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子どもたちを犠牲にする政治、救おうとしない司法――朝鮮高校「無償化」訴訟東京高裁判決

韓東賢日本映画大学教員(社会学)
判決後の集会は1100人の参加者で埋め尽くされた(『朝鮮学校のある風景』提供)

 朝鮮高校を高校無償化・就学支援金制度の指定対象から外したのは違法だとして、東京朝鮮中高級学校高級部の元生徒61人が国に対して国家賠償を求めた訴訟の控訴審判決で東京高裁は10月30日、元生徒側の控訴を棄却し、昨年9月の一審地裁判決を支持した。高裁は判決で、「不指定処分は違法とはいえず、国による裁量権の逸脱、濫用もまた認められない」としたが、そのロジックにはかなり無理があり、屁理屈としか言えないようなものだった。

■審査中に根拠規定を削除し不指定通知

 2010年4月にスタートした高校無償化・就学支援金制度は、2009年9月に成立した民主党政権が、衆院選に際して掲げたマニフェストのひとつとして打ち出したもの。教育の機会均等をはかることを目的に、公立高校の生徒からは授業料を取らず、私立高校および認定した外国人学校・インターナショナルスクールに通う生徒には、学校を通じて公立高の授業料相当分の就学支援金を支給する、という制度だ。

 この制度が画期的だったのは、高校相当の外国人学校に通う生徒まで国からの経済的支援の対象にしたことで、朝鮮高校も念頭においた制度設計が行われた。

 具体的には、施行規則で〈イ〉本国認定校(ブラジル、中華、ドイツ、フランス学校など)、〈ロ〉国際的評価機関認定校(多くのインターナショナルスクール)、〈ハ〉個別認定――という3つのカテゴリーを設け、どれかに該当すれば適用するという仕組みがつくられた。使用言語と民族科目以外は日本の学制や教育指導要領に即し、在日コリアンの現状に即した自前のカリキュラムを組んでいる朝鮮高校は〈ハ〉に分類され、予算も組まれていた。

 だが、2010年3月の法案成立を前にして、政府、与野党内外から異論が出始め、4月の制度開始において朝鮮高校だけが適用留保とされた。

 その後、専門家による検討会議が発足し、制度の理念に沿って個々の教育内容は基準とせず、外交上の配慮ではなく教育上の観点から客観的に判断すべきとの適用基準が示された。これを受け10校の朝鮮高校が申請し、審査会による審査が始まったが、11月、当時の菅直人首相が北朝鮮による韓国への砲撃事件を理由に審査の中止を指示。翌2011年8月に審査は再開したが結論を出さないまま、民主党政権は2012年12月に終焉を迎える。

 野党時代から朝鮮高校への制度適用に反対していた自民党が政権に復帰し、当時の下村博文文科相は就任直後の12月28日、「規定ハ」を削除する意向を示した。そして文科省は2013年2月20日、省令改正により朝鮮高校を念頭に設けられていた根拠規定である施行規則の「規定ハ」を削除したうえで、朝鮮高校に不指定処分を下した。

 審査中であったにもかかわらず指定の根拠となる規定そのものを削除し、それを理由に不指定にしたのだから、後出しじゃんけん、だまし討ちもいいところである。制度が存在し審査も進行していた状況で、根拠規定をなくしでもしないと不指定にすることができないと考えたのだろうか。

■2つの理由の矛盾認めながら屁理屈で強弁

 さすがに後ろめたかったからか、不指定の理由には「規定ハ」の削除だけでなく、「規程13条」の適合性もあげられていた。「規程13条」とは「規定ハ」による指定のための下位規定で「適正運営」がうたわれているが、審査会では「客観的基準を満たす」「重大な法令違反は認められない」などとされていたことが明らかになっている。とはいえ下位規定であるため、「規定ハ」が削除されれば「規程13条」も存在しない。つまり、この2つが理由として並置されるのは、大きな矛盾だ。

 控訴審の審理で東京高裁は、この2つの理由の関係について論理的に説明するよう国側に求め、国側は「2つの理由は論理的には成立しえない」と認めていた。実際、判決要旨にもこうした事実や、「(国側の)説明にはやや一貫性を欠く点はなくはない」などといった歯切れの悪い文言が並ぶ

 だがそのうえで東京高裁は判決で、「規定ハの省令改正がなくとも規程13条に適合しなければ不指定処分をすることは可能であり、行政処分の発生と効力は別問題である」「不指定処分は遅くとも省令改正の官報公告がされるまでには、すでに成立していたものと認められる」という屁理屈をこね、不指定処分の理由は「規定ハ」ではなく「規程13条」だと強弁した。要は、「規定ハ」を削除する前に文科省内部で不指定処分が成立していたので、その告知時に根拠規定がなくなっていても問題ない、ということだ。

 そもそも最大の争点は、明らかに政治・外交的な理由によって根拠規定となる「規定ハ」を削除し、朝鮮高校を無理やり不指定にしたことが、教育の機会均等を目的とした高校等就学支援金制度に照らして違法だという点だった。だが東京高裁はこれについては判断を避け、「不指定処分は違法とはいえず、国による裁量権の逸脱、濫用もまた認められない」として、元生徒側の控訴を棄却。不指定処分が政治・外交的理由であることを認めず、十分な理由もなくその合理性を主張する国の判断を追認した一審判決を支持した。

■「規定ハ」の普遍的価値とその削除が持つ意味

 前述したように、削除されてしまった「規定ハ」は、本国と同じカリキュラムでもなく、国際評価機関が認めたカリキュラムでもなく、オリジナルで高校相当の教育を実施している外国人学校、国際学校を文科省が自ら認めようといういわば「ポジティブ」な枠だ。何も朝鮮学校だけが対象となっていたわけではない。実際、コリア国際学園はこの枠で就学支援金支給の対象として指定された(「規定ハ」なき現在、「当分は指定の効力を有する」という扱いになっており、そういう意味でも削除はめちゃくちゃだ)。

 在日コリアンのみならず、外国にルーツを持つ多様な子どもたちが増えている現状で、子どもたちのニーズに即したよりよい教育を考えた場合、公教育の多様化とともに、多様な教育施設への公的支援を行っていく方向性は当然ありうるだろう。東京高裁は今回、皮肉にも「規定ハ」を削除しなくても朝鮮高校を不指定処分にできると判断したわけだが、自民が政権復帰した当時の文科省は、目先の辻褄合わせに汲々とするあまり、「規定ハ」の普遍的な価値とその削除が意味するものを見失っていた。

 判決後に開かれた集会で配布された資料によると、制度開始の2010年度から2017年度まで、全国10校の朝鮮高校生が受けた被害額の累計は17億8,200万円にもなるという(生徒数1,500人、目安世帯年収350~590万円と仮定して概算)。そもそも高校無償化・就学支援金制度は、「学校」ではなく、生徒ひとりひとりに対する支援制度である。政治の犠牲になった子どもたちを、救うのが司法の務めなのではないだろうか。

 同様の訴訟は東京のほかに大阪、愛知、広島、福岡の計5か所で起こされている。二審まで進んだのは今回の東京のほか大阪で、一審で勝訴したもの先月の二審でやはり敗訴している。愛知、広島が一審敗訴、福岡はこれからだ。

日本映画大学教員(社会学)

ハン・トンヒョン 1968年東京生まれ。専門はネイションとエスニシティ、マイノリティ・マジョリティの関係やアイデンティティ、差別の問題など。主なフィールドは在日コリアンのことを中心に日本の多文化状況。韓国エンタメにも関心。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィ)』(双風舎,2006.電子版はPitch Communications,2015)、共著に『ポリティカル・コレクトネスからどこへ』(2022,有斐閣)、『韓国映画・ドラマ──わたしたちのおしゃべりの記録 2014~2020』(2021,駒草出版)、『平成史【完全版】』(河出書房新社,2019)など。

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