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感染爆発なのに危機感がない 人々の心理に何が起こっているのか 効果的な対策は?

原田隆之筑波大学教授
(写真:つのだよしお/アフロ)

感染爆発と五輪開催

 東京オリンピックが閉幕した。緊急事態宣言下の五輪開催という異例の事態のなか、まさに感染爆発という事態が続いている。

 前回の記事では、五輪開幕直後の人々の心理とそれが感染拡大に影響を与える点について指摘した(コロナ禍の五輪に熱狂する人々の心理とそこで忘れてはいけないこと)。

 そこでは、外出自粛や営業自粛などを呼びかける一方で、国を挙げての「お祭り」を開催することによって、「出るな」「出かけろ」という矛盾したメッセージが出されることとなり、人々は都合のよいメッセージのほうを受け取ってしまったことの影響を指摘した。

 また、緊急事態宣言が何度も繰り返されることによって、それはもはや「緊急」でも何でもなくなり、むしろ「新しい日常」となってしまったことも要因の1つとして考えられる。新しい刺激や環境に馴れてゆき、それに対する反応が見られなくなることを心理学では「馴化」(じゅんか)と呼ぶ。いま、まさにこの現象が起こっている。

 そして、緊急事態が日常になってしまった反面、「オリンピック」「夏休み」「お盆」といった状況のほうが、「特別」であると感じられ、人々はそちらのほうに反応しているのだといえる。

 さらに、長引くコロナ禍のなかで、人々はコロナに対する認知も変化させている。感染拡大初期は、ほとんどの人がこの未知の病に不安や恐怖を抱いていたが、次第に「コロナはただの風邪」といった認識を持つ人が増えていった。

 その理由の1つは「楽観バイアス」である。「これまで外出や外食をしてきたが、感染しなかった」「周りに感染者はいない」などといった個人的経験を根拠として、現実よりもコロナや自分の感染リスクを低く評価してしまう認知のゆがみを抱くようになったのである。

 実際、国際医療福祉大の和田耕治教授の調査によれば、「日常生活ではコロナに感染すると思うか」という問いに対し、首都圏在住の40-50代の男性のうち「思わない」「あまり思わない」と答えた人が、54%いたという。

 このようなさまざまな心理的メカニズムの影響によって、感染爆発という状況にあっても、危機感を抱く人が少なくなってきていると考えられる。

政府の対応

 今回の緊急事態宣言が出されたとき、さらには宣言の対象地域が拡大されたとき、私は何か新たな対応策が出されるものと思っていた。しかし、政府の対策は相変わらずで、飲食店などの休業・時短要請に加え、「不要不急の外出の自粛をお願いします」というメッセージを出すにとどまっていた。

 これでは、緊急事態に馴れ、楽観バイアスを抱いたりしている多くの国民に「今回もこれまでと同じで大したことない」という「メタメッセージ」(言外の別の意味)を伝えてしまうことになる。

国民の心理が大きく変化しているのだから、対策もそれに合わせて変えていく必要がある。そうしなければ効果は期待できない。政府はいい加減にこのことに気づくべきだ。

 分科会の尾身会長も「国民に危機感が共有されていない」と国会で警鐘を鳴らしているので、政府もそれはわかっているはずである。しかし、五輪開催を強行したという「負い目」もあって、強い措置が取れないでいる。五輪をやっておいて、国民にはさらに行動を制限するのかという批判が起きるのは必至だからだ。まさに自縄自縛に陥っているのである。

 さらに、首相は口を開けば「ワクチン接種で乗り切る」と繰り返してばかりいる。ワクチン接種が急加速していることは評価すべきであるが、それだけに頼ってどうにかなると思っているのは、これもまた「楽観バイアス」に過ぎない。 

なぜ宣言の効果が見られないのか

 昨年春の最初の緊急事態宣言は、言うまでもなくすべての人にとって、それまで経験したことのなかった未曾有の事態であり、コロナへの不安や恐怖もあって、人々は心理的に緊張し、身構え、その結果驚くべき効果があった。

 しかし、そのときと今では、人々の心理が大きく異なっているのだから、その「成功体験」にすがって現状分析を怠り、もはや効果を失った同じような対策を繰り返しているだけでは、人流の抑制には至らず、感染爆発を抑えられないのは自明のことである。

 またここで強調しておきたいのは、緊急事態宣言に馴れてしまい、反発を強めている人々に、さらなる恐怖メッセージを伝えて不安を煽ろうとすると、逆効果になるということである。これを「心理的リアクタンス」と呼ぶ。自由や行動の制限に対して反発する心理を指す用語である。

 また、一度自粛をやめてしまった人は、もう何を言っても止まらない。これを「損失回避効果」と呼ぶ。今、外出や会食などを楽しんでいる人たちは、自粛することを「損」であると感じ、それに対して過剰に反発するのである。

 さらに、外出している人々をテレビや新聞は警告を込めて報じているが、それも逆効果である。それを見ると、「皆遊んでいるのに、自粛しているのは損」「あんなに帰省している人がいるのだから、自分も我慢する必要はない」という思いが加速されてしまう。これは「バンドワゴン効果」である。

効果的な対策とは

 それでは、何も打つ手なしなのだろうか。ひたすらスローガンを繰り返して、自粛を要請するしかないのだろうか。

 そんなことはない。ワクチン頼みの一本槍ではなくて、人々の心理状態を考慮して、心理学や行動科学の知見に基づいた対策を講じるべきである。これまでも何度か提案してきたが、今検討すべきは、行動科学に基づいた「ナッジ」を活用した対策である。

 人流を抑制するために、ロックダウンを検討すべきだという意見が知事会などから出されている。たしかに、今となってはどんなメッセージも効果は期待できないので、物理的に行動を制限する方法には大きな効果がある。とはいえ、ロックダウンは私権の制限や自由の制限を伴う強権的な方法であり、法律の改正も必要だろう。

 一方、「ナッジ」とは、人々の選択の自由を保持しながら、ある方向へと誘導するような介入のことである。

 たとえば、五輪開催中の交通量抑制のために、首都高の料金を1000円上乗せしたが、これは相当な効果を発揮した。それと同じように、緊急事態宣言下で全国の高速料金を上げることは、大幅な交通抑制につながるだろう。これは、ロックダウンとは異なり、移動を「禁止」するのではなく、移動の自由は残されている。高速を使うかどうかの選択の自由は保持したまま、移動することを抑制する効果を持つ。しかも、非常に低コストで大きな効果がある。

 インセンティブを与えることも検討する余地がある。禁止ばかりでは「心理的リアクタンス」が働くので、外出自粛をした人に何らかのインセンティブを与える方法を考慮するべきである。

 すぐにでもできる方法としては、接触確認アプリCOCOAを活用して、感染者との接触が1日確認されなければ100円を付与するなどの方法が考えられる。1年で36,500円だが、もらえるほうはゲーム感覚で楽しめるうえ、一律に10万円配るのに比べるとコストは小さい。

 IOCのバッハ会長は、五輪開催が感染拡大に間接的に影響したという指摘には根拠がないと否定したと報じられている。しかし、その影響がもっと直截に出てくるのはこれからである。さらに、お盆の時期を迎え、今年は昨年よりも帰省などで移動する人が顕著に増加している

 この感染爆発を乗り切るために、政府は今すぐにでも追加的な対策を講じるべきである。

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

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