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たった1度の一言でスポンサー契約解消。世界3位、J・トーマスの失敗と社会背景、彼の今後を考える

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
セントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズでトーマスは3位になったが、、、(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 世界ランキング3位のトッププレーヤーであるジャスティン・トーマスが、試合中に思わず発した不適切発言により、今日15日(米国時間)にラルフローレン社からウエア契約を打ち切られた出来事は、驚きであり、同時に「なるほど」と頷ける面もある。

 トーマスは先週の2021年初戦、セントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズの3日目の4番で、優勝争いに絡む位置にいながらショートパットを外した自分自身への苛立ちや怒りに任せ、同性愛(者)に対する侮蔑的な俗語を思わず発し、それがTV中継の集音マイクに拾われて大騒動になった。

 ラウンド後、トーマスはすぐに謝罪。最終日のラウンド後も「言いわけの言葉もない。大人として、社会人として、恥ずかしい限りだ」と、さらに謝罪した。

 しかし、ラルフローレン社はトーマスとのスポンサー契約を解消することを発表した。

米ツアー選手がゴルフの成績ではなく自身の言動が理由でスポンサー契約を打ち切られたケースは過去にもいくつかあるのだが、世界のトップクラスであり、メジャーチャンプであり、長年のビジネス・パートナーでもある人気選手のスポンサー契約が、たった1度の一言だけで即座に解消された今回のケースは、きわめて異例だ。

【ウッズの前例】

 トップ中のトップクラスのプレーヤーのスポンサー契約が打ち切られた過去の例と言えば、まず思い出されるのは、タイガー・ウッズの不倫騒動にまつわる一連の出来事だ。

 2009年の暮れにウッズ自身が起こした小さな交通事故に端を発し、「ウッズの愛人」と名乗る女性たちが次々に登場したあの不倫騒動の際、グローバルなビジネスを展開していたウッズのスポンサー企業は、ナイキ以外は次々に契約を打ち切り、ウッズから離れていった。

 当時、ウッズは2位に大差をつけて世界ナンバー1の王座に君臨し続けていたが、たとえ王者であろうとも「スポンサードするアスリートとして、ふさわしくない」という彼のスポンサー企業の判断と契約解消の決断は、とても迅速で毅然とした姿勢だった。

 とはいえ、ウッズの場合は、愛人だと名乗り出た女性の人数が「100人を超える」と報じられたほどで、ファンの落胆は計り知れないものだった。世界ナンバー1が社会の理念や倫理にそれほど大きく背いた事実が、米国や世界のファンやジュニアゴルファーたちに及ぼした影響はあまりにも多大であり、それゆえスポンサー企業が次々にウッズから離れていったことは、誰にも頷けることだった。

 一方、今回のトーマスのケースは、たった1度のたった一言が問題視された上での即座のスポンサー契約解消であり、それは契約社会の米ゴルフ界においても、きわめてスピーディーで厳しい対応である。

 しかし、そうなるべきものがあったからこそ、そうなったと考えるべきである。

【社会背景に照らせば】

 そうなった背景を私なりに推論すると、そこには激しく揺れ動いている米国や世界の今現在の不安定な現状があると考えられる。

 米国ではトランプ支持派が議会へ乱入する暴動が起こった直後であり、米ゴルフ界はトランプ関連のゴルフ場との関係解消を進め始めている真っ只中だ。

 新大統領就任式を間近に控え、米国には厳戒態勢が敷かれているが、バイデン新大統領は人種や性別等による差別の撤廃とすべての人々の平等を掲げている。昨年は黒人への差別撤廃を訴えるBLM運動が米国から世界へと広がった。LGBTの人々への理解やリスペクトを高める活動も世界各国で活発化している。

 そして、コロナ禍で揺れ動いている今だからこそ、人々の平等、お互いの理解と尊敬が今まで以上に重要視されている。

 そんな矢先のトーマスの発言は、そうした世相を鑑みたとき、あまりにも不適切だったという判断を、ラフルローレンは下したのだろう。

「トーマス氏は謝罪し、自身の発言が誤りであることを認識していますが、彼は契約金を受け取った上で私たちのブランドアンバサダーを務めており、彼の行動は私たちが目指す包括的なカルチャーに反するものです」

【最後の扉は残しておく】

 とはいえ、ラルフレーンの声明には、こんな下りが含まれていた。

「我々の株主に対する責任を果たすために、私たちはトーマス氏とのスポンサー契約を解消することを決めました。その決定に際し、私たちが抱いた望みは、今後、トーマス氏がこの出来事を真摯に振り返り、成長し、再び私たちとパートナーシップを組めるように必死の努力を積んでくれることです」

 いつかスポンサー契約を再開できるよう、最後の扉だけは残しておこうという処置は、厳しい判断を下したラルフローレンが7年以上に亘るビジネス・パートナーだったトーマスに見せた最大限の優しさだと言えるのではないだろうか。

 トーマスが次に出場を予定しているのは、米ツアーではなく欧州ツアーのアブダビHSBCチャンピオンシップだ。そのときまでに新しいウエア契約が付くかどうか。トーマスがそれを望むかどうか。ノーブランドのウエア姿で登場する可能性もある。

 今のところ、トーマスのコメントは発表されていないが、彼の今後の姿勢に注目が集まっている。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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