1】桜井誠氏、18万票獲得の衝撃

 2020年の東京都知事選挙はふたを開けてみれば大方の予想通り、現職小池百合子氏が前回(2016年)の得票を大幅に上回る350万票以上を得て圧勝した。立憲・共産・社民から支援を受けた宇都宮健児氏は健闘したものの、約83万票と伸び悩んだ。れいわ新選組代表・山本太郎氏も健闘したが基礎票とみられる約66万票を固めたものの、こちらもやや伸び悩んだ展開だったことは否めない。

 そんな中、私が最も注目したのは、前回都知事選に出馬し、約11万4000票を獲得した日本第一党党首で、在日特権を許さない市民の会(在特会)元会長の桜井誠氏が前回を6万票以上上回る約17万8000票を獲得して、22人の候補者のうち得票数で5番手につけたことだ。今回の東京都知事選の投票率が55%と、前回を約5%弱下回る投票率だったのにもかかわらず、この票の伸びは無視できない。

 桜井氏は海外報道でも「極右」と名指しされ、長年在日コリアンへの「優遇(と彼らが主張するもの)」撤廃や、在日外国人への過激な排外的主張を訴え続けてきた。今回都知事選でも、新型コロナウイルスを「武漢肺炎」と呼び、中国人を「シナ人」、中国政府を「中共」と呼び変え、新型コロナウイルス感染阻止のためとして、中国人観光客の入国拒否や徹底的排斥を呼び掛けて選挙戦に臨んだ。

 間違いなく桜井氏は、ゼロ年代から発生したネット右翼の中でも最も過激な「行動する保守」の中心人物であった。であるがゆえに、彼の得票は少なくとも東京における極右・排外主義者の動向を示すバロメーターと同一であると言って差し支えない。今回、桜井氏が約18万票を集めたことは衝撃といえる。

 結論から先に言えば、桜井氏の約18万票得票は、東京において極右勢力が伸長した結果ではない。それまで「保守界隈・ネット右翼界隈」の中に包摂され、まるで「自治政府」のように承認されてきた極右が、「内紛」の結果「保守界隈・ネット右翼界隈」から分離し、純化した結果、彼らの投票行動がより鮮明にあぶり出されたものである。

 さてこの背景には何があるのだろうか。

2】4年前と今回における保守界隈・ネット右翼界隈の投票先の変遷

 まず、桜井氏18万票得票の背景を読み解くには前回都知事選(2016年)における「保守界隈・ネット右翼界隈」の投票動向と今回都知事選(2020)の違いを点検する必要がある。前述したとおり、桜井誠氏を支持する極右層は、元来的にこの「保守界隈・ネット右翼界隈」に包摂される関係である。つまり巨大な「保守界隈・ネット右翼界隈」(筆者はその数を全国で200~250万人と推定している)があり、その中でも最も過激で排外主義的傾向を強固に持つものが「行動する保守」と呼ばれる存在である。

 この二者は韓国や中国、在日コリアン等に極めて歪んだ差別的偏見を持つことについて共通しているものの、その濃淡には違いがある。つまり比較的薄い部分である「保守界隈・ネット右翼界隈」の中に、濃い「行動する保守」がモザイク状に分布している状態であると理解していただきたい。

 しかし後述するが、今回の都知事選挙では、この「保守界隈・ネット右翼界隈」と「行動する保守」が、内紛の結果ほぼ完全に分離されたことにより、「行動する保守」が純化され、彼らがより主体的に投票行動として桜井氏に投票したことで、18万票という票数が出来上がったのだ。これを図にすると以下のようになる。

筆者制作
筆者制作

 2016年の前回都知事選挙に於いて、「行動する保守」を含んだ「保守界隈・ネット右翼界隈」は、図にあるように自民党と、一時期ネット右翼から絶大な支持を得た「旧次世代の党」の事実上の継承政党である「日本のこころを大切にする党」が支援する増田寛也氏を強く支援し投票した。一方、小池百合子氏に対する敵愾心は旺盛だったものの、保守界隈の論客としても知名度の高かった中山恭子・中山成彬夫妻が小池氏率いる希望の党(当時)に入党したように、小池氏に対しても一定の票が流れたとみる。元来小池氏は改憲論者で核武装論をぶったこともあり、自民党の下野時代(2009-2012)には、頻繁に右派系市民団体の集会に顔を出していた。

 一方、この「保守界隈・ネット右翼界隈」の中に内包されていた最右翼の「行動する保守」は、その信条として桜井誠氏に投票する場合が多かったものの、「保守界隈・ネット右翼界隈」の主要支持先であった増田氏にも流れたと見る。このように、2016年都知事選挙では、「保守界隈・ネット右翼界隈」とその中に内包された「行動する保守」は、増田・小池・桜井に投票先が三分され、その厳密な鑑別は難しかった。

 しかし今回の都知事選挙では、「保守界隈・ネット右翼界隈」と「行動する保守」が分離したことにより、「行動する保守」の投票先が桜井氏一本に絞られたとみるべきである。無論、「保守界隈・ネット右翼界隈」からも多少の流入はあったとみるべきではある。また今回の都知事選挙では、自民党が事実上小池氏を支援したために、反小池の旗色を鮮明にした「保守界隈・ネット右翼界隈」は投票すべき候補を見いだせず、一部が小池氏、一部が維新の会が支持する小野氏か、あるいは棄権に回ったのではないかと考えることもできる。

 ちなみに2016年都知事選挙でも2020年都知事選挙でも立候補している立花孝志氏は、2019年における私の論考”『NHKから国民を守る党』はなぜ議席を得たのか?”の通り、「NHKから国民を守る党(今回選挙ではホリエモン新党)」は、ネット右翼的傾向は弱く、それよりもYouTubeでの話題性、政見放送の奇抜性のみに興味を示す「政治的非常識層」がその支持の中心であると考えられるため、この図に入れていない(またその得票数も、前回3万票弱、今回4万票強とおおむね泡沫の域を出ていない)。

3】なぜ「保守界隈・ネット右翼界隈」と「行動する保守」は分離したのか

 ではなぜ「保守界隈・ネット右翼界隈」と「行動する保守」は分離したのだろうか。本稿冒頭で示した通り、元来強烈な差別意識と排外主張を持った極右「行動する保守」は、相対的にやや弱い差別意識や排外主義的傾向を持つ「保守界隈・ネット右翼界隈」の中に内包されていた。

 その関係性はまるで「保守界隈・ネット右翼界隈」という巨大な連邦国家の中に、「行動する保守」という極右が高度な自治権を持つ自治政府として承認されているのに似ている。よってこれまで「保守界隈・ネット右翼界隈」は、あまりにも過激で、時として刑事事件にまで発展したヘイトスピーチやヘイトクライムを起こした「行動する保守」を微温的には承認するものの、例えば彼らの集会やイベントや抗議活動には同席しない、できるだけ対談を避ける、SNS上では「思想的には共感できる部分はあるが、やり方には賛同できない」などの微温的であいまいな共存関係を続けてきた(―勿論、いわゆる「保守論客」の中には、ストレートに在特会や日本第一党や桜井誠氏への支持を表明する者もいる)。

 一方「行動する保守」側も、自らが「保守界隈・ネット右翼界隈」を苗床として発展してきた歴史的経緯を無視できないため(―例えば桜井氏は、その登場時期、右派系ネット放送局の『日本文化チャンネル桜』の常連であった)、彼らの生ぬるい言論だけのヘイトスピーチを「きれいごと保守」などと言って唾棄する姿勢を見せもするが、基本的には緩やかな連携状態にあった。事実、保守系雑誌『WiLL』『歴史通』(共にWAC)は、桜井氏に原稿を依頼し、記名原稿やインタビューが掲載されていることからも、この関係性は一目瞭然であろう。

 しかし両者の微妙な関係性は決定的に瓦解した。現在となっては、「保守界隈・ネット右翼界隈」の中で圧倒的な影響力を持つ株式会社DHCが運営する動画チャンネル『虎ノ門ニュース』(以下DHCチャンネル)の生放送中に、都知事選に立候補中の桜井氏が、選挙カーで抗議活動を行い、たちまち出演者である保守系経済評論家らが桜井氏に猛反発。事実上の「決定的な分裂・分離」が行われたのである(2020年6月24日)。これが「内紛」の簡単な概要である。

 これにより、この期に及んで安倍政権支持の姿勢を鮮明にするいわゆる『DHCチャンネル』と、「シナ人を入国拒否しなかった安倍政権のせいで1000人もの日本人がコロナで死んだ」と主張し、歪んだ(?)安倍政権批判を鮮明にする『行動する保守』の関係は真っ二つに割れた。

4】「共通の敵」を失ったすえの分裂劇

炎のイメージ。(フォトACより)
炎のイメージ。(フォトACより)

 もちろん、「保守界隈・ネット右翼界隈」と「行動する保守」の分離は、この桜井氏による「DHC”虎ノ門ニュース”生放送中の抗議活動」という、界隈を震撼させた事件だけが原因ではない。むしろこの事件は結果に過ぎないのである。そのもっと以前から、足掛け8年近く継続されている第二次安倍政権への評価をめぐって、保守界隈は「親安倍」と「反安倍」に分裂傾向が進んでいる。

 

 「親安倍」は前述したとおり、動画再生回数やSNSでの引用回数で群を抜いて圧倒的に寡占的な『DHCチャンネル』で、この主張は第二次安倍政権誕生以前から一貫して変わらない安倍政権へのほぼ無批判な支持と追従である。一方、2010年代後半にCS放送部門から撤退して動画再生回数では『DHCチャンネル』に劣後する状況となった前掲『日本文化チャンネル桜』は、第二次安倍政権の進める(事実上の)移民政策(と彼らが主張する)をやり玉にして、「安倍晋三は日本を救う救世主」と謳っていたものを「安倍政権はグローバリズムに日本国家を売り渡す愚宰」と猛烈に批判して、現在では番組全体が完全に「反安倍」に「転向」した。

 さらにその外縁部では、沖縄における反基地活動家らを無根拠に呪詛するいわゆる「沖縄保守」の内部で民事訴訟が乱舞するなど、こちらも事実上の内紛・分裂状態に至っている。

 このような「保守界隈・ネット右翼界隈」の分裂劇は、第二次安倍政権が誕生するまでは全く無風であった。麻生政権が2009年の総選挙で惨敗して民主党(当時)の鳩山由紀夫内閣が誕生すると、「保守界隈・ネット右翼界隈」も「行動する保守」も、皆こぞって「打倒民主党政権」ののろしを上げ、一致連帯していた。その結束力は強力で、正しく毛利元就が言ったとされる「三本の矢」であった。

 ところが第二次安倍政権が長期政権の様相を呈してくると、「共通の敵」を失った「保守界隈・ネット右翼界隈」はたちまち分裂する。すなわち、その中に包摂されていた高度な自治政府である「行動する保守」が、「保守界隈・ネット右翼界隈」と分離するのも当然の成り行きである。

 民主党政権打倒のみを旗印にして、一致結束していた「保守界隈・ネット右翼界隈」は、実際のところE・バークの保守主義に傾倒するものから、憲法9条改正論者、反自虐史観(反東京裁判史観)、対米自立という比較的保守本流に近いもの。果ては単なる陰謀論者、差別主義者、在日コリアンに的を絞って嘲笑を繰り返すもの、基礎教養が何もないがデマを動画やSNSに垂れ流すことにより売名を図るもの。あるいはビジネスの為に保守業界に入り込んだもの、という本来到底一致団結することが不可能な(言い方は悪いが)烏合の衆だったのである。それが「共通の敵」である民主党政権を失ってほどなく、分裂や内紛を繰り返すようになったのは何も不思議なことではない。

 このように、「保守界隈・ネット右翼界隈」と「行動する保守」の分離は、共通の敵を失った烏合の衆の内紛が原因であり、結果としてそれにより遠心分離器にかけられるかの如く「保守界隈・ネット右翼界隈」と「行動する保守」が分離したことにより、より強い差別性と排外性を持った「行動する保守」が可視化され、その投票先が桜井誠氏一本に絞られたことにより、今回の18万票という数字が出来上がったのである。

 この数字だけを表面上なぞると、いかにも東京で極右勢力が伸長しているかのように思えるが、実際はそうではない。彼らの背景にある離合集散の歴史を考えるとき、桜井誠氏の18万票は一過的には衝撃とはいえ単なる内紛の結果に過ぎないのである。