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リコール署名妨害「書類送検」で「犯罪の嫌疑」を印象づける“中京テレビネット記事”

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

本日(9月9日)深夜の零時過ぎ、中京テレビの以下のようなネット記事がアップされ、Yahoo!ニュースに転載されるなどして、広く読まれている(Yahoo!ニュースは、その後削除されている。)。

【知事リコール署名めぐりジャーナリスト津田氏、香山氏ら4人書類送検 愛知県警】

愛知県知事のリコールを求めた署名運動をめぐり、うその情報をツイッターに載せて運動を妨害したとして、ジャーナリストの津田大介氏ら4人が書類送検されていたことがわかりました。

 地方自治法違反の疑いで書類送検されたのは、ジャーナリストの津田大介氏や、精神科医の香山リカ氏ら4人です。関係者によりますと、4人は、愛知県の大村秀章知事のリコールを求めた署名運動をめぐり、ツイッターに「県知事リコールに参加した人たち、愛知県公報で本名と住所が県民に告知されるんですね」などと、うその情報を載せて、署名することをとどまらせて運動を妨害した疑いがもたれています。

 運動を主導した「高須クリニック」の高須克弥院長が、去年、刑事告発をしていて、愛知県警が受理していました。

津田氏は中京テレビの取材に「これまで通り聴取に協力します」とコメントしています。

この記事を読んだ人の多くは、津田大介氏らに地方自治法違反の犯罪の嫌疑があって「書類送検」されたような印象を持ったであろう。実際に、Yahoo!ニュースのコメントの多くが、そのような前提で書かれている。

しかし、このような「警察に告発された事件」については、「捜査後速やかに、これに関する書類及び証拠物を検察官に送付(書類送検)しなければならない」のであり(刑訴法242条)、告訴・告発については、刑事訴訟法上は、受理する義務は定められていないが、犯罪捜査規範63条で「告訴・告発は、受理しなければならない」と定められていることからすると、告発が行われた場合の「書類送検」は必然であり、それ自体は、犯罪の嫌疑の存在を示すものでも、起訴の可能性も示すものでもない。

この記事の直後に出された共同通信のネット記事【香山リカ氏ら書類送付 愛知知事リコール妨害容疑】で、タイトルも「書類送付」とした上、

《起訴を求める意見は付けなかったとみられる。香山氏は代理人弁護士を通じて「(告発された案件は)全件送致されるので、手続き的なことだと理解している。捜査には協力している」とコメント。》

と、犯罪の嫌疑の印象を薄める記述をしているのと比較すると、中京テレビの記事は、津田氏らの犯罪の嫌疑を印象づけようとした疑いがある。

(津田氏がツイートしているように、津田氏が、中京テレビに「書類送致、一般的には書類送検と言われますが、これは警察から検察に捜査が移ったというだけの意味ですので」とコメントしたのに、そのコメントをカットして「聴取に協力」だけにしたとすれば、そこにも「犯罪の嫌疑」を印象づける意図が疑われる。)

高須克弥氏が告発したのは、おそらく、「署名者の個人情報は県広報で公開される」と虚偽の情報をツイートしたことについて、地方自治法74条の4第1項2号の署名運動妨害の「偽計詐術等不正の方法をもつて署名の自由を妨害したとき」に当たると考えたのであろう。

しかし、上記の犯罪が成立するために、「虚偽」であることの認識・犯意が必要であるのは当然である。

毎日新聞のファクトチェック記事【ミスリード 愛知県知事リコール運動、香山氏「受任者公開される」 本当は請求代表者のみ】によると、当初のツイートは、香山氏が

「すでに署名の受任者を引き受けた方の住所氏名は、早速、県の公報で公開されてるようです。署名した人の名前や住所も、提出されたら縦覧できるみたい」

と投稿したものだが、県の公報で公開されたのは「受任者」ではなく「請求代表者」であり、署名した人の名前や住所を縦覧(閲覧)できるのも、同じ市町村の有権者に限られることから、ミスリードとなるツイートであったことは確かだ。

香山氏は、投稿の当日に

「失礼しました。住所氏名が公報に出ているのは代表者の方々なのですね」

と訂正、2日後にも

「公報に載るのは代表者の住所氏名だけなんですね。その点は誤解してました」

と投稿していることからして、香山氏が、虚偽だと認識した上で当初ツイートをしたものとは考えられない。

香山氏のツイートを受けて、町山智浩氏が、

「リコールに参加した人たち、愛知県広報(原文まま)で本名と住所が県民に告知されるんですね」

と投稿(後に削除)、津田氏が町山氏の投稿をリツイートしたことが、同様に、署名運動妨害として告発されている。これらの投稿やリツイートも、虚偽と認識した上で行ったとは思えない。少なくとも、これらの投稿等が虚偽だと認識した上で行われたとする根拠があるとは思えない。

一方、上記ファクトチェック記事によると、告発人の高須氏のツイートでは、香山氏のツイートについて

「リコールのための署名をすると署名した人の個人情報が漏洩(ろうえい)する」というデマ」

と表現しているが、香山氏は「提出されたら縦覧できる」と述べているだけで、「個人情報が漏洩する」とは言っていない。同記事が指摘するように、高須氏のツイートも、事実を歪曲するものとも言える。リコール署名に係る地方自治法上の手続を正確に表現することは容易ではない。

これらのことを踏まえると、書類送付された告発事件が起訴される可能性は極めて低いと言えるだろう。共同通信が報じるように、警察が「起訴すべき」との意見を付さなかったのも当然である。

中京テレビの記事には問題があると言わざるを得ない。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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