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「しょうがなくない!」の力強さと無力さ、そしてその先への希望――映画『マイスモールランド』

韓東賢日本映画大学教員(社会学)
右から川和田恵真監督、サーリャ役の嵐莉菜、聡太役の奥平大兼(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 現在公開中の映画『マイスモールランド』。1991年生まれの川和田恵真監督による商業長編デビュー作だ。大げさな作りではないが、リアリティのあるエピソードを丁寧に積み重ねながら細部までわかりやすく作り込むことで、広く多くの人に届く作品になっているように思う。

■「どこから来たの?」

 幼いころから埼玉県で暮らす17歳の高校生、サーリャ。

 サッカーのワールドカップでどこを応援するのかと聞かれ、それが日本ではないことへの「期待」を察してついドイツだと答えたことから、周囲の友だちにはドイツ人だと思われている。面倒なのでそのままやり過ごし、以来、「どこから来たの?」とか「ナニジンなの?」と聞かれたら、そう答えている。

 父マズルムはサーリャと妹のアーリン、弟のロビンを連れ、迫害から逃れて日本に来た。自分たちはどこにいてもクルド人だと、子どもたちにその「誇り」を伝えようと懸命だ。

 そんな一家の難民申請が不認定となり、在留資格を失った一家は仮放免(手続き上入管に収容されるべきとされた人が暫定的に外での生活を認められた不安定な状態)の身となる。

■世界から救う言葉

 小学校の先生になる夢をかなえるため、進学資金を貯めようとサーリャが始めたバイト先で出会った東京の高校生、聡太。仮放免のため許可なく県境を越えることはできないというサーリャの事情に触れた聡太は思わず叫ぶ。

 「しょうがなくない!」。それは、サーリャを世界から救う力を持つ言葉だった。

 サーリャは埼玉県と東京都の県境となっている川を自転車で渡ってバイトに行き、聡太の家にも遊びに行く。聡太もまたその川を越えて、サーリャの家に行く。橋の上や下での2人のシーンは、とても印象的だ。

 こうしたなか、就労が許されていない仮放免の立場であるにもかかわらず家族のために働き続けた父マズルムは、入管に収容されてしまう。事態はどんどん「しょうがない」方に進む。それが日本の現実であり、一見、良心的な悪意のない日本人の大人たちもみな「しょうがない」の奴隷だ。

 若さゆえ、そして共にいるのが当たり前、もっと共にいたいという気持ちの純粋さゆえに、奴隷ではなく、サーリャにつかの間の救いをもたらす存在になることができた聡太も、制度の高い壁の前では無力だ。

■共にいるということ

 1960年代の京都を舞台に、在日コリアンの少女と日本人の少年の恋愛を軸にした映画『パッチギ!』(2005年、井筒和幸監督)でも、両者を分かつものとしての川が象徴的に使われていた。そしてとくに主人公の父親や、また周囲の日本人をめぐるエピソードは、やはりおそらく1980年代の在日コリアンの少年と日本人の少女の恋愛を描いた『GO』(2001年、行定勲監督)を思い起こさせる。

 在日コリアンと在日クルド人、時代やおかれた状況や作品のテーマは異なるかもしれないが、国籍や立場を超えた若者たちの友情や恋愛、ルーツをめぐるアイデンティティの葛藤という意味では重なり合うところも多い。何よりも青春映画だ。

 ネタバレになるので、ストーリーについてはこれ以上語らない。だが、在日クルド人がおかれた過酷な状況、それをもたらしている高すぎる制度の壁の前で、楽観的な未来を感じさせるようなラストになりえないのは残念ながら自明だ。

 でも私は、「しょうがなくない!」と叫んだ聡太の若さ、率直さゆえの正しさを信じたい。スクリーンの外の、その先に希望を託したい。壁を壊し、本当に世界を救うのはこれからだ(蛇足かもしれないが、だからこそ、世界に復讐しようとする在日コリアンの少女と日本人の少年による逃避行を描いた『アジアの純真』(2009年、片嶋一貴監督)の少年は、世界を爆破するのではなく世界を変えるためにそこに踏みとどまらなくてはならなかったと思っている)。

 私たちはすでに共にいるし、何もしょうがなくはないのだ。

『マイスモールランド』

在日クルド人の少女が、在留資格を失ったことをきっかけに自身の居場所に葛藤する姿を描いた社会派ドラマ。是枝裕和監督率いる映像制作者集団「分福」の若手監督・川和田恵真が商業映画デビューを果たし、自ら書き上げた脚本を基に映画化した。クルド人の家族とともに故郷を逃れ、幼い頃から日本で育った17歳のサーリャ。現在は埼玉県の高校に通い、同世代の日本人と変わらない生活を送っている。大学進学資金を貯めるためアルバイトを始めた彼女は、東京の高校に通う聡太と出会い、親交を深めていく。そんなある日、難民申請が不認定となり、一家が在留資格を失ったことでサーリャの日常は一変する。自身も5カ国のマルチルーツを持つモデルの嵐莉菜が映画初出演にして主演を務め、『MOTHER マザー』の奥平大兼が共演。2022年・第72回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門に出品され、アムネスティ国際映画賞スペシャルメンションを贈られた。(映画.comより)

2022年製作/114分/G/日本・フランス合作

配給:バンダイナムコアーツ

https://mysmallland.jp

日本映画大学教員(社会学)

ハン・トンヒョン 1968年東京生まれ。専門はネイションとエスニシティ、マイノリティ・マジョリティの関係やアイデンティティ、差別の問題など。主なフィールドは在日コリアンのことを中心に日本の多文化状況。韓国エンタメにも関心。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィ)』(双風舎,2006.電子版はPitch Communications,2015)、共著に『ポリティカル・コレクトネスからどこへ』(2022,有斐閣)、『韓国映画・ドラマ──わたしたちのおしゃべりの記録 2014~2020』(2021,駒草出版)、『平成史【完全版】』(河出書房新社,2019)など。

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