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探しているのに見つからない

羽田野健技能習得コンサルタント/臨床心理士/公認心理師/合同会社ネス
著者撮影

「探しているものがいつまでも見つからない」といった経験や、「考えているのに思い浮かばない」といった経験は、誰もがするものです。

例えば、書類や資料が必要なとき、色々な所を探してもなかなか見つからなかったり、重要なメールをキーワードで検索しても、全くヒットしないといったことがあります。

また、上記の探しものとは少し違いますが、何かいいアイディアがないかと考えを巡らせているときほど、全く思い浮かびません。

前者は具体的なものを探している点で「物理的な探しもの」、後者は頭の中で形のない何かを探している点で「認知的な探しもの」です。

注意のズームレンズ

なぜ探しものが見つからないのでしょうか。

そこにはいくつもの理由が複合的に関わっていると思われますが、理由の一つに、「注意のズームレンズ」の働きがあります。

文献1に、以下のようにかかれています。

「ズームレンズは、レンズが近接側によると見える範囲が広がる代わりに遠くの対象は小さくしか見えないのに対して、望遠側によると、見える範囲は狭くなるが遠くの対象が大きく見える。注意も同様に、狭い範囲に向けられると、それだけ特定の対象の処理が促進されるのに対して、広い範囲に向けられると、そこに含まれる対象は等しく注意の影響を受けるが、特定の対象の処理促進効果は小さくなる」(p14)

少し噛み砕いて説明します。

例えば、筆者は、画像の場所でバス停を探していました。

いくつかある標識から、探しているバス停を見つけるには、その特徴と一致するものを、一致しないものと区別しなければなりません。

そのためには、探す範囲を絞って、「これはバス停の特徴と違う」とか、「この標識は見たけど、あっちはまだ見ていない」などを、次から次へと詳しく検討しなければなりません。このような状況では、注意が狭い範囲にズームインし、バス停という「特定の対象の処理が促進されている」状態です。

ところが、注意をズームインした範囲に、探しものがないこともあります。

ズームインした範囲になければ、注意をズームアウトして、広い範囲に向けます。そうすると、「そこに含まれる対象は等しく注意の影響を受ける」ことになります。この画像の場所では、あたりをざっと見渡すことになります。

そこから、次に注意をズームインすべき範囲や対象を選び、ズームインします。

なぜ見つからない状態が続くのか?

注意のレンズでズームイン、ズームアウトを繰り返しているとき、たいていの場合無心ではなく、感情が動いています。

探している人の感情が加わると、ズームアウト、ズームインを切り替えることが難しくなります。

バス停を探していたとき、バスの時間が迫っていることはわかっていたので、「見つからない!」と焦っていました。しかも、この日はちょうど午後から台風が直撃する予報が出ており、それまでにバスに乗れなかったら、と不安を感じたりしていました。

こうした状況では、「認知的な視野狭窄」という状態になることが知られています。

認知的視野狭窄になると、まるで筒を覗き込んでいるように視覚や聴覚から入ってくる情報が非常に限られてしまいます[文献2P33]。

その結果、注意のレンズが、ズームインしたまま固定されてしまうことになります。

どうすればよいのか?

認知的な視野狭窄の状態になった場合、どうすればよいのでしょうか。

技能五輪選手を例に見ていきます。

技能五輪選手は、特に競技の序盤、及び終盤に、こういった状況に陥りやすくなります。これらの時間帯は時間の負荷が強くかかり、焦りが増します。その中で作業に使う部材や機材を物理的な探しものをしたり、作業ミスをしてそのリカバリ方法について認知的な探しものをしたりしなければならないからです。

そんな時、主に2つの方法で対処します。1つは認知的タイム・アウト、もう一つは認知的スロー・ダウンです。

認知的タイム・アウトは、作業する手を一旦止め、水を飲んだり、10秒数えたり、10回呼吸をするなどで、頭の働きをリセットする行為です。まるでスポーツの試合中にタイム・アウトをとって立て直すように、あえて立ち止まり、注意のレンズのコントロールを立て直します。

時間の負荷が強い中、「何もしない」時間を作るとかえって焦りそうですが、普段の訓練からそういった判断を磨くことで、可能となります。

認知的スロー・ダウンは、作業するスピードをあえて遅くし、「速くしなければ」という焦りや不安を沈静化する方法です。熟達した技能五輪選手の中には、作業速度をbpmで把握している選手もいます。「見つからない」時、bpmが普段よりずっと速くなっています。

これは高速走行している車が標識や人を見落としやすい状態に似ています。そんな時は、あえてゆっくり動いたり、あたりを見回したりして、注意のレンズが働きやすい状況を作り直します。

日常の探しもの

私達が日常で経験する物理的な探しもの、認知的な探しものでも、タイム・アウトやスロー・ダウンは効果的です。

もの見つからない、アイディアが思い浮かばないと思った時、顔を上げて10秒待ってみると、「あ、まだあそこ探してない」とか「こういうのはどうだろう」が浮かぶかもしれません。

また、探すことに一生懸命で、知らずに焦っている可能性もあるので、そういうときは少しスロー・ダウンすると、いつも発揮している考える力を復旧できるかもしれません。

写真の場所は、筆者がまさにタイム・アウトして、全体を見渡したところでバス停を発見し、撮影したものです。まさか交通標識と同じ外見をしているとは思っていなかったのですが、「BUS STOP」の文字を見つけた時は、本当にほっとしました。

技能五輪選手と違っていつでもタイム・アウトやスロー・ダウンできるわけではありませんが、知っていることで、いざという時そういう方法も試すことができれば、十分だと思います。

引用文献

1.原田悦子, & 篠原一光. (2011). 現代の認知心理学 4―注意と安全. 日本認知心理学会 (監修), 北大路書房, 京都.

2.ジェフ・ワイズ著, ニキ リンコ訳.(2010).奇跡の生還を科学する 恐怖に負けない脳とこころ. 青土社, 東京.

技能習得コンサルタント/臨床心理士/公認心理師/合同会社ネス

技能の習得・継承を支援しています。記憶の働き、特にワーキングメモリと認知負荷に注目して、技能の習得を目指す人が、常に最適な訓練負荷の中で上達を目指せるよう、社内環境作りを支援しています。主なフィールドは、技能五輪、職業技能訓練、若者の就労、社会人の適応スキルです。

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