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朝日が報じた「西川社長、刑事責任問わず」の“珍妙な理屈”

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:ロイター/アフロ)

 ゴーン氏の特別背任での勾留延長満期を明日(1月11日)に控え、「4度目の逮捕」がない限り、特別背任の刑事処分が行われ、捜査終結となる可能性が高い。

 ここで注目されるのが、「直近3年度分」の有価証券報告書虚偽記載の事実についての刑事処分だ。この事実については、東京地裁が勾留延長請求を却下し、それに対して検察が準抗告を行ったが棄却された。それについて、東京地裁が、「有価証券報告書の虚偽記載容疑での1回目と2回目の逮捕について、事業年度の連続する一連の事案。捜査の内容などを踏まえれば、争点や証拠の重なりは抽象的とは言えない。」などと棄却の理由まで公表したことについて、検察幹部が「裁判所の仕打ち」「裁判所にはしごを外された」などと言って激怒したとされる(朝日)。

 この事実について、検察の主張を理解してくれなかった上に、その棄却理由について異例の公表まで行った裁判所の姿勢から、ゴーン氏の保釈が請求されれば許可されることは避けられないと考え、追い詰められた検察は、急遽、「無理筋」を承知で、ゴーン氏を特別背任で再逮捕した(【ゴーン氏再々逮捕は、検察による「権力の私物化」ではないのか】)。

 それ以降、特別背任の方に関心が移り、ほとんど顧みられることがなかったこの「直近3年度分」の有価証券報告書虚偽記載だが、この事実での再逮捕の時点から、「直近2年度分については西川廣人社長に作成・提出義務がある。5年分の虚偽記載でゴーン氏の刑事責任が問われるということであれば、西川氏も、記載内容に虚偽が含まれている認識があれば、刑事責任を問われることは避けられない」と指摘してきた(【ゴーン氏「直近3年分再逮捕」なら“西川社長逮捕”は避けられない ~検察捜査「崩壊」の可能性も】)。年初の記事(【検察は説明責任を果たすのか ~ゴーン氏事件、最大の注目点は「西川社長の刑事責任」】)でも、1月11日に検察がこの事実でゴーン氏・ケリー氏を起訴するのであれば、その際、西川氏の刑事責任について重大な説明責任が生じることを指摘した。

 この点について、本日の朝日新聞朝刊は、【ゴーン前会長に支払うべき報酬額との差、日産社長は認識】との見出しで大きく報じている。検察は、どうやら、明日、ゴーン氏らを起訴する一方で、西川氏は刑事立件すらしない方針のようだ。以下に記事を引用する。

 日産自動車の前会長カルロス・ゴーン容疑者(64)が役員報酬の一部を退任後の支払いにして隠したとされる事件で、西川(さいかわ)広人社長兼CEO(最高経営責任者)が東京地検特捜部の任意の聴取に、「前会長に支払われるべき報酬額と、実際の支払額の差は認識していた」といった趣旨の話をしていることが、関係者への取材でわかった。

 西川氏は、退任後の支払い方法に関する書面に署名していたことが既に判明している。特捜部は「報酬隠し」に対する認識が不十分だったとして刑事責任はないと判断しているが、不正を許した経営責任が問われそうだ。

 特捜部は11日にも、2015~17年度の報酬計約43億円分を過少記載したとして、ゴーン前会長と前代表取締役グレッグ・ケリー容疑者(62)を金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の罪で追起訴するとみられる。前会長については、私的な損失を日産に付け替えるなどしたという会社法違反(特別背任)の罪でも起訴する方針だ。

 役員報酬の過少記載容疑について特捜部は、「報酬隠し」を立証するうえで2種類の文書が表裏一体の関係にあるとみている。

 一つは前会長と秘書室幹部の署名がある合意文書(書類1)。年間報酬の総額約20億円、その年に受け取った約10億円、未払いの差額約10億円といった具合に、各年度ごとに1円単位で記載されている。

 二つ目は、書類1の未払い報酬の累積を退任後に支払う方法を記したとされる書面(書類2)。特捜部は、顧問料や競合他社に再就職しない契約など、別の名目で仮装したとみている。西川社長は、ケリー前代表取締役と共に書類2に署名。特捜部は西川社長が「前会長に支払われるべき報酬との差」を認識しつつ、退任後の支払い方法の検討や書面への署名に協力したとみている。

 ただ西川社長は、書類2が書類1の未払い報酬を支払うために作成されたとは知らなかったと説明しているとみられる。特捜部は、西川社長の「報酬隠し」への認識や関与は不十分だったとみなし、共犯には当たらないと判断したとみられる。

 前記の通り、直近2年度分について、有価証券報告書の作成・提出義務を負うのは西川氏自身であり、重要事項について虚偽が含まれると認識した上で報告書を提出すれば、西川氏自身に虚偽記載罪が成立するのであり、「共犯」の問題ではない。ところが、この記事からすると、

西川氏は、自分の名前で有価証券報告書を提出するに当たって、その報告書に記載されたゴーン氏の役員報酬額が、「支払われるべき報酬」とは異なることはわかっていた。退任後に別の名目でゴーン氏に報酬が支払われることもわかっていた。しかし、別の名目の支払が、その「支払われるべき報酬」を支払うためのものだとは知らなかったので、刑事責任は問えない。

というのである。

 そうだとすると、西川氏は、この「前会長に支払われるべき報酬額」はどのように支払われると考えていたのであろうか。なぜ「別の名目の支払」を、退任時期も決まっていないのに合意する必要があると思っていたのだろうか。

 ゴーン氏・ケリー氏については犯罪が成立し、有価証券報告書作成・提出義務者の西川氏には成立しないとする「珍妙な理屈」は、凡そ通用するものではない。

 朝日新聞は、この「珍妙な理屈」によって検察が西川社長の刑事責任を問わない方針であることを、どのような意図で報じたのだろうか。

 この記事は、検察の刑事処分の方針と見通しについて「前打ち報道」をして世論の「地ならし」をする趣旨なのか、それとも、「そのような理由は合理的には理解できない、検察は方針を再検討して西川氏の刑事責任を問うべきではないか」と問題を指摘する趣旨なのか。

 “日本のオピニオンリーダー”の一つの朝日新聞である。後者の趣旨であってほしいものだ。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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