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河井夫妻事件、“現金受領者「不処分」”は絶対にあり得ない

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
河井克行元法相(写真:つのだよしお/アフロ)

東京地検特捜部に逮捕され、勾留が続いていた河井克行衆議院議員(前法務大臣)とその妻の河井案里参議院議員が、7月8日の勾留満期に、公職選挙法違反(買収)の事実で起訴された。

克行氏の逮捕容疑は、昨年7月の参議院選挙をめぐり、妻の案里議員が立候補を表明した去年3月下旬から8月上旬にかけて、「投票の取りまとめなどの選挙運動」を依頼した報酬として、地元議員や後援会幹部ら91人に合わせておよそ2400万円を供与した公選法違反の買収の疑い、案里議員は、克行氏と共謀し5人に対して170万円を供与した疑いであったが、起訴事実では、克行氏単独での供与の相手方が102人、供与額は2731万円に増えた。

問題は、河井夫妻から現金を受領した側の地元議員・後援会幹部等の刑事処分だ。勾留満期の2、3日前から、「検察は現職議員ら現金受領者側をすべて不問にする方針」と報じられていた。昨日の起訴に関する次席検事レクでは、この点に関して明確には答えていないが、そこでの説明は「少なくとも今起訴するという判断はしていない。起訴すべき者と考えた者を起訴している」というものだったようだ。結局、事前の報道のとおり、河井夫妻以外の者の起訴は、「現時点では予定していない」ということであり、現金受領者側の受供与罪は刑事立件すらせず、すべて不問にする方針ということのようだ。

このような検察の刑事処分は、従来の公選法の実務からは、あり得ないものだ。このようなやり方は、まさに「検察の独善」が端的に表れたものと言わざるを得ない。

検察は“ルビコン川”を渡った~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】等でも述べたように、そもそも、今回の事件での河井夫妻への買収罪の適用は極めて異例だった。従来は、公選法違反としての買収罪の適用は、「選挙運動期間中」やその「直近」に、有権者個人に、投票や家族知人等への投票を依頼する対価、或いは、選挙運動員等に法定外の報酬を払う行為など、投票や選挙運動を直接的に依頼する行為が中心であった。ところが、今回の逮捕容疑の多くは、昨年3月以降、つまり、選挙の公示よりかなり前の時期に、広島県内の議員や首長などの有力者に対して、参議院選挙での案里氏への支持を呼び掛けて多額の現金を渡していたというものだ。「案里氏の支持基盤の拡大」に協力することを求める趣旨のものが多かったと考えられる。従来は、選挙に向けての政治活動としての「地盤培養行為」には、買収罪の適用は難しいとされてきた。

このように河井夫妻に対する買収罪(供与罪)の適用が異例であったことと、現金受領者側に対して、買収罪(受供与罪)の刑事処分が行われないという極めて異例の対応が行われようとしていることとは、密接に関連している。

その理解のためには、そもそも公選法違反の「買収」というのが、どのような規定に基づくどのような犯罪なのかということを、改めて基本から説明する必要がある。

公選法違反の「買収罪」の処罰の理由と「3つの類型」

公選法221条1項では、買収罪について、「当選を得る、又は得させる目的」で、「選挙人又は選挙運動者」に対して「金銭等の供与」と規定している。

買収罪が処罰されるのは、「選挙人自身の投票」や「他人に投票を依頼したり働きかけたりする選挙運動」に関して「対価」「報酬」を受け取ってはいけない、という「投票・選挙運動の不可買収性」というのが理由である。

選挙の買収罪は、しばしば「贈収賄」と混同される。贈収賄が処罰されるのは、国や自治体から給与を得て職務を行う公務員が、その職務に関連して金品を受け取ることが、「職務を金で売ってはならない」という、「公務員の職務の不可買収性」に反するという理由だ。買収に関して言えば、「選挙人自身の投票」や、「選挙運動」は、自らの意思で、対価を受けずに行うべきなのに、それを、対価を受けて行うことが「不可買収性」に反するということであり、そういう意味で、買収と贈収賄とは構造が似ている。

買収罪も贈収賄も、金品の授受が行われる理由について、渡す側と受け取る側の両者の意思が合致した場合に、双方に犯罪が成立するものであり、「対向犯」と言われる(金品を渡そうとしたが受け取らなかった場合には「申込罪」だけが成立する)。

これまで、買収罪として摘発されてきた事案は、(ア)「投票買収」、(イ)「投票取りまとめ買収」、(ウ)「運動員買収」に大別される。

このうち、(ア)は、選挙人自身に特定の候補者への投票を依頼し、その報酬として金銭を渡すものだ。上記の条文で言えば、「選挙人」(投票権のある人)に対する「供与」であり、そのような「投票を金で売買する行為」を行ってはならないことは誰しも認識しており、違法性は明白だ。

(イ)の「票の取りまとめ買収」というのは、当該選挙人以外の選挙人に特定の候補に投票するように働きかけてもらうことである。「票の取りまとめ」は、「選挙運動」と言えるので、「票の取りまとめ」を依頼し、その対価として金銭を渡した場合は、「当選を得る、又は得させる目的」で「選挙運動者」に対して行う供与行為ということになる。

ただし、この「票の取りまとめ」の依頼については、投票するよう働きかけてもらいたい相手がある程度具体的に想定され、その認識が供与者と受供与者との間で一致している必要がある。典型的なのは、金銭を渡す相手の「家族」「親戚」「知人」などへの「働きかけ」を依頼する場合である。

(ウ)は、主として選挙期間中に、選挙に関連する「労務」を提供する「運動員」に対して報酬を支払う行為である。このような「労務」に対しては、法律で一定の範囲で報酬支払が認められており、その範囲外の報酬を支払うと買収罪が成立する。河井案里氏の政策秘書らが逮捕・起訴された「車上運動員(ウグイス嬢)買収」がその典型例だ。上記の条文で言えば、「選挙運動者」に対する供与であり、これも、「当選を得る、又は得させる目的」で行われることは明白だが、この場合は、雇用契約や委託契約に基づいて指示どおりに労務を提供しているだけの運動員の側には、法定の範囲外で違法であることの認識が希薄な場合も多い。そういう意味で、(ウ)の「運動員買収」は、「贈収賄」とは性格を異にしており、もっぱら違法な報酬を支給する側の問題であり、運動員側は処罰の対象とされないことが多い。

このように、(ウ)の「運動員買収」は例外だが、(ア)の投票買収、(イ)の投票取りまとめ買収は、贈収賄と同様に、供与者・受供与者側の双方が処罰されるのが原則である。

公選法違反の罰則適用は、各陣営に対して公平に行われる必要があり、検察庁では、買収罪について、求刑処理基準が定められている。私が現職の検察官だった頃の記憶によれば、犯罪が認められても敢えて処罰しないで済ます「起訴猶予」は「1万円未満」、「1万円~20万円」が「略式請求」(罰金刑)で、「20万円を超える場合」は「公判請求」(懲役刑)というようなものだった。

河井夫妻からの現金受領者の刑事処分は?

検察は、起訴状の詳細を公表しておらず、河井夫妻が誰にいくらの現金を供与したのかは公式には明らかになっていないが、逮捕容疑の内容は新聞等で報じられており、それによると、河井夫妻による現金供与は、 (a)現役の首長・議員、元首長、元議員などの有力者、(b)案里氏の後援会関係者に大別され、その金額は、(a)のうち、市議は10~30万円、県議が30万円、現職首長が、20~150万円、県議会議長が200万円、(b)が概ね5~10万円とされている。

買収罪の処罰の実務からすると、河井夫妻による現金供与の買収罪が起訴され、検察は「供与罪が成立する」と認定しているのであるから、一方の、現金の供与を受けた側についても、「受供与罪」が成立し、求刑処理基準にしたがって起訴されるのが当然だ。

現金受領者側を処罰しない理由に関して、「非公式な検察幹部コメント」として、「克行被告が無理やり現金を渡そうとしたことを考慮した」「現金受領を認めた者だけが起訴され、否認した者が起訴されないのは不公平」などの理由が報じられている。

しかし、買収というのは、「投票」「投票取りまとめ」を金で買おうというものであり、相手方には、受領することに相当な心理的な抵抗があるのが当然であり、無理やり現金を置いていくというケースもあり得る。その場で突き返すか、すぐに返送しなければ、「受領した」ということなのであり、無理やり現金を渡されたことを理由に、受供与罪の処罰を免れることができるのであれば、買収罪の摘発は成り立たない。また、刑事事件では、自白がなければ立証できない事件で、事実を認めた者が起訴され、否認した者が起訴されないことは決して珍しいことではない。それが不公平だと言うのであれば、贈収賄事件の捜査などは成り立たない。このような凡そ理由にならない理由が「検察幹部のコメント」として報じられるのは、処罰しない理由の説明がつかないからである。

問題は、なぜ、上記のように、公選法違反の買収罪に関して、実務の常識からは考えられない「現金供与者側を起訴した事案について、現金受領者側の受供与罪は刑事立件すらせず、すべて不問にする」という対応が行われようとしているのか、である。

そこには、河井夫妻の買収罪の事件に関する「立証の困難さ」が影響していると考えられる。

「投票の取りまとめ」の趣旨の立証の困難性

上記(b)の後援会幹部に対する現金供与は、「案里氏の当選に向けての活動」に対する謝礼・報酬として渡した現金であることは明らかだが、その場合の「当選に向けての活動」が、後援会としての「政治活動」なのか、「選挙運動」なのかが問題になる。現金授受の時期、授受の際の文言などによるが、「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨の立証が可能な現金供与が多いであろう。

問題は、上記(a)の首長・議員らに対する現金供与の方だ。現金のやり取りの状況について、マスコミが、受領者側の取材で報じているところによると、現金の授受の場面は5分程度の短時間で、「お世話になっているから」「案里をよろしく」という短い言葉だけだったとされており、このようなやり取りからは、これらの現金供与によって、河井夫妻側が期待したのは、「案里氏の支持基盤拡大のための政治活動への協力」と考えるのが合理的だ。「当選祝い」「陣中見舞い」と口にしているとしても、それは単なる名目であり、案里氏の当選を目的としていることは否定できない。しかし、そうだからと言って、「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨だということではない。これは、一般的には「地盤培養行為」の一種と見られ、これまでは、「選挙運動」ではなく、政治活動の一種と位置付けられてきたものだ。

「地盤培養行為」にも、日常的に行われる党勢拡大や支持拡大のための政治活動もあれば、特定の選挙での特定の候補者の当選を目指して行われるものもある。後者は、「選挙運動」との境目が曖昧であり、そのための費用や報酬として金銭を供与することは、政治資金の寄附というより、買収に近いものとなるが、これまでは、実務上、公選法の買収罪の適用対象とされてこなかった。今回の河井夫妻の現金供与は、案里氏の立候補表明後に行われているもので、目的が、「案里氏の当選」であることは明らかだが、それが「票の取りまとめ」を依頼するものとは考えにくい。

こう考えると、河井夫妻による現金供与の多くは、「投票」や「投票の取りまとめ」の依頼とは言い難く、従来の公選法違反の買収摘発実務の常識からすると、河井夫妻の逮捕容疑の中で、実際に起訴される事実は、相当程度絞り込まれることになると思われた。

「投票の取りまとめ」の趣旨の公判証言を得るための検察の策略

ところが、検察は、河井夫妻の逮捕容疑に、さらに数名に対する買収の事実を加え、すべての事実で「票の取りまとめなどの選挙運動を依頼して現金を供与した」という、従来の買収事件の起訴状の一般的な文言で起訴した。

現職の議員等に対して、公示日から離れた時期に現金を渡していること、その授受の場面について報じられている内容などからすると、「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨であったことの立証は、特に、上記(a)については、相当困難だ。しかし、検察は、「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨で起訴した。河井夫妻側は、「支持基盤の拡大」のためだったとして、「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨を否定している。そのような事実で起訴した場合、現金受領者に「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨と認識して現金を受領したことを公判でも証言させないといけない。そのために、検察が考えた策略が、現金受領者側に、「検察の意向に沿った証言をすれば、自らの処罰を免れることができる」との期待を持たせることだった。

現職の議員らにとっては、河井夫妻から現金を受領したことが公選法違反の買収罪に当たり、その受供与罪で起訴されると、公民権停止となり、首長・議員を失職することになるだけに、公選法違反で起訴を免れることができるかどうかは死活問題だ。そこで、検察は、「票の取りまとめの依頼と認識して現金を受領した」という内容の供述調書を録取し、河井夫妻の公判で、供述調書どおりの証言をすれば起訴を免れることができるとの期待を持たせ、公判証言で検察に協力させようと考えているのであろう。

このようなやり方は、刑訴法で制度化させている「日本版司法取引」とは似て非なるものだ。正式な司法取引であれば、他人の犯罪についての供述者が、自分の処罰の軽減を動機に供述したことが、「合意書」上明確にされ、それを前提に公判証言の信用性を裁判所が評価するというものだが、今回のやり方は、検察が公判証言の内容を見極めた上で、供述者の最終的な起訴不起訴を決めようとしているのではないか。

河井夫妻の現金供与の事件の捜査は、今年1月から継続されてきたものであり、既に終了しているはずだ。それなのに、検察側が、現金受領者側の起訴は「現時点では予定していない」というのは、供述者側に、「本来は起訴されるべき自らの犯罪について起訴が見送られている」という恩恵を与えることを意味する。その恩恵が継続し、最終的に、起訴されないで済ませてもらおうと思えば、供述者は、河井夫妻の公判で検察官調書どおりの証言をせざるを得ない。「ヤミ司法取引」以上に悪辣な方法と言うべきだろう。

公選法違反は「日本版司法取引」の対象犯罪に含まれないので、正式な司法取引はあり得ない。そこで、有利な公判証言を得るために、司法取引よりさらに巧妙な方法を考えたのではないか。それによって、現金受領者側の議員らは、河井夫妻の公判でも、「票の取りまとめを依頼された」との趣旨を認める証言をするというのが検察の目論見なのであろう。

しかし、果たして、現金受領者側が検察の意に沿う証言をするかどうかは、予断を許さない。現金受領者側は、このまま検察が受供与罪を立件しない場合でも、河井夫妻の供与罪での有罪が確定すると、それによって、現金受領者の受供与罪が成立することは否定できなくなる。それを受けて「告発」された場合、検察の行い得る不起訴処分は、犯罪事実が認められるが敢えて起訴しないという「起訴猶予」しかない。前に述べた求刑処理基準に照らしても、検察のいう理由からしても、それに全く理由がないことは明らかであり、不起訴処分に対して「検察審査会」への申立てが行われれば、起訴議決に至る可能性が高い。つまり、現金受領者側は、河井夫妻の公判で「投票の取りまとめ」の依頼の趣旨を認識して現金を受領したと証言することで、検察の起訴のリスクは免れても、検察審査会による起訴議決を免れることはできないのである。

「自民党本部からの1億5000万円の選挙資金提供」への影響

検察が、河井夫妻の逮捕容疑から絞り込むことなく、全体を起訴の対象とするのであれば、公選法の買収罪の適用のハードルを下げ、従来は「政治活動」とされてきた「支持基盤拡大のための地盤培養行為」も「選挙運動」に含まれると解釈することにならざるを得ない。その場合、起訴状の記載に、「票の取りまとめの依頼」だけではなく、「案里氏の支持基盤拡大のための活動への協力」なども記載して、「地盤培養行為」的な現金供与も買収罪に当たるとの主張を行うことになる。

その場合も、公選法221条1号の条文の抽象的な文言だけからすると、裁判所に肯定される可能性が相当程度ある。しかし、「地盤培養行為的」な金銭供与が公選法違反の供与罪に当たるということになると、「地盤培養行為」に関して現金供与を行う資金を提供する行為についても幅広く「交付罪」が成立することになり、多くの影響が生じる。

従来、国政選挙の際に、国政政党から公認候補者に対して提供される選挙資金は、その金額によっては、選挙区内の政治家等に対して「地盤培養行為」の活動資金として渡されることを認識した上で提供されるものも相当程度あったものと思われるが、それらについても「交付罪」が成立する可能性が生じる。

河井夫妻の現金供与事件については、自民党本部から河井夫妻への政党支部に対して行われた1億5000万円の選挙資金の提供が、同じ自民党の公認候補の溝手顕正氏の10倍の金額であったことが問題とされているが、それも、「地盤培養行為」としての地元政界有力者に提供する資金を含むことを認識して行われた可能性もある。検察が、買収罪の適用のハードルを敢えて下げて、「地盤培養行為」的な現金供与も買収罪に当たると主張する場合には、そのような目的を認識して資金提供した自民党本部側にも「交付罪」成立の可能性が生じることとなる。つまり、検察は、選挙資金を提供した自民党本部に対する捜査を避けて通れないことになる。

また、それによって、「地盤培養行為」のための資金提供を、当然のごとく行ってきた選挙運動の在り方そのものが違法の疑いを受けることになり、その影響は、自民党などの保守政党のみならず、各種団体から組合支持候補への資金提供にも及ぶ。それによって、大きな政治的、社会的影響を生じることになる。

河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】でも述べたように、検察は、従来は買収罪の適用対象とはされてこなかった「地盤培養行為」に関する現金供与を多く含む容疑事実で現職国会議員夫妻を逮捕すべく、長期間にわたって、積極的な捜査を続けてきた。それは、自民党本部から河井夫妻への1億5000万円の選挙資金提供についても「買収罪の立証のハードルを大幅に下げる解釈」をとらざるを得ないというのが「当然の成り行き」だった。検察は、それを覚悟した上で、敢えて河井夫妻を逮捕したはずだった。その背景には、黒川検事長の違法定年延長問題や検察庁法改正問題で、安倍政権が、検察の幹部人事を支配下におこうとしたことがあり、そういう安倍政権に対する検察組織の側からの反発があったと考えられる。(【検察は、“ルビコン川”を渡った~河井夫妻と自民党本部は一蓮托生】。

ところが、検察は、勾留満期に河井夫妻を起訴する一方、当然行うべき現金受領者側の刑事処分を見送る、という常識では考えられない対応を行っている。自民党本部から河井夫妻への1億5000万円の選挙資金の提供と買収との関係を解明しようとする姿勢も全く見られないどころか、そのような「当然の成り行き」を回避するために、検察は、河井夫妻について、すべてを「投票の取りまとめ」という「無理筋」の趣旨で起訴したのである。

菅原一秀衆議院議員の公選法違反事件で、凡そあり得ない「起訴猶予」の不起訴処分を行い(【菅原前経産相・不起訴処分を“丸裸”にする~河井夫妻事件捜査は大丈夫か】)、河井夫妻の事件を「多額現金買収事件」に矮小化し、何とか有罪立証を行うことに汲々としている検察の姿勢は、1月に、この事件で強制捜査に着手した頃とは全く異なるものになっていることは間違いない。

黒川検事長が「賭け麻雀」で辞任し、後任に、検察の目論見通り林真琴検事長を据えることができたことで、組織としての目的は達成でき、今後は、安倍内閣が、林検事長の検事総長への就任を妨害しないように、事件を早期に沈静化しようとしているのかもしれない。

検事長定年延長や検察庁法改正で政権に押しつぶされようとしていた検察に対して、芸能人・文化人も含めて多くの人がネット上で声を上げ、大きな盛り上がりとなったとき、多くの人が期待したのは、今回の河井夫妻事件で見せたような検察の姿ではなかったはずだ。

今回の事件は、「検察の在り方」に対して、多くの課題を残すものと言えよう。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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