近年、技能五輪国際大会(World Skills:以下、ワールド・スキルズ)において、日本代表は、獲得メダル数こそ上位ですが、その国の代表選手全体の実力を反映するとされるAPS(Average Point Score)では、大会ごとに順位を落としています。

例えば、前回のワールド・スキルズ2015では、日本の総メダル獲得ポイントはブラジル、韓国に次いで 3 位でした。ただし、この指標は参加職種が多い国ほど高くなるため、参加職種が多い国ほど有利となります。一方で、先述のAPSは、9位でした。

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もちろん、選手に実力がないわけではありません。例えば、2013年のワールド・スキルズでは、大会MVPに相当するアルバート・ビダル賞を、日本の選手が受賞しています。

ただ、APSの低下に歯止めがかからない現状は、「何かを変える必要がある」ことも示しています。

こうした現状を打開するため、競技課題、訓練環境、指導方法など様々なものを対象に、強化のあり方を見直す流れが生まれています。

そこで注目されているものの1つが、エキスパートのスキルです。

エキスパートとは、選手とともにワールド・スキルズに参加する専門職のことです。

1職種につき、選手とエキスパート、通訳の計3名がチームとなり参加しますが、エキスパートの役割は大きく分けて2つあります。

1つは、選手の指導です。もう1つは、国際大会の競技課題作成、評価、採点などです。エキスパートは、他国のエキスパートや競技運営チームとコミュニケーションを取りながら、競技課題を作成します。

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ワールド・スキルズの競技課題や評価基準が、国内大会のものと大きく乖離してしまうと対応が難しくなるため、エキスパートがどのような競技課題を作成し、どんな基準で採点するかは、重要です。

実際に、エキスパートのコミュニケーションと選手の成績の関連性が示されています。

競技課題や評価基準等をウェブ上で話し合う「フォーラム」で、各職種のエキスパートの発言数とそのエキスパートが所属する国のメダル獲得数に注目した分析から、発言数の最も多いエキスパートの国が、80%以上の確率でメダルを獲得していることがわかりました[文献1]。

もちろん、関連性には様々な要因が媒介、交絡すると推察されますが、コミュニケーションの重要性を示唆するデータの1つと考えられます。

こうした点も踏まえると、エキスパートが他国のエキスパートと、どうコミュニケーションするか、すなわち、エキスパートが持つコミュニケーションの戦略やスキルが重要といえます。

これらの背景を踏まえ、エキスパートのコミュニケーション・スキルを強化する取り組みが始まっています。その一つが、通訳を介したコミュニケーションのトレーニングです。

日本人同士で話す場合、感覚や暗黙の了解を共有していることが多く、「なんとなく」コミュニケーションしても、伝わるものです。

しかし、これらを共有していない他国のエキスパートとコミュニケーションする場面では、「なんとなく」がネックとなります。

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例えば、20分後に開始のはずが、直前になって10分後に変更されるようなことがあります。素直にそれを受け入れるのではなく、「いや、まだ準備中だし本来は20分後に開始のはずだから、せめて15分後にしてください」と明確に主張することも必要となります。

しかし、国際舞台で、なんの準備や訓練もなく、すぐに主張を言語化することは難しいものです。

また、言葉にすることが出来ても「ちょっと待ってよ」などでは、文字通り1分ほどしか待ってもらえないかもしれません。

このような問題に対処するために通訳を介したコミュニケーションに関する取り組みが、今年の7月に初めて実施されました。

その中で、エキスパートの方々が、主語を省略しやすいなどの日本語の特性を踏まえ、自分の言葉が通訳を介するとネイティブ・スピーカーにどう伝わるのか、選手が技能を発揮するために重要となる繊細な感覚や条件を、どう言葉にし、通訳を介して主張するかなどを、演習も交え学びました。

このような取り組みから見えるのは、エキスパートに「言葉などを駆使し感覚を明示する」ことが求められており、「言葉の技能」を高める重要性が増しているということです。

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コミュニケーションのあり方が成績と高い関連性を示すことは、先に述べたとおりです。

従って、エキスパートは、言葉を道具のように使いこなし、選手が力を発揮しやすい環境を作ることが求められています。

ただ、たとえ母国語でも、言葉を使いこなすことは簡単なではありません。

技能の行使には作業自体の感覚に加え、何を良い・悪いと評価するかの感覚や、どんな状況・条件が良いかの感覚など、様々な感覚があります。

感覚を言葉にすることが難しく、「ビュッとやるんだよ」とか「ばーってやんないで」などのようになります。

さらに、なんとか言葉にしても、実際の感覚と程遠いことが多く、実際の感覚に言葉を近づけるのは、もっと難しいものです。

つまり、そもそも言葉にするのが難しいのに、その精度を上げる難しさにも取り組まなければならないわけです。

しかし、道具と同じように、「言葉の技能」は使い続けることで上達します。「どうしたら表現したいことを表現できるか?」と、問い続けることが必要です。

また、色々な用途の道具が揃うほど作業の幅が広がるように、色々な言葉を収集し言葉のラインナップを増やすことで、表現できる幅や深さが広がります。

「言葉の技能」に注目した取り組みは始まったばかりですが、その重要性は増すばかりです。10月から始まるワールド・スキルズでフィードバックを得て、今後さらに発展していくことが期待されます。

[文献1]:菊池拓男. (2016). 技能五輪国際大会のエキスパートに求められるスキルに関する実証的研究. 職業能力開発研究誌, 32, 45-54.