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42年ぶりに名前が付いた2つの台風の教訓を生かす

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:アフロ)

42年ぶりに名前が付いた2つの台風

 今年2月19日に、42年ぶりに固有名詞が付いた台風が誕生しました。新型コロナウィルスの感染が拡大する中での発表だったため、気が付かなかった人も多いと思います。昨年9月の台風15号は「令和元年房総半島台風」、10月の台風19号は「令和元年東日本台風」という名前になりました。台風に名前が付くのは、1977年の「沖永良部台風」以来で、本州を襲った台風は1961年の「第2室戸台風」や1959年の「伊勢湾台風」などからほぼ60年ぶりです。

 台風に命名するのは気象庁の役割です。気象庁は、顕著な災害をもたらした自然現象に対して、後世に経験や教訓を伝えるために、重要な災害に命名します。台風に関しては「損壊家屋1千棟以上」「浸水家屋1万棟以上」「相当の人的被害」を基準にしています。台風15号では損壊家屋数が、台風19号では浸水家屋数や損壊家屋数が基準を上回りました。台風15号は暴風によって長時間にわたって停電が続いて社会的な支障が出たこと、台風19号は非常に広い範囲で、中小河川も含めて洪水があったことが今後への教訓になります。

強風による大規模停電と屋根被害が深刻だった房総半島台風

 房総半島台風は、昨年9月9日(月)午前5時前に千葉市付近に上陸しました。比較的コンパクトな台風で、上陸時の中心気圧は960hPa、最大風速は40m/sでした。日本近海の海水温が高かったため、上陸直前に、中心気圧955hPa、最大風速45m/sと「非常に強い」勢力に発達し、千葉県を中心に上陸前から強風に見舞われました。千葉県での屋根の損壊や、長期停電が話題になりましたが、神奈川県でも高波により護岸が損壊して浸水被害がありました。

 消防庁によると、昨年12月23日時点の被害は、死者3名(関連死2名を含む)、負傷者150名、住家被害は千葉県を中心に、全壊391棟、半壊4,204棟、一部損壊72,279棟、床上浸水121棟、床下浸水109棟となっています。

 また、強風による倒木などで、多くの電柱や電線が損壊し、最大934,900 戸が停電しました。停電数は一昨年の北海道胆振東部地震、台風21号、台風24号に比べ少なかったのですが、復旧に2週間以上を要しました。停電の影響などで、上水道も約 14万戸が断水し、広域に通信障害も生じました。このため、住民の生活が困難を極め、また、被害情報の収集が遅滞して行政の災害対応にも支障が生じました。

広域に多数の河川が氾濫した東日本台風

 東日本台風は、10月12日(土)の19時前に伊豆半島に上陸し、関東地方、東北地方を通過して太平洋に抜けました。上陸前に中心気圧915hPa、最大風速55m/sと猛烈な台風に発達したため厳戒態勢がとられました。上陸時は中心気圧955hPa、最大風速40m/sの大型で強い勢力の台風でした。気象庁からは、大雨で狩野川が決壊した1958年狩野川台風と同様の台風だと、早い段階から警戒が呼びかけられました。上陸前から台風の前面にあった分厚い雲によって膨大な雨が降り、多くの場所で500ミリを超える記録的な降雨となりました。特別警報は、静岡県、神奈川県、東京都、埼玉県、群馬県、山梨県、長野県、茨城県、栃木県、新潟県、福島県、宮城県、岩手県の13都県にも出されました。

 被害は甚大で、国管理河川の吉田川、阿武隈川、都幾川、越辺川、久慈川、那珂川、千曲川の12か所、県管理河川の128か所、計140か所で堤防が決壊しました。土砂災害も935か所で確認されています。特に東北地方と長野の被害が顕著でした。昔は台風や豪雨による降雨が少なかった地域で多くの河川が氾濫しており、気候温暖化の影響を感じます。

 台風21号による被害も含め、本年2月12日時点の人的被害は、死者・行方不明者102人、負傷者381人、住家被害は全壊3,280棟、半壊29,638棟、一部損壊35,067棟、床上浸水7,837棟、床下浸水23,092棟でした。死者・行方不明者が多かったのは、福島県の32人と宮城県の21人です。停電は最大521,540戸、断水も合計約17.3万戸発生しましたが、房総半島台風の教訓で復旧は速やかに行われました。

 この台風では、長野市にある北陸新幹線の車両基地の冠水、埼玉県の整備工場での防災ヘリや消防ヘリの浸水被害、川崎市のタワーマンションでのライフライン長期途絶や美術館の収蔵品破損、鉄道の計画運休による荒川下流地域での広域避難の断念なども話題になりました。

房総半島台風と東日本台風での課題

 房総半島台風を受け、政府は検証チームを設置し10月3日に初会合を開きました。翌週には台風19号が襲来し甚大な被害が生じたため、19号も検討に含めることになりました。15号については、年内に報告を取りまとめることとしていたため、本年1月16日に中間とりまとめが行われ、その後、年度末の3月31日に台風19号の検証を含む最終とりまとめが行われました。房総半島台風での大きな課題は、長期停電、通信障害、自治体などの初動対応の3つです。一方、東日本台風での主たる課題は住民の避難行動でした。

 長期停電と通信障害に関しては、被害状況の早期把握、復旧作業の早期化、復旧見通し精度の向上、送配電施設のハード対策、非常用電源の導入強化などを早期に行うことになりました。また、電気と通信の連携の大切さも指摘されました。初動対応については、災害に不慣れな自治体への支援体制構築、地方自治体の災害対応職員の増員や応援派遣、平時からの防災連絡会などの体制構築、備蓄促進や物資の情報共有などを行うことになりました。

 避難行動については、住民のハザード認知に加え、避難勧告と避難指示、避難場所と避難所などの違い、全員避難の意味など、十分に認識されていない状況を改善すると共に、高齢者等の避難や、大規模な広域避難を円滑に行う仕組みなどについて検討が行われることになりました。合わせて、河川・気象情報の改善について具体的な方向性が示されました。

 出水期までに、2つの台風で明らかになった課題が、改善されることが望まれます。

 残された課題もあります。一つは東京や大阪などの人口が集中する海抜ゼロメートル地帯の広域避難の問題です。こういった場所は一旦浸水すると長期に湛水し、救援・救助が難しくなります。また、新型コロナウィルスの問題も気がかりです。感染が終息する前に洪水氾濫や土砂災害が起きることが懸念されます。感染を防止しつつ、確実に「難を避ける」方策を皆で考えておく必要があります。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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