まさか五輪開会式前日にこのような醜聞が世界を駆け巡ろうとは思っていなかった。五輪開会式演出に携わる小林賢太郎氏が過去に「ホロコースト揶揄(ユダヤ人大量惨殺ごっこ)」をコントの中で行った事が「発覚」し、同役職を解任されたのだ。

 国際的な常識に従えば、それがいつ・いかなる文脈の中で行われようと「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」と発言しただけで一発アウト。場合によっては社会的生命を失う。だが、今次問題について「言葉尻だけを切り取るのはよくない」とか「全体の文脈の中で判断されるべきだ」などという擁護意見が少なからず出ている。異常な感覚であり驚愕した。

 私たち日本社会の中で、それがいかに否定的な文脈のなかであっても、「広島長崎原爆ごっこ」などとコントの中で発したらどうなるか。これを擁護する人間などおるまいし、社会的にも抹殺されよう。私たち日本人は韓国の音楽グループBTSが原爆のキノコ雲をモチーフにしたTシャツを着ていただけで激怒したではないか。いくらBTS側に原爆を揶揄する意図は無くとも日本人は激怒した。世の中には、いつ・いかなる文脈の中で行われようと「それを茶化したり表象したりする事自体がダメ」というものがある。これに対して日本人一般のホロコーストへの認識は極めて鈍感と言わなければならない。

 結論から言えばこの原因は、私たち日本人がアメリカが投下した二発の原子爆弾による被害者という側面以上に、原爆に対しては幼少時代から徹底的に「平和教育」「平和学習」という名の中でその凄惨性を叩き付けられているからである。他方ホロコーストは「ドイツが悪いことをやった」程度の教育しかされておらず、それ以上の発展が無かったからだ。つまり近代史における戦争教育の完全なる敗北と無知の間隙に、ホロコーストへの鈍感がある。鈍感だから「絶対にやってはいけないこと」を平然とやる。2016年にアイドルグループ『欅坂46』のハロウィン衣裳がナチスの軍服と酷似していると世界中から非難され、謝罪に追い込まれたのも「絶対にやってはいけないこと」の教育がなされていなかった為に発生した鈍感が原因なのである。つまり無知なのである。

・歴史修正主義者から沸き起こった「日本はドイツと違う」論

 遡ること1995年、同年2月号として刊行された雑誌『マルコポーロ』(文藝春秋)の中のひとつの寄稿が大問題になった。神経内科医の西岡昌紀(まさのり)氏による「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった。」がホロコーストを否認するとして国際的な批判にさらされた。世に言う『マルコポーロ事件』である。西岡の寄稿は歴史学的に全く出鱈目で、この結果『マルコポーロ』は廃刊になった。この時の編集長は花田紀凱(かずよし)氏。文藝春秋から退社した後、花田は保守系論壇誌『月刊WiLL』(WAC)の編集長になり、そのあと内部分裂を経て現在ではやはり保守系論壇誌『月刊Hanada』(飛鳥新社)の編集長に収まっている。

 当時も現在でも保守界隈には、「日本はドイツと違う」論がある。日本とナチスドイツは確かに日独伊三国同盟を組んで枢軸の一員であった。しかし日本はドイツの様な「ホロコースト」は断じてやっていない。よって同じ同盟国でも日本とドイツは違う―、という「日独相違論」みたいなものが保守界隈のスタンダードで、現在でもある。

 日本政府は、在独大使館員らからの情報でナチスによるユダヤ人迫害を当然知っていた。しかしながら米英と対立し、孤立する日本はこれを知りながらナチスに接近した。1939年9月にドイツがポーランドに侵攻して第二次大戦がはじまり、翌年には早々にフランスが屈服すると、ヨーロッパでドイツと戦うのはほぼイギリス一国となった。日本は日独伊三国同盟に基づき、降伏したフランスに代わって南仏のヴィシーに首都を置くヴィシー政府と協定を結んで1940年には相次いで北部仏印(現在のベトナム北部)、そして南部仏印にも進駐した。

 この日本の露骨な南方進出行為が険悪な日米関係をさらに悪化させ、太平洋戦争の引き金になった。日本はナチスによるユダヤ人迫害の情報を掴んでいながら、ヨーロッパによるドイツの勝利(イギリス敗北)を前提に太平洋戦争に突き進んだ。太平洋戦争がはじまると、ヒトラーは参戦義務はないものの日独伊三国同盟の精神からアメリカに宣戦布告した。戦争は世界に拡大した。ヒトラーは東アジアにおける最大のイギリスの拠点であるシンガポール攻略を日本に期待した。事実、日本軍は南方作戦で早々にシンガポールを占領することに成功した。ヒトラーの野望に日本軍が応えた形だ。こういった事実を公教育の近代史ではまるでやらない。

 確かに日本はドイツと同盟国でありながら、ナチのユダヤ人迫害政策とは距離を置いていたと見ることもできる。有名な杉原千畝による「命のビザ」の物語などはその一例である。しかしそれでも、日独関係を慮って東京から杉原に圧力があったことは事実だった。

 日本は確かに直接ホロコーストに関与していないとしても、それを知りながらドイツと同盟国になったのだから道義的責任は免れない。この点は反省しなければならない。決して日本は、当時からイノセンス(無実・無垢)ではなかった。こういった点を、学校教育の中ではまるで扱わない。だから日本は、「ホロコースト」に対して漠然と「ドイツがやった悪い事」程度の認識しかない。教育の中で何も教えないからである。

アメリカから追放されたナチスの元看守
アメリカから追放されたナチスの元看守提供:U.S. Department of Justice/ロイター/アフロ

・いいや、あなたたちは知っていた。

 こういった近代史における無知につけ込んで、歴史修正主義者が1990年代後半から特に跋扈した。「真実の近現代史」などという歪曲された日本美化の近代史の俗説の延長の中に、ホロコースト否認まで行かなくとも、ホロコーストを相対化させようという動きが確実にある。

 確かにナチの行ったホロコーストは悪事だが、それ以上の事をスターリンも、毛沢東も、ポル・ポトもやったのである。だからナチを糾弾するのだったら同様に彼らを糾弾しなければ不平等である―。という主張だ。

 最近はここに、中国によるウイグル自治区での人権弾圧をホロコーストと結び付けて、「ナチを断罪するなら習近平を断罪しないとおかしい」という論が大手を振って歩いている。ネット空間を覗けば、「ナチばかり糾弾するのはおかしい。ウイグルで虐殺をやっている中国こそ現代のナチである」という意見で埋め尽くされている。確かに言いたい趣旨は分かるが、いずれもホロコーストの凄まじさを軽視し過ぎている。ヒトラーはミュンヘン一揆(1923年)に失敗し、投獄中に書いた『我が闘争』の中で、ユダヤ人をドイツ人の生存圏―つまり東方以東に強制移住させ、少なくともドイツ人の生活圏の中からはユダヤ人を完全に根絶するという「壮大な構想」の一端を披歴している。ホロコーストがスターリンや毛沢東と決定的に違うのは、人種優越主義(社会的ダーヴィニズム)を持ち出して、一個の人種を完全に、組織的に、そして計画的にこの地上から抹殺しようと本気になって考え、そしてその途中までを実際に実行した事だ。世界の歴史の中でこれだけ異常な行為を国家が行った事例はない。

 だからこそ国際世論の普遍的な感情では「ホロコーストに関するあらゆる文脈での、いついかなる場合での揶揄は絶対にダメ」と既定されている。日本はそういった教育が無く、またその根底に近年の歴史修正主義者の跋扈による「日本はドイツと違う」論が根底にあるから、こういった国際世論の機微にあまりに鈍感なのだ。

 知りませんでした。良く分りませんでした。悪気はなかったんです。全体の文脈の中ではそういう意図はなかったんです―、こんな抗弁がまるで通用しないほどホロコーストは鬼畜の所業であり絶対悪なのだ。戦後、ナチスドイツの敗北と共に強制収容所に入れられた栄養失調でがりがりにやせこけたユダヤ人は解放された。その亡霊の様な姿を見て、市井のドイツ人たちは口々に「私たちは(ホロコーストなど)知らなかったんだ!」とうろたえた。それに対してユダヤ人はこう言ったのである。

―いいや、あなたたちは知っていた。