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東京地検特捜部「柿沢氏公選法違反事件」捜査への疑問、国会閉会後の動きに注目

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:西村尚己/アフロ)

4月の東京都江東区長選をめぐる自民党衆院議員、柿沢未途・前法務副大臣の公職選挙法違反事件、木村弥生前区長陣営が選挙期間中に違法な有料ネット広告を掲載したという同法違反容疑についての柿沢氏の関与が問題とされていたが、その後、柿沢氏本人を買収の容疑者とする捜索差押許可状に基づく柿沢氏の江東区の事務所の捜索も行われ、柿沢氏本人を被疑者とする公選法違反事件が買収容疑に拡大した。

その後、具体的な容疑事実の内容も、報道により概ね明らかになってきたが、報じられている公選法違反容疑のいずれにも問題があり、捜査は難航していると思われる。

報道やマスコミ関係者の話を総合すると、公選法違反の容疑事実とされているのは、以下の3つのようだ。

  • (1)自民党江東区議会議員への現金供与
  • (2)自民党区議以外への現金供与
  • (3)木村候補の選挙スタッフ(運動員)らへの報酬支払

(1) (2)については、「政治家間の金銭の授受」の買収罪による摘発は、「政治資金の寄附」との関係で、一般的には容易ではない。その上、柿沢氏が金銭供与を問題にされている江東区議は、江東区長選挙と同時に区議会議員選挙の候補者でもあり、同選挙の「陣中見舞い」との主張は、河井克行氏の場合の、参議院選挙の3か月前の統一地方選挙での「陣中見舞い」「当選祝い」の主張より説得力を持つ。一方で、金銭を受領した区議が「陣中見舞い」を同区議選の「選挙運動費用収支報告書」の収入欄に記載していなかった場合には、その弁解自体が「選挙運動費用収支報告書の不記載」を自白することになるとの弱点もあることを前回指摘した(【柿沢未途議員・買収事件、区議選「陣中見舞い」の弁解に“致命的な弱点”】)。

しかし、結局、(1)については、約10名に各20万円を渡そうとしたものの、受領したのが5人、そのうち2人は間もなく返還したとのことで、実際に金銭が渡っているのは3人、しかも、そのうち、1人は、「区議選の選挙運動への寄附」であることを、選挙運動費用収支報告書の収入欄に記載しており、「陣中見舞い」であることが裏付けられている。他の金銭を受領した2人についても、「陣中見舞い」の主張の支えになるものと言える。 

結局のところ、(1)の金銭供与は立件可能なのは3件、そのうち1件について「選挙費用の寄附」であることが選挙運動費用収支報告書によって裏付けられているとなると、他の2件についても買収罪としての立件のハードルは相当高い。

(2)の自民党江東区議以外への金銭供与についても、区長選挙で木村氏を応援した区議を中心に多数人が取調べの対象とされているようだが、自白獲得は難航しているようであり、果たして金銭の供与があったのかも疑問だ。河井事件の際には、参議院選挙に関する金銭供与の相手方・金額を記載したメモが押収されていたが、それとは異なり、裏付けのない買収の疑いについて自白を迫るような取調べにならざるを得ない。とりわけ、現職区議については、公選法違反での処罰が公民権停止による失職につながることから、仮に、「金銭供与を受けた」との自白が得られたとしても、河井事件で不起訴による利益誘導が問題になったのと同様に、自白の信用性には重大な疑問が生じざるを得ない。

結局のところ、(1)(2)の「区議等に対する金銭買収」の立件は、極めて限られたものにしかならない見通しである。そこで、買収金額の上積みを図るため、(3)に関して、約91万円の運動員への報酬支払を買収罪で立件することが検討されているものと考えられる。

河井事件においても、県議会議員・市議会議員等の地方政治家等に対する現金供与のほかに、選挙事務所のスタッフ6名に対する合計約377万円の現金供与の公選法違反の事実も立件され起訴された。

しかし、柿沢氏については(3)の運動員への報酬支払は、外形上は、法定の上限の範囲内の合法的な報酬支払の認識で支払・受領が行われたものが多いようであり、河井事件での「運動員スタッフへの供与」とは、性格が異なる。

11月24日付け朝日新聞は、柿沢氏側の木村陣営スタッフへの報酬支払について、以下のように報じている。

《少なくとも13人に計約91万円の報酬を支払ったとみられることが、関係者への取材でわかった。東京地検特捜部は、公職選挙法が買収として禁じる運動員への違法報酬にあたる疑いがあるとみて、スタッフや柿沢氏の秘書らから事情を聴いている。》
《柿沢氏の秘書は1月から告示前の4月まで、「宣伝カー」の運転手などを担ったスタッフに日当を支給した。告示後の選挙期間中は、選挙カーなど車2台の運転手や、車からマイクで候補者名などを連呼する車上運動員らに報酬を支払った。》
《特捜部は、約91万円は運動員買収にあたる疑いがあるとみて、柿沢氏の秘書やスタッフに経緯を確認。柿沢氏の秘書は約91万円を木村氏側に請求したが、木村氏側は支払いを拒んだという。》

これに関連して、12月2日付け東京新聞記事が

《選挙期間中に木村弥生前区長陣営の車上運動員だった前区議が、本紙の取材に「法定上限内で報酬を得た」と説明したにもかかわらず、木村氏が選挙にかかった費用をまとめた報告書には支払った記録がないことが分かった。》
《前区議によると、選挙期間中に車上運動員として活動し、報酬を得るため、区選管に届け出もあったという。公選法は、運動員への報酬は1日1万5000円以内と定めている。
ところが、木村氏側が区長選後に区選管に提出した「選挙運動費用収支報告書」を本紙が確認したところ、前区議に報酬を支払った記録はなかった。
木村陣営の運動員らへの報酬を巡っては、柿沢氏側が1~4月、計13人に総額約91万円を支払っていた疑いが浮上している。関係者によると、支払われた相手の1人が前区議だという。》

と報じている。 

朝日記事によると、(3)の「約91万円の運動員への報酬」には、「告示前の4月まで」の「宣伝カーの運転手などを担ったスタッフへの日当」と「告示後の選挙期間中」の「選挙カーなど車2台の運転手や、車からマイクで候補者名などを連呼する車上運動員らに報酬」の両方が含まれているようだが、大部分は後者の「告示後の運動員報酬」であり、東京記事で取り上げている「車上運動員だった前区議への報酬」は、後者の典型例ということだろう。

いずれも捜査対象とされている(3)についての記事なのに、「買収の疑い」とする朝日記事と、「選挙運動費用収支報告書の不記載」とする東京記事とはかなり意味合いが異なる。

二つの記事を総合すると、以下のような事実関係のようだ。

木村氏の車上運動員らに対する約91万円の報酬は、柿沢氏の秘書から運動員に対して支払われ、運動員の側では、法定の範囲内の金額の報酬ということで、選挙管理委員会(選管)への届出も行われている合法的報酬と認識して受領したようだ。木村陣営側からの支払代行か立替えの認識で柿沢氏の秘書から受領したのであろう。このような支払について、木村氏側で選挙後に「選挙運動費用収支報告書」を作成・提出する際に、何らかの事情で、約91万円の報酬の支払が支出欄に記載されていなかった。

そこで、検察は、柿沢氏側からの木村陣営の運動員らへの報酬支払を、(公選法上所定の手続をとらず)「木村氏に当選を得させる目的で」選挙運動者に対して金銭を支払ったとして、公選法に違反する運動員買収に該当する可能性があると見て捜査している、ということなのであろう。

しかし、そのような事実関係であれば、柿沢氏側の運動員に対する報酬支払が買収罪に該当するとは言い難いように思える。

運動員側が、「法定上限内で報酬を得た」との認識で報酬を受領し、しかも「区選管に届け出もあった」というのであれば、運動員側には、「法律上許容されない選挙運動の対価を受領した」との認識はなく、被買収の「故意」がないので、公選法違反の犯罪(受供与罪)は成立しない。

柿沢氏側も、選管への届出も行った上での法定の範囲内の運動員報酬の支払いとの認識で報酬を支払ったのであれば、公選法違反の買収罪(供与罪)についての「故意」がない。また、上記のとおり、法定の範囲内の報酬だと認識して受領した運動員側に受供与罪が成立しない以上、「対向犯」(共犯の一方の犯罪が成立しなければ、一方も成立しない犯罪)の関係にある供与罪も成立しない。

その資金を柿沢氏側が立て替えただけで、後日、木村氏側に請求することを事前に合意していたのであれば、報酬支払は木村氏の計算において行われたことになる。この場合、木村陣営では、区選管に提出した「選挙運動費用収支報告書」に当該運動員への報酬支払を記載しなければならなかった。ところが、収支報告書の作成者から会計責任者への報告が不十分だったのか、記載がされていなかった。それについては、収支報告書の虚偽記入・不記載の問題が生じる。

仮に、運動員報酬支払分が、「立替え」ではなく、柿沢氏側が負担することになっていた場合はどうか。選管へも届け出た候補者としての運動員の報酬支払は木村氏の計算で行われたことになるので、報酬支払を負担した柿沢氏側は、その分を選挙運動費用のために木村氏に「寄附」したことになり、木村陣営では、その金額を、「選挙運動費用収支報告書」の収入欄に「柿沢氏からの寄附」として記載し、運動員への報酬の支払いを支出欄に記載すべきだったことになる。

問題は、「選挙後に、柿沢氏の秘書は約91万円を木村氏側に請求したが、木村氏側が支払いを拒んだ」とされていることだ。検察側は、それによって、木村氏側とは無関係に「柿沢氏側が独自に運動員に選挙運動の報酬を支払った」と考えて、買収の嫌疑を持ったのかもしれない。

このような木村陣営の対応の理由として考えられることは、柿沢氏側の要求に応じて運動員報酬分を支払うと、それによって、木村陣営が柿沢氏側に立て替えてもらって運動員への報酬を支払ったことを認めることになり、「選挙運動費用収支報告書」の不記載が確定的になるという事情である。しかし、そのように、選挙後、検察の捜査開始後の動きがあったからと言って、選挙期間中の運動員への報酬の支払の趣旨や法的評価に影響するものではない。

候補者の木村陣営の選挙運動に従事した選挙運動員に対する「法律の上限の範囲内の報酬支払」なのであるから、木村陣営が直接行っていれば問題はなかったのに、柿沢氏側が報酬支払を行ったため、外形上は「候補者以外の第三者から運動員への報酬支払」となる。それで買収の嫌疑があると判断したようだ。

確かに、公選法上の「買収罪」というのは、

「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもって選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束」(221条1項1号)

をすることであり、この条文だけを見ると、「当選を得させる目的」をもって、「選挙運動者」に対して、「金銭の供与」を行えば、それだけで犯罪が成立するように思える。

しかし、197条の2第2項によって、「選挙運動に従事する者」については、「実費弁償」のほか、当該選挙につき「届出のあつた日からその選挙の期日の前日までの間に限り」、「公職の候補者一人について政令で定める員数の範囲内において」、「当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会が定める額の報酬を支給することができる」。

そして、同条5項で、この「報酬の支給を受けることができる者」は、「公職の候補者が、その者を使用する前に、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会に届け出た者に限る」とされており、報酬の支給を行うためには、「公職の候補者による選管への届出」が要件とされている。

上記要件を充たす「選挙運動従事者への報酬支払」は公選法上許容されるものであり、買収罪の成立が否定される。

要件を充たす報酬支払に該当すると認識して報酬を支払った場合は、客観的に何らかの要件が欠けていたとしても、公選法違反についての「違法性の認識」が否定されるだけではなく、買収罪の「故意」自体が否定される(刑法上は、「禁止の錯誤」ではなく「事実の錯誤」)。

約91万円の運動員への報酬支払のうち、買収の故意が否定されるものがどの範囲なのかはわからないが、全体として公選法違反の成否はかなり微妙であるように思える。このように考えると、(1)(2)(3)いずれも公選法違反として立件するには問題があり、柿沢氏に対する公選法違反事件の捜査で、確実に起訴可能な事件というのは極めて少ないように思える。

当初の容疑事実である木村氏陣営が選挙期間中に有料ネット広告で木村候補への投票を呼び掛けた件に柿沢氏本人がどの程度関わっていたのかにもよるが、いずれにせよ、公選法違反で現職国会議員を逮捕・起訴するようなレベルではないように思える。

「自民党5派閥政治資金パーティー裏金疑惑」について、

《東京地検特捜部は、裏金化させた疑いのある議員や派閥運営に関わる幹部ら同党議員数十人からの事情聴取も検討し、全国から応援検事を集めて態勢を大幅に拡充している。》(読売12.3)

などと報じられたこともあり、12月10日の木村氏辞職に伴う江東区長選挙の投開票日、13日の国会会期末の後に、検察が、柿沢氏の公選法違反事件捜査にどのように動くのか、予断を許さない。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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