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阪神・淡路大震災で始まった地震調査研究推進本部、その実態は?

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
地震調査研究推進本部による地震の長期評価結果

突然の直下地震で一変した地震防災対策

 1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)から23年が経ちます。朝5時46分に突然襲った震度7の強い揺れは10万棟を超える家屋を破壊し、6千人を超す命を奪いました。その日、被災地に立った私は、建築に関わる人間の一人として、すべてのものが壊れている情景に言葉を失いました。現地を訪れた防災研究者や建築技術者の殆どが忸怩たる思いを抱いたと思います。当時の地震防災行政は、地震と言えば東海地震、地震予知を前提とした対策がメインでした。ですが、震災は予知の困難な活断層が引き起こし、主たる被害は古い耐震基準による住宅の倒壊でした。このため、震災を契機に、地震対策の在り方も大きく変わりました。

地震防災対策特別措置法の制定

 阪神・淡路大震災前にあった地震対策の法律は、東海地震の直前予知を念頭においた大規模地震対策措置法だけでした。震災後、急きょ議員立法によって地震防災対策特別措置法が制定され、震災5か月後の6月16日に公布されました。法律の目的は、「地震防災対策の実施に関する目標の設定並びに地震防災緊急事業五箇年計画の作成及びこれに基づく事業に係る国の財政上の特別措置について定めるとともに、地震に関する調査研究の推進のための体制の整備等について定める」とされています。地震防災緊急事業については、現在も2016年度からの第5次5箇年計画に基づき推進されています。目的の中にある地震に関する調査研究の推進のための体制整備に基づいて作られたのが地震調査研究推進本部です。

地震調査研究推進本部の設置

 地震調査研究推進本部(以後、地震本部と略す)は、1995年7月18日に総理府に設置されました。地震本部のホームページによると、「地震に関する調査研究の成果が国民や防災を担当する機関に十分に伝達され活用される体制になっていなかったという課題意識の下に、行政施策に直結すべき地震に関する調査研究の責任体制を明らかにし、これを政府として一元的に推進するため、同法に基づき総理府に設置(現・文部科学省に設置)された政府の特別の機関です。」と記されています。

 地震本部の設置に伴い、それまで科学技術庁にあった「地震予知推進本部」が廃止されました。実質的な事務局は科学技術庁が担いましたので、地震予知推進本部が地震調査研究推進本部に衣替えしたように見えます。前身の地震予知推進本部はその名の通り、地震予知を推進する省庁横断型の組織で、東海地震説公表の直後、1976年10月19日に設置された組織です。東海地震説が初めて報道されたのは8月24日ですから、その2か月後になります。地震予知推進本部の前身は地震予知研究推進連絡会議です。地震予知に関する政策や予算の省庁調整を行うため、1974年に科学技術庁が設置した組織です。1977年には、地震予知連絡会の内部組織として東海地域判定会も設置されました。この組織は大規模地震対策特別措置法の制定に伴い気象庁に設置された地震防災対策強化地域判定会に衣替えしています。

 ちなみに、2001年に中央省庁再編があり、文部省と科学技術庁が一緒になったので、地震本部は文部科学省に移管されました。また、中央防災会議は国土庁から内閣府に移管されました。

地震調査研究推進本部の役割

 地震本部は、地震防災対策特別措置法の趣旨に則り、内閣府中央防災会議、文部科学省科学技術・学術審議会測地学分科会、国土地理院地震予知連絡会、気象庁地震防災対策強化地域判定会と連携しながら、国や地方公共団体の地震防災対策の強化、特に地震による被害の軽減に資する地震調査研究を推進することを目標にしています。ここで問題となるのは、「地震調査研究」の所掌範囲になります。従来は、地震調査研究は地震学など理学的な地震発生に関する調査研究にウェイトがありました。一方で、地震被害軽減のためには、耐震、地震防災、防災教育、災害情報、災害心理、災害医療など地震被害軽減に資する幅広い調査研究が必要との意見もあります。

 地震本部の役割は、1)総合的かつ基本的な施策の立案、2)関係行政機関の予算等の事務の調整、3)総合的な調査観測計画の策定、4)関係行政機関、大学等の調査結果等の収集、整理、分析及び総合的な評価、5)上記の評価に基づく広報、の5つです。ここにあるように、本部自らが調査研究を行うというよりは、施策・計画立案と予算調整、総合調整、広報などが本務であり、調査研究は関係行政機関に委ねる形をとっています。

地震調査研究推進本部の組織

 地震調査研究推進本部は、本部長(文部科学大臣)と本部員(関係府省の事務次官等)から構成されていて、その下に行政関係者や学識経験者が参加する政策委員会と地震調査委員会が設置されています。政策委員会は、関係行政機関が行っている地震調査研究や地震観測について、政策立案、予算配分調整、広報方針などを決定する役割を担っています。政策委員会の下には、総合部会と調査観測計画部会が常時設置されており、現在は、新総合基本施策レビューに関する小委員会も活動しています。

 一方、地震調査委員会では、他の行政機関や大学などからの情報を集約し、日本国内の主な地震活動について政府としての評価を行っており、長期評価部会、強震動評価部会、津波評価部会、高感度地震観測データの処理方法の改善に関する小委員会、地震活動の予測的な評価手法検討小委員会などが設置されています。

活断層調査と地震の長期評価

 地震本部では、1999年に「地震調査研究の推進について-地震に関する観測、測量、調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策-」を定め、2004年度末までに「全国を概観した地震動予測地図」を作成することを目標に掲げました。そして、これを実現するため、地震調査委員会の部会や分科会を中心に、活断層調査や堆積平野地下構造調査、調査観測網の整備、地震の長期評価、地震動予測地図の作成などが推進されてきました。

 阪神・淡路大震災では、直下の六甲・淡路島断層帯が活動して甚大な被害となりました。しかし、震災前には、活断層の存在は国民には十分に周知されていませんでした。このため、震災後、陸域及び沿岸域における活断層調査が精力的に実施されました。また、2005年福岡県西方沖地震や、2008年能登半島地震、新潟県中越沖地震など、海域の活断層による地震が続発したことから、海域における地形・活断層調査も精力的に行われました。さらに、地震発生に関わる地殻の構造調査として島弧地殻構造調査やプレート境界付近の地殻構造調査が進められてきました。

 地震本部では、これらの調査結果に基づいて、代表的なプレート境界地震や主要活断層帯について将来の地震発生の可能性や地震規模などについて長期評価を行い、結果を公表しています。最近では地域ごとの評価もされ、先月には四国地方の評価が行われました。全体に、主要活断層帯に比べ海溝型地震の地震発生確率が高く、とくに南海トラフではM8~9の巨大地震が70%程度の確率で発生すると予測されています。

様々な観測網の整備

 地震本部では、地震に関する基盤的調査観測等を行うため、様々な観測網の整備を促進してきました。一つは、陸域での高感度地震計による微小地震観測(Hi-net)や広帯域地震計による地震観測(F-net)です。Hi-netにより、巨大地震を起こすプレート境界の固着域周辺で、深部低周波微動やゆっくりすべりの存在が世界に先駆けて発見されました。これらは、大規模地震発生のシグナルとなるのではと期待が寄せられています。F-netでは、地震の発生メカニズムが明らかにされています。

 また、兵庫県南部地震では、震災の帯の中に強震観測点がわずかしかありませんでした。強震動の解明には強震観測記録が不可欠です。このため、強震観測網の整備が精力的に図られ、全国に1000点の地表観測点(K-NET)と、Hi-netに併設した地表・地中観測点(KiK-net)が整備されました。最近では、南海トラフ沿い(DONET)と日本海溝沿い(S-net)で、ケーブル式海底地震計による地震観測も行われています。海底でのリアルタイム観測は、津波の即時検知や緊急地震速報に活用されています。観測を実施している防災科学技術研究所では、Hi-net、F-net、K-NET、KiK-net、DONET、S-netに、基盤的火山観測網(V-net)を加えて、陸海統合地震津波火山観測網「MOWLAS」(Monitoring of Waves on Land and Seafloor:モウラス)を昨年から運用を開始しました。

 これに加え、国土地理院では、約1300点の電子基準点を利用したGNSS連続観測システムGEONETが運用し、日本列島の地殻変動がリアルタイムで観測しています。

堆積平野の地下構造調査と地震動予測地図

 阪神・淡路大震災では、淡路島から神戸市にかけて帯状に震度7の地域「震災の帯」が現れました。震災後の調査研究により、活断層に近接していることに加え、断層の破壊の仕方や地下の地盤構造による局所的な揺れの増幅などが、特徴的な揺れの生成に関わっていることが分かりました。このため、全国の大規模な堆積平野で、地下構造調査が行われました。その結果、それぞれの平野には固有の揺れやすい周期があることや、周辺が山に囲われた盆地状の平野では揺れが長く続きやすいことが分かってきました。

 地震本部では、強震動の標準的な予測方法を「震源断層を特定した地震の強震動予測手法(「レシピ」)」としてとりまとめ、活断層調査や堆積平野地下構造調査の結果を用いて、特定の地震に対する強震動評価を行っています。また、合わせて、地震の長期評価結果に基づいて確率論に基づく全国地震動予測地図や、長周期地震動予測地図を策定しています。地震保険の保険料率などは、この全国地震動予測地図を参考にして決められています。また、国や各地で作られているハザードマップにも、これらの調査結果が利用されています。

 安全な社会を作るには、敵の姿を知ることが基本になります。地震本部によって地震の姿や地震の揺れの姿が明らかになることで、地震に負けない建物や社会を作ることができます。安全な日本社会を支える調査研究活動が地震本部によって推進されていることを知っておきたいと思います。併せて、調査研究結果が具体的な地震による被害軽減につながるよう努力する必要があります。地震本部の詳細は地震本部のホームページをご覧ください。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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