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「やれたらいいな」を「やってみよう」へと変える勇気 - 「日本語版勇気尺度」に学ぶ2つのコツ

羽田野健技能習得コンサルタント/臨床心理士/公認心理師/合同会社ネス
著者撮影

誰しも「もう少し自分に勇気があればやれたのにな」と思った体験があるのではないでしょうか。

勇気が求められる状況は大小さまざまです。大きなものでは就職や転職をする、キャリアを左右するような重要なプレゼンにのぞむ、起業する、結婚するなどです。いずれも人生に関わる状況です。小さなものでは、気難しい人にちょっとした頼み事をするとか、同僚に自分の要望を伝えるとか、前から興味があったけど入りにくいと思ってたお店に入るなどです。「やってみよう」と思うことも「やめておこう」と思うこともあります。

もし勇気を出すコツのようなものがあれば、「やってみよう」と思ったのに「できなかった」体験は減るかもしれません。また、勇気を出してほしいなと思う人に対して、効果的な助言ができるかもしれません。

この記事では、専門論文誌の心理学研究に掲載された「日本語版勇気尺度の作成-項目反応理論を用いた尺度構成」(下司, 吉野, & 小塩, 2023)を参考にして、勇気とは何か?どのような人が勇気がある人と言えるのか?を整理し、上記の論文から導き出せる勇気が出るコツを探してみたいと思います。

そもそも勇気とは?

上記の論文では定義がいくつか引用されています。例をあげると、勇気は「利用可能な資源を上回るほどの脅威を知覚し、恐怖を感じながらも、有意義な理由のために行動できること」や「恐怖を感じないのではなく恐怖に屈せず立ち向かうこと」などと定義されます。ポイントは2つで、1つは恐怖を感じないのではなく、恐怖を感じながらもそれに耐えて行動することです。もう1つはそうするに足る理由があるということです。

定義をもとに「勇気がある人とはどんな人か?」をあえて一言で整理するなら、「自分では対処できないかもしれない大きな恐怖や脅威を感じても、大切な目標のために行動できる人」といえます。

勇気はさまざまな心理的指標と関連しているようです。例えば就職活動をしている人では、勇気がある人の方が満足度が高いようです。就職活動では、「自分は採用されるだろうか」「自分の力は採用基準に達しないのではないか」など様々な恐怖が感じられます。勇気のある人は、そうした恐怖を感じないのではなく、感じても屈せずに行動しつづけることで、成功しているのかもしれません。

では、どのくらいの人がそうした行動をとれるのでしょうか。特に「恐怖に屈しない」という面から勇気の特徴を踏まえて作成された「日本語版勇気尺度」では1,000人に調査を行っており、各項目に対して回答者は「1.まったくそうしない〜7.いつもそうする」のいずれかに回答しました。以下のグラフはその結果をまとめたものです。いずれの項目も回答の平均値は3.5あたりです。これを見ると、勇気ある行動をとれる人は、実はそれほど多くない可能性があります。

下司 et al(2023)のTable1より、筆者がTableau Publicにて作成
下司 et al(2023)のTable1より、筆者がTableau Publicにて作成

このデータで筆者が注目する点は2つあります。1つは平均値が最も高い項目5の「私にとって恐ろしいことでも、立ち向かうべき重大な理由があれば、私は立ち向かう」です。もう1つは平均値が最も低い項目3の「たとえ危険に思えることであっても私はやる」です。つまり、比較的多くの人は、重大な理由があれば怖くても立ち向かう一方で、危険だと思うことにはあまり立ち向かわない傾向がある、ということです。

下のグラフは、各項目の平均値を横軸、回答の個人差の大きさをあらわす標準偏差を縦軸にとった散布図です。これを見てみると、項目5は特に回答の個人差がおおきいようです。一方で、項目3は5に比べて小さいようです。このことから、重要な理由があっても行動するかは個人差が大きい一方で、危険だと思うことに立ち向かわないのは誰でも一緒、という可能性が読み取れます。

下司 et al(2023)のTable1より、筆者がTableau Publicにて作成
下司 et al(2023)のTable1より、筆者がTableau Publicにて作成

勇気が出るコツとは?

「日本語版勇気尺度」のデータから、2つのコツを導き出すことができます。1つは、勇気ある行動には重要な理由が必要なこと。もう1つは、危険が大きすぎないことです。

冒頭で述べたように、勇気が求められる状況は大小さまざまあります。大きなものでは人生を左右するような状況、小さなものではちょっとしたお願いや要望を伝えるなどです。いずれも、「やってみよう」と思うことも「やめておこう」と思うこともあります。もし「やってみよう」と思えたなら、怖くても立ち向かうほどの重要な理由があったのでしょう。重要と一言でいっても、重たいとか真剣なというだけではなく、意味があるとか、価値のあるというものも含まれます。例えば「このプレゼンが成功すれば夢だった仕事ができる」場合などは、夢へのワクワクが怖さに勝った、つまり価値があったと見ることができます。あるいはあまり危険を感じなかったり、許容範囲の危険だったのかもしれません。例えば、「断られてもひどい思いをしない」とか、そもそも「断られないだろうと」と思えたら、行動できそうです。

勇気を出したくても出せなさそうなとき、これらの2つのコツを問いかけてみると、突破口が見えてくるかもしれません。例えば、

  • 「行動すると何が得られるか?それは自分にとってどのくらいワクワクするか?」
  • 「危険だと思ってることは具体的に何?それは許容可能?」

などです。

また、勇気の再現性を高める視点では、勇気が出せた場面を振り返ってみるのも効果的です。その場面では何が重要な理由だったか、あるいは危険をどのように認知していたかを振り返ると、勇気を求められたときに、どのようにすればよいかのヒントがつかめるかもしれません。

本記事では、「日本語版勇気尺度」を参考にして、個人の頭の中で考えたり整理したりしてできること(認知的なこと)に焦点をあてて、勇気を出すコツについて整理してきました。他にも、例えば周りの人の励ましであったり、不安や恐怖に対処する方法であったり、勇気をだす上で有益な方法はいろいろとありますが、それらと組み合わせの上で、「勇気を出したいけど出せない」ときに、上記のような2つのコツを問いかけてみると、気持ちに整理がつき、一歩踏み出せるのではないでしょうか。

引用文献

下司忠大, 吉野伸哉, & 小塩真司. (2023). 日本語版勇気尺度の作成── 項目反応理論を用いた尺度構成──. 心理学研究, 94(1), 43-53.

技能習得コンサルタント/臨床心理士/公認心理師/合同会社ネス

技能の習得・継承を支援しています。記憶の働き、特にワーキングメモリと認知負荷に注目して、技能の習得を目指す人が、常に最適な訓練負荷の中で上達を目指せるよう、社内環境作りを支援しています。主なフィールドは、技能五輪、職業技能訓練、若者の就労、社会人の適応スキルです。

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