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ゴーン氏事件 検察を見放し始めた読売、なおもしがみつく朝日

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:ロイター/アフロ)

 一昨日(11月25日)にYahoo!ニュースに出した記事【ゴーン氏事件についての“衝撃の事実” ~“隠蔽役員報酬”は支払われていなかった】が大きな反響を呼んだ。そして、同日夜に個人ブログ「郷原信郎が斬る」に出したほぼ同内容の記事は、アゴラ、ブロゴス、ハフィントンポスト等に転載され、ネットメディアの「ITmedia ビジネスオンライン」には、最新の私のインタビュー記事が掲載され、それぞれ多くの人に読まれている。

 昨日午後は、先週末から依頼されていた外国特派員協会での記者会見に臨み、50億円の役員報酬の虚偽記載が、まだ現実に支払われていない「退任後の支払の約束」だったとすると、今回のゴーン氏の逮捕の正当性には疑問がある、との私の見解を述べた。会見後も、フィナンシャルタイムズ、ワシントンポスト等から追加取材があったほか、東洋経済、ダイヤモンド、日経ビジネス等の経済紙からも取材を受けた。その一方で、一般紙や地上波テレビの記者からの取材は全くない。

 そこで、注目されたのが、今日(27日)の新聞朝刊でのゴーン氏事件についての各紙の報道だったが、興味深いことに、これまで、ほぼ同様の論調で「ゴーン叩き」を続けていた朝日と読売とで、記事の内容が大きく異なっている。

 読売は、1面トップで、【退任後報酬認めたゴーン容疑者「違法ではない」】という見出しで、

報酬の一部を役員退任後に受け取ることにしたことなど、事実関係を認める供述をしていることが関係者の話でわかった。ただ、「退任後の支払いが確定していたわけではなく、報告書への記載義務はなかった」と逮捕容疑は否認している

と報じている。

そして、3面で、【退任後報酬に焦点 報告書記載義務で対立】との見出しで、ゴーン氏の「退任後報酬」について、

ある検察幹部は、「未払い額を確認した覚書」を作り、報酬の開示義務がなくなる退任後に受け取ることにした時点で、過少記載を立証できる」と強調する。

との検察側の主張を紹介した上、ゴーン氏側の主張を改めて紹介し、

実際、後払い分は日産社内で積み立てられておらず、ゴーン容疑者の退任後、日産に蓄積された利益の中から支払われる予定だった。支払方法も顧問料への上乗せなどが検討されたが、決まっていなかったという。

と述べて、「退任後報酬」の支払が「確定していた」ことを疑問視する指摘をしている。

 それに加え、専門家見解として、金商法に詳しい石田真得・関西学院大教授の

将来に改めて会社の意思決定が必要となるなど、受け取りの確実性に曖昧さが残る場合、罪に問えるかどうかは議論の余地がある。

とのコメントを紹介している。「議論の余地」と表現は控え目だが、開示義務を疑問視する見解であることは明らかだ。

 それに続いて

虚偽記載を立証できたとしてもハードルは残る。今回は、役員報酬の過少記載が同法違反に問われた初のケースだ。罪に問うほど悪質だと言うには、特捜部は、役員報酬の虚偽記載が投資家の判断を左右する「重要な事項」であることも立証しなければならない。

との指摘も行っている。

 私が25日の【前記ヤフー記事】で朝日・読売の記事で書かれたことを「衝撃の事実」と題して述べたこととほぼ同じ内容に、「後払い分は日産社内で積み立てられていない」という事実の裏付けと専門家見解を付け加えた記事である。

 言い方には「検察への配慮」が窺われるが、少なくとも読売新聞は、「退任後報酬」50億円の有価証券報告書虚偽記載については、検察を見放しつつあると言ってよいであろう。

 それと対照的なのが朝日だ。

 1面トップで、【私的損失 日産に転嫁か ゴーン前会長、17億円】と大きな見出しで報じているが、その内容は、

ゴーン前会長は日産社長だった06年ごろ、自分の資産管理会社と銀行の間で、通貨のデリバティブ(金融派生商品)取引を契約した。ところが08年秋のリーマン・ショックによる急激な円高で多額の損失が発生。担保として銀行に入れていた債券の時価も下落し、担保不足となったという。

銀行側はゴーン前会長に担保を追加するよう求めたが、ゴーン前会長は担保を追加しない代わりに、損失を含む全ての権利を日産に移すことを提案。銀行側が了承し、約17億円の損失を事実上、日産に肩代わりさせた

というものだ。

監視委は同年に実施した銀行への定期検査でこの取引を把握。ゴーン前会長の行為が、自分の利益を図るために会社に損害を与えた特別背任などにあたる可能性があり、銀行も加担した状況になる恐れがあると、銀行に指摘したという。特捜部は、ゴーン前会長による会社の「私物化」を示す悪質な行為とみている模様だ。

などと、特捜部が、ゴーン氏の余罪として立件を検討しているかのような書き方をしているが、10年も前のことであり、仮に犯罪が成立するとしても既に公訴時効が完成している。ところが、朝日記事では、時効のことに全く触れていない。

 しかも、担保不足になった権利を日産に移したデリバティブ取引の最終的な損益がどうなったのかは何も書かれていない。2008年から2010年までは、急激に円高が進み、100円前後から一時1ドル80円を切っていた。上記の日産への権利移転はその時期に行われたと思われるが、2010年からドルは反転し、2011年には100円を突破している。

 結局、日産に移転されたデリバティブは、最終的に殆ど損失を生じなかった可能性が高い。

 このような事実を、1面トップで報じることに何の意味があるのか。

 朝日は、いまだに「でもゴーンは悪いんだ。検察は正しいのだ!」と絶叫しているようなものだ。

 今回の事件では、羽田空港でのゴーン氏逮捕を映像付きで速報するなど、まさに「従軍記者」さながらの活躍をしてきた朝日新聞であるだけに、特捜部と一連托生であり、なおも検察にしがみつきたいという気持ちも理解できないではない。しかし、そもそも、朝日は、最初から50億円虚偽記載が「退任後報酬」であり、まだ支払われていないことを知らされていたのであろうか。それを知らされないまま、ここまで検察に寄り添って報道してきたのであれば、そろそろ、「騙された」ということを自覚した方が良いのではなろうか。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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