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日本学術会議任命「首相決裁文書」の内容は?甘利氏ブログ記事修正の“姑息さ”

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
甘利自民党税調会長(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

日本学術会議の「6人の任命見送り」について、先週末、【(朝日)学術会議問題「会長が会いたいなら会う」菅首相】で

首相が任命を決裁したのは9月28日で、6人はその時点ですでに除外され、99人だったとも説明した。学術会議の推薦者名簿は「見ていない」としている。

と報じられた。

菅首相には任命見送りの経過と、それを「適切」と判断した理由について自ら公の場で説明すべき責任が生じ、この問題は重大局面を迎えたことを【日本学術会議問題は、「菅首相の任命決裁」、「甘利氏ブログ発言」で、“重大局面”に】で指摘した。

10月13日には、新聞各紙で、菅義偉首相は、この6人の名前と選考から漏れた事実を事前に把握していたことが報じられた。【(時事)菅首相、「6人排除」事前に把握 杉田副長官が判断関与 学術会議問題】によると

関係者によると、政府の事務方トップである杉田副長官が首相の決裁前に推薦リストから外す6人を選別。報告を受けた首相も名前を確認した。首相は105人の一覧表そのものは見ていないものの、排除に対する「首相の考えは固かった」という。

とのことだった。

さらに【(TBS)「任命できない人が複数いる」 杉田副長官が菅首相に事前に説明 “学術会議問題”】では、

政府側は、105人の推薦者名簿は参考資料として決裁文書に添付されていたと説明したほか、政府関係者によりますと、菅総理は杉田官房副長官から「今回任命できない人が複数いる」と事前に説明を受けていたということです。

と報じられた。

一方、加藤官房長官は、菅首相による日本学術会議会員の任命について、

菅総理大臣に、任命にあたっての考え方の説明があって、共有され、それにのっとって作業が行われて、起案された。最終的に菅総理大臣が決裁したというプロセスだ

一人一人の任命を菅総理大臣がチェックしていくわけではなく、考え方を共有し、事務方に任せて処理をしていく。本件にかかわらず、そうした対応をしていて、通常のやり方にのっとって作業が進められた

と述べたとのことだ(NHK)。

加藤官房長官が言っているように、大臣が事務方と「考え方」を共有し、事務方に任せて処理をしていくというのは、官公庁のトップと事務方との「通常のやり方」であり、今回の学術会議会員の任命についても、一人ひとりの任命について総理大臣が具体的に認識していないというのは、その通りであろう。

しかし、今回は、105人の推薦者のうち6名だけを任命から除外するという、過去には行われたことがない任命が行われたのである。そのようなプロセスで、総理大臣が最終判断をして「任命」の決定が行われたとすれば、その「任命の決裁文書」には、(1)105名の推薦者のうち、99名のみを任命すること、(2)任命から除外する場合の総理大臣と事務方とで共有した考え方(「判断基準」)、(3)その考え方を当てはめて6人の推薦者を任命しないと判断したことが書かれているのが当然である。そうでなければ、「日本学術会議の推薦に基づいて内閣総理大臣が任命する」という法律の規定にしたがった決裁とは言えない。

そこで重要となるが、「総理大臣による学術会議会員任命」の際の「決裁文書」の記載である。

前記TBS記事によれば、菅首相は杉田官房副長官から「今回任命できない人が複数いる」と事前に説明を受けていたとのことだが、その「任命できない理由」について、決裁文書でどのように記載されているかである。

政府が説明するように、日本学術会議の推薦に基づく、内閣総理大臣の会員任命について、過去に政府側が明確に国会で答弁していたような、推薦者をそのまま任命する「形式的任命」ではなく、総理大臣の権限で実質的に判断して任命するというのであれば、そのための判断基準というのが存在し、それが「総理大臣と事務方とで共有した考え方」ということになるはずだ。

本来であれば、推薦者についての業績、研究成果の評価ということになるはずだが、今回任命を見送られた6人について、いずれも業績・研究成果については申し分なく、その面から除外理由があるとは考えられない。推測される理由は、安全保障法制や共謀罪等に関して政府に反対の意見を述べていたことだが、それを首相の決裁文書に書いているとも思えない。

もし、業績や研究成果の評価に関して、任命除外を正当化するために事実に反することが記載されていたのであれば、決裁文書についての「虚偽有印公文書作成罪」という話にもなる。

もっとも、役人には「違法行為は行わない」という習性があるので、事実に反する記載をするぐらいなら、任命除外の理由は全く記載せず、すべて「口頭」というやり方をとっている可能性が高いであろう。

森友学園問題でも、決裁文書の改ざんが問題となり、それに関して近畿財務局職員の赤木氏の自殺という痛ましい出来事が起き、虚偽有印公文書作成罪での刑事事件の処分に世の中の関心が集まったが、後に検事長定年延長で批判を浴びた黒川弘務氏が法務省幹部として健在であった頃の検察庁の処分は、すべて「不起訴処分」であった。

その問題で、赤木氏の夫人が遺書を公表し、政府に「真相解明」を求めて再調査を要請、国家賠償訴訟を提起している。その動きは、多くの国民の共感を呼んでいる。この事件を受けて、財務省では決裁文書の改ざんが行われないようシステムの整備が行われたとのことだが、それは、内閣官房など他の省庁でも同様のはずだ。

日本学術会議の会員の「6人任命見送り」がこれだけ大きな問題となっているのであるから、任命の決裁文書は、森友学園の際と同様に、国会審議の資料として重要なものだ。その決裁文書には、任命の基準と、6人を除外した理由がどのように書いてあるのか。菅首相が、「総合的、俯瞰的な観点から」と壊れたレコードのように繰り返すより、この決裁文書を開示し、そこに書いてあることも、書かれていない「口頭での報告事項」も含めて、任命見送りの理由をありのままに説明するのが、この問題についての総理大臣としての最低限の義務と言うべきだろう。

この問題をめぐっては、任命問題が表明化した直後から、日本学術会議の在り方に対する批判が、自民党の有力政治家、保守派論客や、いわゆる「ネット右翼」から湧き上がっている。自民党では下村博文政調会長が、塩谷立元文科大臣を座長とする「学術会議の在り方を検討するプロジェクトチーム」を立ち上げた。

そのような日本学術会議批判の中心となっている自民党の有力政治家が、税制調査会長の甘利明氏だ。ネットでの日本学術会議批判の中心となったのが「学術会議が『中国千人計画』に積極的に協力している」との甘利氏の今年8月6日の公式ブログでの発言だった。

このブログ記事は、「ネット右翼」によって広く拡散され、その後、日本学術会議批判が盛り上がった。

ところが、【BuzzFeed Japanの記事】によれば、甘利氏のブログ発言には「根拠がない」、ということなので、甘利氏の発言が名誉棄損の問題になる可能性も否定できないと思い、【前記ブログ】では、日本学術会議が「名誉棄損罪の客体」になるかどうかについての法解釈についても検討し、法人格のない日本学術会議であっても名誉棄損罪の客体(被害者)になり得るという指摘を行った。

この問題について、その後、信じ難い動きがあったことがわかった。

【BuzzFeed Japanの続報】によると、甘利氏が、「積極的に協力している」と書いていた公式ブログ記事が、10月12日までに「間接的に協力しているように映ります」という表現に、こっそり書き変えられているというのである。確かに、甘利氏の公式ブログを見ると、そのとおりに書き変えられている。

甘利氏のブログ発言は必ずしも「名誉棄損罪に該当する」わけではない。甘利氏が「千人計画」に関して批判した日本学術会議も名誉棄損罪の客体になるので、学術会議側が告訴することは可能である。もし、告訴が行われた場合は、甘利氏の側は、ブログ発言がいかなる根拠に基づくものか、それが真実だと信じた理由を述べれば、「真実性の証明」ができるかもしれない。その場合は、名誉棄損罪は成立しないことになる。

国会議員たる政治家であれば、そのぐらい、自分自身の発言には責任を持つのが当然であろう。ところが、甘利氏が、名誉棄損に関する指摘を受けて行ったことは、名誉棄損にならないようにひっそりと発言内容を変えるという、何とも“姑息なやり方”だったのである。

日本学術会議批判を大きく盛り上げる契機となった甘利氏のブログ記事がこのような有り様では、せっかく下村氏が立ち上げた「学術会議の在り方を検討するプロジェクトチーム」での日本学術会議の在り方論も、腰砕けになってしまいかねない。

甘利氏は、URの土地買収問題についての口利き・現金受領疑惑が報じられて経済再生担当大臣を辞任した際、「秘書のせいと責任転嫁するようなことはできません。それは私の政治家としての美学、生きざまに反します」などと格好の良い言葉で、大臣辞任の理由を語ったが、その後、「睡眠障害」を理由に国会を欠席し続け、不起訴処分となるや、「違法行為はなかった」との名前も明らかにしない弁護士調査の結論だけ説明して、それ以来、一切の説明を拒んでいる。

この甘利氏疑惑に関して、私は、疑惑を報じた文春記事で「あっせん利得罪の該当する可能性」を指摘し、衆議院予算委員会の公聴会で、URを含む特殊法人のコンプライアンス問題に関連して、甘利氏の口利き疑惑とあっせん利得罪との関係にも言及した。

甘利氏は、また「睡眠障害」になりそうだったので、早めにブログ記事の表現を変えたのであろうか。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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