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【沖縄県知事選挙】4年前の失敗再び!?…ネット保守の敗北

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
2022年沖縄知事選挙で遊説する佐喜眞候補(写真:アフロ)

 9月11日に行われた沖縄県知事選挙で現職の玉城デニー氏が再選した。対立候補の佐喜真淳氏に約64,000票の差をつけた大勝となった。4年前の2018年9月30日における同県知事選挙では、自民党などが推す佐喜真氏との事実上の一騎打ちとなって約7万票の差をつけた。またしても玉城氏の底堅い支持が確認された形である。

 4年前の沖縄県知事選挙で私は『ネット右翼に足を引っ張られた佐喜眞候補【沖縄県知事選挙 現地レポ~敗北の分析】』(2018年10月1日)という記事を書いた。趣旨としては在沖縄のネット保守が沖縄県内、もとより本土の保守層を巻き込んで活発な玉城氏へのネガティブキャンペーンを行ったことにより、沖縄の中間的な有権者から眉を顰められたのが敗北の一因になったのではないかというものである。今回の沖縄県知事選挙ではどうだったのか。

・2年前に在沖縄保守が内紛で分裂

 結論から言えば、今回の沖縄県知事選挙では前回18年の県知事選挙であれだけ吹き荒れた在沖縄活動家らによる玉城デニー氏へのネガティブキャンペーンは、ゼロとは言わないまでもかなり低調だった。18年知事選では「キャラバン」と称して活動家らが勝手連的に佐喜真氏を応援するキャンペーンを全島にわたって展開。ここに本土からの保守系言論人やネット保守系ユーチューバーなどが来沖して相当のイベント作戦を展開していたが、今回はかなり低調だった。なぜか。

 実は在沖縄保守を揺るがす大事件がこの4年間で起こっていたのである。切っ掛けは在沖縄の活動家Aが、自身がパーソナリティとして登場する沖縄県浦添市のコミュニティFM局「FM21」から契約解除(番組打ち切り・降板)させられたのは表現の自由の侵害であるとして、同FM局を相手取り2018年10月に那覇地裁に提訴したことである(一審の那覇地裁はAの訴えを退けAらは控訴したが、2021年4月に福岡高裁那覇支部で再度棄却された)。

 実際にAが担当していた番組内で特定の市民団体や政治的見解等を一方的に批判し過ぎるのは問題であるとして放送内容の改善が局側と協議されていたが、A側がそれに従わ無かったなどを理由に2018年6月末に番組は打ち切られた。Aらは2018年10月にそれを不服として訴えたのである。前回知事選挙の直後からこのような動きが沖縄では起こっていた。

 Aは在沖縄保守活動家の中にあって極めて高い知名度を誇り、中央のネット番組や論壇誌などへの露出なども多かったことから在沖縄保守運動の中心的存在として支持者が多く、当初はAに同情的な風潮が強かったが事態は急展開する。

 2020年7月になってAがコメンテーターとして出演する保守系動画番組で共演していた那覇市在住のBが、Aの裁判方針などを巡って対立し、互いに批判の応酬になった。これを重く見た件の保守系動画番組ではAとBを同席させて公開討論会を行うなどの展開に発展したが折り合いがつかず、事実上の内紛により分裂状態になった。

 AとBは共演者、在沖縄の保守系活動家という同志だったが、ここにきて訣別の様相を呈したのである。以降、Aの支持者はAの批判者に転じる動きが顕著で、A自身も沖縄県内における「反”反基地運動”批判」よりも、「トランプ前大統領落選は不正選挙である」旨を主張して20年のアメリカ大統領選挙取材のために渡米するなど、活動の主軸が必ずしも沖縄県内だけではなくなっていき、求心力の低下が目立った。

 今回の知事選で18年知事選に比べると在沖縄保守の活動がほとんど低調だったのは、約2年前に在沖縄保守がこのように決定的に分裂して活動の足腰が弱まっていたのが主要因である。

・保守論壇中央も「安倍元総理銃撃事件」に気を取られ沖縄には無関心

2021年の沖縄慰霊の日の玉城知事
2021年の沖縄慰霊の日の玉城知事写真:アフロ

 さらに今回の県知事選挙で彼らの動きを著しく低調にさせたのは、中央の保守論壇の沖縄への関心が著しく低下していたことである。自治体の首長選挙では現職が強いのは言うまでもないが、選挙前の世論調査でも玉城氏優勢が報道されていたことも素地としてはあった。

 加えて7月に発生した安倍元総理銃撃事件による巨大なショックは中央の保守論壇を大きく揺さぶり、7月以降保守系メディアは雑誌もネット番組も安倍元総理追悼や、自民党への擁護的見解、旧統一教会を”バッシング”する「ように見える」メディアへの批判などが圧倒的で、到底沖縄の県知事選挙に力点を置ける状況ではなかった。

 18年知事選挙では本土から中央の保守論壇が様々な在沖縄保守への援護射撃をしたが、今回知事選挙では「それどころではなかった」というのが最も大きな理由だった。また前述した在沖縄保守の旗手と目されたAが、2020年後半以降、22年参院選で1議席を獲得した参政党に急速に接近したため、中央の保守論壇はこれといって在沖縄保守に肩入れする必要性も希薄になっていった。

 既に拙稿「参政党とは何か?「オーガニック信仰」が生んだ異形の右派政党」(2022年7月11日)で述べた通り、参政党の主力は中央の保守論壇とはそもそも縁遠く、周縁にいたからである。そして参政党側も、22年参院選では全国の選挙区に候補者を立てたが、沖縄県選挙区には元警察官の河野禎史氏を擁立し、Aを候補者にしていない。参政党としては当初から全国比例に力点を置いており、沖縄にとりわけ固執している訳ではなかった。このような理由からも、今回の知事選挙では中央の保守論壇は知事選挙に無関心ともいえる状況で、盛り上がらなかった。

・ハッシュタグ運動で巻き返しを図るネット保守

 このような在沖縄保守活動の不振と、中央からの無関心に業を煮やしたのか、ネット保守の活動の主力はSNSになっていった。「#サキマ淳を県知事に」などというツイッターでのハッシュタグ運動が局所的に盛り上がったが、当然のことながら幾らツイッターでハッシュタグ運動をやっても、沖縄県の有権者のみが選挙権を持つので、効果は相当限定的である。ツイッターでいくら盛り上がっても、首長選は全国比例ではないのでほとんど効果は無い。

 とはいえ、このようなネット保守によるハッシュタグ運動に乗る形での不協和音も起こった。

 大阪府泉南市議会の添田詩織議員が、「沖縄を中国の属国にしたいデニー候補。ウイグル・モンゴル・チベットのように日本民族も強制収容所に入れられ民族浄化(虐殺)されます」などと2022年8月29日にツイッターに投稿したことを巡り、公職選挙法違反の疑いで刑事告発されたのである。

 玉城氏が再選されることで沖縄が中国の属国になり、民族浄化(虐殺)されるのは端的に言って意味が分からない。玉城氏が再選されたところで在沖米軍や米軍基地が無くなる訳ではなく、そもそも沖縄には様々な自衛隊基地があるので支離滅裂な内容であるが、世界の「不思議」や「複雑性」を陰謀や他国勢力のせいにすれば物事を単純に理解できるという層からは依然として支持されている。ともあれ今後の捜査が待たれることろである。

 このような「玉城氏当選(再選)=中国による沖縄の属国化」という理屈は、18年知事選挙でもネット保守から盛んに放たれた、いわば「古典的お家芸」であるが、根拠が不明であり理屈になっていない。コロナ禍で中国からの入国者はとりわけ少なく、どう考えても荒唐無稽であるが、今回はそのような主張が必ずしも沖縄を対象としないネット上に限局されたために、却って沖縄県の有権者のイメージに「佐喜眞氏を熱心に支持している人々の中にはトンデモ陰謀論を唱える人が少なく無いようだ」というネガティブイメージを与えることはそこまで無かったのではないか。

 すでに述べた通り、18年県知事選挙ではこのような人々の一部が佐喜眞氏を応援したことがかえって裏目に出たとの拙分析をしたが、今回はこういった事象がゼロではないが低調だったことにより、佐喜眞氏の絶対得票率は18年43.94%から22年41.13%と微減ないしほぼ変わっていない。

 しかも今回選挙では元代議士の下地幹郎氏が第三極として出馬し、8%強を得ていたことから考えても佐喜眞氏の得票率維持は特筆すべきであり、却ってこのような「無理筋」の応援が下火になったことでネガティブ要因が減り、負けたにしても佐喜眞氏の「まずまず健闘」の一因になったとみることもできる。皮肉なことに18年拙稿の理屈が証明されていよう。

・「沖縄切り捨て」は今回も?

 今回の沖縄県知事選は、期せずして不幸なことだが安倍元総理銃撃事件という巨大なショックが起こったなどの要素が重なり、中央の保守論壇からの関与は限定的だった。無論、18年知事選と比較しても、「彼らが関与しても関与しなくても変化はない」ということもできるが、全国的に衝撃的な事件等が起こると、中央の保守論壇はそれ一本槍になり、実のところ所謂「沖縄問題」にはあまり興味が無いということも浮き彫りになった格好である。

 話題の無いとき、これと言った争点のない場合にあっては、中央の保守論壇は沖縄に対し冗長にコミットするが、それを超える事象が発生すると沖縄の事は忘れてしまう。これの良い悪いは別として「忘却の性質」が保守界隈にはある。

 なにとデジャブするかと言えば、太平洋戦争の沖縄戦における大本営・政府による「沖縄捨て石」方針と時空を経て重なる部分がある。どのような立場であれ、真に「沖縄問題」を考えているのであれば、その時に巨大な事件が起こっても、在地の人間関係がどうであれ、一定程度の割合を沖縄に割いて在沖縄保守を応援するべきではないのか。それをしないということは、そもそも彼らにとって「沖縄問題」は”従”なのではないか。事実保守系論壇誌は「安倍元総理銃撃事件および追悼特集」で埋め尽くされ、保守系ネット番組もまた然りである。

 故人を悼む意味を込めてそれを悪いことだと断罪すべきではないが、もう少し沖縄への関与の仕方があっても良かったのではないかと思う。―77年を経て、またも沖縄は「捨て石」となったのであろうか。(了)

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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