感染者も出ないということはほぼ考えられない。

 SNSでは、参加者と見られる人が「なんかもう正直コロナかかっていいくらいのイベント」「なっても行ったこと後悔しない」「楽しかった。これで悔いなくコロナで死ねる」などとツイートしていた。

 しかし言うまでもなく、感染したり発症したりしたら、自己責任で完結すると思ったら大間違いである。

 同じくSNS上では、多くの医療関係者が「心を折られた」「なんかもう疲れました」などと心境を吐露しているが、それでも彼らはフェスで感染した人を絶対に見捨てないであろう。分け隔てなく、すべての人の治療に懸命に当たってくれることは間違いない。

 医療関係者の中にも音楽好きはたくさんいるだろうし、フェスに行きたくても我慢している人がたくさんいることは想像に難くない。しかし、人を助けるために、その使命感ゆえに、自己コントロール能力を発揮しているのである。

 そしてまた、コロナに対する危機感が薄まってきた今、われわれ一人ひとりもフェスの観客と多かれ少なかれ同じような「愚かさ」を共有しているのかもしれない。医療関係者への改めての感謝と敬意とともに、少し自分を振り返り、自己コントロール力の手綱を締める機会としたい。

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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